第四章 幕間

第172話 レグランの実の代金

 ソフィ達は自分の屋敷に戻ってきた。


 今はまだここはソフィの私邸として扱っているが、返す手続きはもう終わっているので、あと数日で引き払わなければならなかった。


 それまでにディラックや、今まで世話になった者達に、別れの挨拶をすませておかなければならないだろう。


 ソフィがギルドの方へ顔を出そうと庭に姿を見せると、庭で寛いでいた多くの配下の魔物達が、ソフィの元へ駆け寄ってくる。


 サーベルがソフィに撫でて欲しそうに頭を下げて、ソフィの足元に入り込んでくる。


「うむ、お主達もよく頑張ってくれたぞ」


 ソフィがサーベルを褒めると、嬉しそうな鳴き声をあげた。


 その様子を見ていた他の魔物達も、次々鳴き声をあげて寄ってくる。


 時間があればソフィも腰を下ろして、前回協力してくれた配下達を労いそして構ってやるところなのだが、今日中に済ませておきたい事が多すぎる為に、ソフィは少し困った顔を浮かべるのだった。


「すまぬな、我は行かねばならぬのだ」


 ソフィがそう言うと魔物達は不満そうにしていたが、やがて皆納得したのだろう。行ってらっしゃいとばかりに魔物達は、声を上げて見送ってくれた。


「流石はソフィ様。大人気ですね」


 いつの間に隣で見ていたのかラルフは、先程の様子を微笑ましそうに見ていたのだった。


「あやつらには前回の戦争でよくやってくれたからな。いずれは何かしてやりたいと思っておるのだがな」


 ラルフはその言葉にソフィを主に持った事を神に感謝した。


(このお方に仕えられた我々は、恵まれている。配下にここまで温情を向ける主がどれくらい居るだろうか)


 ラルフがそんな事を考えていると、ソフィから声が掛かった。


「我はこれからギルドに向かうが、お主も行くか?」


「ええ。よろしければ、ご一緒させてください」


 二つ返事で承諾したので、ラルフと一緒に行くことになった。


 その途中の露店通りでソフィは、いつものようにレグランの実を店主から買う。


「おやじよ、今日も一山のレグランの実をもらうぞ?」


 ソフィがそう言うと、この世界へ来た時に色々と教えてくれた露店主のおやじは嬉しそうに頷いた。


「おお、ソフィか! お前さんは変わらんなあ。今やこの大陸でお前さんの名を知らぬ者は居ないくらいに有名になったというのに」


 元々『破壊神』として名高い冒険者だったが、更に今回のラルグ魔国との戦争で、その存在を示して大国である『ケビン』王国を救った事で、国王から『王典褒章おうてんほうしょう』を賜った大英雄として更に有名になった。


「クックック。我がいくら有名だろうがなんだろうが、お主に世話になった恩を忘れるわけがなかろう?」


 そう言うと一山のザルの代金とは別に、ソフィは懐から巾着袋を取り出しておやじに手渡した。


「ん? なんだこれ」


「うむ。おやじよ、我はもうすぐこの大陸から去らねばならぬのでな。これを渡しておこうと思って今日はここにきたのだ」


 訝し気な顔を浮かべていたおやじだが、ソフィに中身を見ていいか確認をして巾着袋の中を見る。すると何とそこには『光金貨』がギッシリと詰まっているのであった。


「お、おい! なんだこれ!!」


 金貨50枚で『白金貨』。その白金貨が10枚相当に匹敵するのが、この世界で最高通貨とされる『』なのである。


 その『光金貨』がギッシリと詰まったその巾着袋だけで、今後は一切仕事をせずとも家族で生活するのに困らずに生きていける程であろう。


 ソフィはこの世界に来た時にを忘れてはいなかった。


 そしておやじも勿論覚えてはいたが、まさかその時の約束が本当に果たされるとは思っていなかった。


「おやじ、遅くなって悪かったな。あの時のレグランの実の代金を払いに来たぞ」


 ソフィは笑みを浮かべてそう言った。


「……ば、馬鹿野郎!」


 おやじは毎日レグランの実を買いに来ていた十歳程のソフィの事を自分の子供のように思いながら可愛がっていた。


 そんなソフィが出会った頃の誰もが忘れてもおかしくない、いや覚えていても普通は果たそうとは考えないであろう約束事を、こうして本当に果たしてくれたのだ。


 ――


 おやじはもう堰を切ったように泣き始める――。


「お、おいおやじよ……!」


 周りの露店主が何があったのかと、こちらを見ている。


「おい、ソフィ……! 困った事があれば、いつでもここにこいよ? ……、っ!」


 涙を流しながらそう言って、ソフィと握手を交わすおやじだった。


「うむ……。その言葉を、おやじよ!」


 ソフィも嬉しそうにおやじに頷くと、笑顔で露店を後にするのだった。

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