第429話 民の自主性と統治者

 案内された部屋はとても広く、一度に多くの人間が入れる程の部屋だった。そこに今はソフィ達だけしか居ない。


 ソフィがエイルに促されて座席に着席すると、ほぼ同時に多くの料理が目の前に運ばれてくるのだった。肉料理や魚料理、その他にも美味しそうな料理が、ソフィ達の前に並べられていく。


「ソフィ殿は魔族と聞いておるが、酒は呑まれるのかな?」


 エイルは見た目は10歳程の子供であるソフィにそう尋ねる。


「うむ。我はこう見えて長く生きておる。酒は嫌いではないぞ」


 その言葉を聞いたエイルは、やはり見た目から最初は驚いていたが、魔族に見た目と年齢はあまり関係が無いかと納得をするように頷いた。


「はははは! それを聞いて安心した! ユファ殿も遠慮は要らぬ。思う存分呑んでくだされ」


「ええ頂きます。ルードリヒ国王」


「ユファ殿。余の事はエイルで構いませんぞ。それに敬語も必要ありませぬ。互いに国の行く末を担う身だ。遠慮はせずに頂きたい」


「ありがとう。そうさせて頂くわ」


 ユファがそう言って笑みを見せると、瞬間エイルは目を丸くする。


「?」


 呆けた目でユファを見続けるエイルに、ユファはどうしたのかと視線を返す。


「い、いやはや、何という美貌の持ち主なのだ。ユファ殿はまさに傾国の美女ですな」


 どうやらエイルは、ユファの笑みに心を奪われた様だった。


「まぁお上手ですこと。しかし私はすでにソフィ様に忠誠を誓っている身ですので、お誘い等は断らせていただきますよ?」


「はははは! 美人に慕われて羨ましい限りですなぁ」


 そう言ってソフィの方を見るエイルであった。


 それから三人は互いに統治とは何かという話から始まり、そして徐々にギルドの話へと移っていく。


「余がまだ若い頃は国が戦や商売の生業の大半を占めておったが、時代は変わったと常々思わされていてな」


 食事を終えて酒を呑み始めてからも相当な時間がった。今はワインを片手にエイルは、国とギルドについて語り始めるのだった。


「今では冒険者ギルドだの商人ギルドだのが出来て、徐々に国の影響の低下が感じられるようになった。街自体の領土は『国』のモノだが、国の中にあるギルドは組合人や冒険者。商人という個人が動いておる、余はそれが少し不安なのだ」


「エイルよ。ここはお主の国だ。当然お主にはお主の考えがあるというのは理解しておる。理解をしておるが故に、お主に言うておきたいのだがな? ?」


「民の自主性?」


 王としてこの国を守り、この国の行く末を案じる『ルードリヒ王国』の国王である『ルードリヒ・ビスタ・エイル』は、同じく『ラルグ』魔国の国王であるソフィの言葉を強く意識する。


「確かに『ギルド』という文化は、これまでこの国を統治してきた先代達の時代にはなかったかもしれぬ。しかしなエイルよ。何時の時代も国の発展とは、王が常に民を動かす事を指すのではないのだ『』。我々のような王という立場に居る者は、可能な限り民が良いと思った事を否定ではなく尊重すべきなのだ。ソコに間違いがあるのならば、統治者としての責任をもって初めて否定をすればよい」


 エイルはこの時、齢七十年で積み上げてきたこの『ルードリヒ』という国の常識。

』という固定概念とも言うべき思想が崩れていくのを感じた。


「だが、間違った道を進んでいるかどうかは、我々であっても分からない事もあるだろう。そんな時は本当にこの道が正しいのかどうか。それをしっかりと、お主達国家の者達が考えねばならぬぞ? 間違った道を進ませる事だけが自主性を重んじるという事ではない。意見をしっかりとお主が聞き入れてそれでも尚、間違いは無いだろうと判断が出来たならば、お主自らが今度は手助けをしてやるのだ」


「まずは民に好きにさせて、間違っていると判断した場合は直していけばいいと言う事か?」


「そういう事だ。物事を頭ごなしに否定をするのではなく、御上の立場で判断を都度考えて間違っていれば正せばよい。が全て自分で決める為に、存在しているのではないのだからな」


「民の自主性を見守るか……」


 そしてエイルは隣でソフィの話を誇らしげに傾聴していたユファに顔を向けた。


「ユファ殿。貴方がソフィ殿の配下になられた理由が分かった気がしますよ」


 ユファは閉じていた目を開きながら、エイルに向けて口を開いた。


「そうでしょう? ソフィ様が王であることで救われた者は多い。本当に民の事を考えられるソフィ様こそ、本当の統治者なのです」


 エイルは目の前の十歳程の子供が、ここまで国と民を考えている王だとは思わなかった。まるで彼自身が色々と確かめて『』。そして『』など、多くを学びながら国と進んできた本当の王の姿をソフィに見たのだった。


「民から信頼されるという事以上に民を信頼せねば出来ぬ事ではあるが、それは急に出来る事ではないからな。エイルよこれから慌てずに少しずつ歩み寄っていくがいいだろう」


 エイルはゆっくりと立ち上がり、ソフィに握手を求めた。


「余は今日。本当にお主と話せてよかったと思う」


「統治とは一朝一夕で出来るモノではない。しかし意識が変われば停滞して悩ませていた問題が、少しは変わるかもしれぬ。励むがよいぞ」


 ミールガルド大陸の『ルードリヒ国王』と、ヴェルマー大陸の『ラルグ』魔国王は固く握手を交わすのだった。

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