第426話 出発、ルードリヒ王国へ

 リマルカがソフィの屋敷に泊まった次の日の朝。ソフィがリビングに向かうと、もうリーネが朝食の準備をしていた。


「あら? もう起きてきたのね」


「うむ、今日はルードリヒへ向かう日なのでな」


「そうだったわね。それにしてもソフィを呼ぶために王様がギルドに指名依頼するなんてね。どういう内容なのか気になるわ」


 リーネは朝食をソフィの前に並べながら、ソフィの横に座る。


「ルードリヒの国王は『ヴェルマー』大陸のギルドの運営を行う上で、相当の出資をしてもらっておるしな。一度会って礼を言っておきたいとは思っていたから、まぁ今回はいい機会ではあったな」


「それも実はソフィに会うための口実だったりしてね」


「一国の国王がともあろう者が、いち冒険者のためにそこまでするとは思えぬが」


 ソフィがそう言うと、リーネは溜息を吐いた。


「分かってないわね。貴方は『ミールガルド』大陸の英雄で、この『ヴェルマー』大陸にある『ラルグ』という大国の国王なのよ? それにケビン王国から褒章を授かった貴方を見て、ルードリヒ王国としても貴方と何か繋がりを持っておきたいと考えるのは、当然のことだと思うけど」


 言い得て妙なリーネの言葉にソフィは黙って頷いた。


(そういえばそういうモノかもしれないな)


「まあ行ってみない事には分からぬが、そちらもブラスト達を頼むぞ?」


 ブラストがこの屋敷に暮らすようになってから、ソフィとリーネの言う事だけは聞いているが、それでもであるため、ソフィが不在の時は『リーネ』が手綱を握っていなければならなかった。


 リーネがソフィを愛しているという事に偽りはないが、そんな事は一度もブラストの前で告げた事はないにも拘らず、ブラストはリーネという人間を認めていた。


 どうやら過去のソフィを知るブラストにとって、ソフィが無意識にここまで気を許している『リーネ』という存在には、思うところがあったのだろう。


 ソフィもまたリーネとは添い遂げても構わないとは思っているために、ブラストがリーネを尊重している今の状況は決して悪くはなかった。


「ええ、あなたも気を付けて行ってきてね」


 そう言って横に居るソフィの頬に、キスをするリーネだった。


 ……

 ……

 ……


 その様子をこっそり廊下から覗いている者達が居た。


「ねぇねぇキーリ、今日もあの二人は朝からキスしてるよ」


「ああ。俺も一緒に住むようになってから何度か確認しているが、もうあの二人は夫婦みたいなもんだよな」


「もう結婚しちゃえばいいのにね」


 キーリとレアがひそひそとそんな事を話していると、背後から声が掛けられる。


「俺も賛成だ。ソフィ様にはあのようにしっかりしている『リーネ』さんのような女性が似合っている」


 そう言って二人の会話に参加するのは、大魔王『ブラスト』であった。


 ブラストがこの世界に来た直後は『ソフィ』に馴れ馴れしい態度で接していたリーネに複雑な感情を持っていたが、何よりもソフィの事を考えて行動をするリーネを毎日見ている内に、いつしかブラストは『人間』であるリーネを認めていた。


「あんたって本当に信じられないくらいに、ソフィ様の事を気に入っているわよね?」


 ソフィの事になれば目の色が変わるブラストに対してレアがそう告げると、彼は当然だとばかりに頷いた。


「俺はあの人にを救われたからな。あの方には生涯の忠誠を誓っている」


 レアはその言葉を聞いて、自分がフルーフ様に対して想っている感情に似ていると思った。


 そしてそんな近しい感情を持つブラストに、レアは少しだけ興味を持ち始めるのだった。


 ……

 ……

 ……


 ソフィの『高等移動呪文アポイント』によって、ユファとリマルカは一瞬でミールガルドの地『ケビン王国』付近の平地に降り立った。


 ルードリヒ王国に行った事がないソフィは、この場所か『グラン』か『サシス』といった場所に運ぶしかなかったのだった。


「あれだけ苦労した道のりが、ソフィの魔法では一瞬か。何だか同じ『魔法使い』として、俺は自信を失くしてしまうな……」


 リマルカはこんな移動魔法を当たり前のように使われたとあっては、とは、口が裂けても言えないなと肩をがっくりと落とすのであった。


「そんなことはないぞ、リマルカよ。我はお主の『風魔法』を対抗戦で見た時、お主には才があると考えたからな。強くなりたければ、お主は風の魔法に魔力を費やして研鑽を怠らぬことだな」


 まさかソフィが自分を褒めてくれるとは思っていなかったリマルカは、言いようのない興奮が自分の中に湧き立ってくるのだった。


「ソフィ様がいきなり褒める程なんてね。リマルカさんって言ったかしら? 貴方は今より絶対に強くなれるわよ。私も負けないようにしないと」


 そう言ってユファがリマルカにウインクをする。


「あ、ああ……! 二人ともありがとう。今より必ず強くなってみせると約束するよ!」


 ここまでのどんよりとした目ではなく、キラキラと輝かせながらAランク魔法使い『リマルカ』は、二人に何度も頷くのだった。


「うむ。楽しみにしておるぞ! しかしだからといって急激な無理はせぬようにな?」


「ああ、もちろんだ! しかしソフィ。どうしてルードリヒ王国ではなく、ケビン王国に来たのかを教えてもらってもいいか?」


「うむ。我は『ルードリヒ』王国へは行ったことがないからな。ひとまず『ミールガルド』大陸の知っている場所へ来たのだ」


「そういう事か。それならば徒歩だと少しばかりかかるが、このまま馬車便を探すか?」


「馬車便……? それは一体何なのですか?」


 ユファは馬車便を知らないため、その聞きなれない言葉に何かと尋ねるのだった。


「そういう商いをする者がいてな。御者に行先を告げれば、馬に乗せて運んでくれるのだ」


 ソフィが説明をすると、ユファは驚いた表情を浮かべる。


「なるほど。馬を使って人を運ぶというわけですか。しかしそれならば飛んで行った方が早いのでは?」


「うむ。しかしこの世界では人も中々空を飛ぶことが出来ぬのだ。だからこそ『リマルカ』は徒歩で我の所まできたのだしな」


「不思議な話ですよね。一般の人間は別にしても『魔法使い』達は魔法を使うだけの『魔力』は持ち合わせているのですから、しっかりと『魔力』をコントロールすれば空を飛べる筈なのですが」


 確かに『魔力』を使うという観点から見れば『魔法』を使うのも『浮遊』するのも当たり前のように両方使える魔族達からすれば、同じようなモノだと思えるために不思議に思うかもしれない。


 しかし人間達の意識の中の『魔法』は幼少期の教育の中で『四元素』の『ことわり』をある程度習うために、ある程度『魔力』を有している者達は、その精霊達の『ことわり』を用いて少しずつ大人になる過程で低位の魔法であれば直ぐに使えるようになるが、それはあくまで魔法書や題材となる教科書のようなモノをなぞって知識として取り入れて使っているだけに過ぎない。


 しかし『浮遊』は教科書や魔法書を暗記したりするだけで出来るモノではなく、自分の中に宿る『魔力」のコントロールを身体で覚えて行くしかなく、そういった訓練や研鑽を常に積み重ねていかなくてはならず、教科書を見ただけで空を飛べるような真似は不可能なのであった。


 魔法が使えるある程度『魔』を修めている『賢者』なりを指導者として雇い、幼少期から『義務』として、今後『ミールガルド』大陸で子供達が教わるような、そういった教育機関が作られるようになれば、誰もが『魔法』を扱う魔法使いのように『浮遊』を伴って空を飛べるようになる未来もくるかもしれないが、現状の『ミールガルド』大陸の人間の大人達は、そんな教育機関を作るようなつもりもなく、また考えついてすらいないであろう。


「さてリマルカよ。我がお主を運ぶから『ルードリヒ』王国を案内してくれるか?」


「ああ。それは構わないが、ここから結構離れているが大丈夫なのか?」


「安心するがよい。我の肩にしっかり掴まっておるのだ」


 こうしてソフィ達は『リマルカ』が方角を示したほうに、向かって『浮遊』を始めるのであった。


 ……

 ……

 ……


 そしてあっという間に『ケビン』王国から『ルードリヒ』王国領まで空を飛んで移動するソフィ達であった。


「ソフィ。停まってくれ! ここからはもうルードリヒ領だ」


「む、分かった。ユファよ降りるぞ」


「はい」


 地面に降り立った直後に、リマルカはその場で座り込む。


「お主、大丈夫か?」


「あ、ああ大丈夫だ。僅かな時間であれば少しだけ空に浮き上がる事は俺にも出来るんだが、まさかあんな速度で飛ばれるとは思わなかったのでな……」


 ソフィはリマルカを考慮してここまで速度を緩めて飛んでいたのだが、それでもリマルカにはまだ速く感じられた様子であった。


「本来『クッケ』の街から大きな山を越えてようやくここ『リルバーグ』に辿り着けるのだが、それでも『ケビン』王国からここまで『馬車便』であっても半月はかかるんだがな……」


 僅か数分でケビン王国領から、ルードリヒ王国領の『リルバーグ』まで来た事に驚くリマルカだった。


「ここが『リルバーグ』か。確かかつて『スイレン』が居た故郷だったか?」


「知っていたのか? 昔は影忍と呼ばれた者達の里だったのだがな。今では『ルードリヒ』王国領土の一つの町になっている」


「ここからはもう目と鼻の先に『ルードリヒ』王国の首都があるが、今日はここに泊まるか?」


 リマルカがそう提案するが、ソフィは少し考えた後に首を横に振るのだった。


「いや。我は出来れば今日中には『ルードリヒ』の国王に会っておきたいのだ」


「分かった。それならばもう行こうか。王国はもう少し先だ」


 リマルカがそう説明した時、ソフィとユファは同時に『クッケ』と『リルバーグの』境にある山の方角を見る。


「ん? 二人共急にどうしたんだ?」


 突然二人が同じ方角に視線を向けたので、リマルカもつられて山の方を見る。


「いや、何でもない」


「……」


「?」


 ソフィがユファを一瞥すると、ユファもソフィに頷きを見せるのだった。


「まぁ、何もないならいいんだけど、急に二人が同時に同じ方角を見たからびっくりしたぞ?」


「いやいやすまぬな。何やら勘違いだったようだ」


 どうやらそれ以上はこの話題をするつもりはないようで、ソフィは再び『浮遊』の準備を始めるのであった――。

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