第170話 ケビン王の条件

 王典の授与が終わった後、貴族や王達が英雄であるソフィに我先にと話し掛け始めた。爵位が高くない貴族にとってはソフィという英雄は、またとない千載一遇の好機であったからである。


 貴族の子や孫の相手を選ぶにあたって、同じ貴族でなければ他家に対して面目が立たない。


 このような昔からの貴族特有の思想もあったが、国を救った英雄ソフィは今回『王典褒章おうてんほうしょう』という最高の褒章をたまわった。そして冒険者としても圧倒的な強さと人気を持っている。


 まさに文句なしの相手といっていいソフィを狙うのは必然で、この場の貴族の多くはソフィを手中に収めようと躍起になり、ケビン王国の男爵や伯爵等がソフィに熱心に話し掛けていくのだった。


「ソフィ殿はまだ十歳だと聞いておりますが、年上の女性には興味がありませんかな?」


「いやいやソフィ殿の年齢くらいでしたら、当然同世代の女性に興味がありますよね?」


「いやいやいや、むしろ今後の事を考えれば年下の方が好まれるのではないですかな?」


 このように必死に貴族達はソフィの気を引こうとするのであった。


(見苦しい……! この場でする話ではあるまいに……)


 その様子をマーブル侯爵は溜息を吐気ながら見ていた。


 リーネもまた自分の好きな相手が、貴族達に丸め込まれないようにと、ちらちらと視線をソフィに送りながらアピールをする。


 そんな話を聞きながら王城ではゆっくりと時間が過ぎていったが、やがてはとある貴族の口から出た言葉でこの場は『ヴェルマー』大陸の話になったのであった。


「ヴェルマー大陸の『ラルグ』魔国は、ヴェルマー大陸全土を支配していたようですが、今回の件で王や宰相の立場である『フィクス』達、それ以外の大臣職に至るまでが居なくなったようですが、今後の『ヴェルマー』大陸はどうなるのでしょうな?」


 レルバノンやシス、そしてシチョウはその言葉を耳にした事で、一斉に他の者と会話していた口を閉ざして聞き耳を立て始めた。


 シスは『レイズ』魔国の女王であり、シチョウは『ディアス』王から最後の火として国を立て直す為に『トウジン』魔国を治めようと考えていた。そしてレルバノンもまた自分が『フィクス』を務めた『ラルグ』魔国に対して思うところがあったのだろう。


 しかし各々が思いに耽っていると、突然ステイラ公爵が笑みを浮かべて口を開いた。


「当然ヴェルマー大陸は我々『ミールガルド』大陸、そしてケビン王国のものとなるだろう。我々は戦勝国だからな! こればかりは誰にも文句は言わせぬぞ」


 勝ち誇った顔を浮かべたかと思うと、ステイラ公爵はそう言い放つのだった。


 ――ソフィ達が生み出した功績。


 それらを横から掠め取るような言い方にその場に居る多くの者が、不快そうな表情を浮かべるのだった。


 しかしステイラ公爵の言い分は、決して間違っているという訳でもない。


 ソフィやソフィの配下が勝ち取った功績であろうとも、彼らは冒険者として今回動いたという事実があり、その冒険者ギルドは『ケビン』王国の統治する町の冒険者ギルドである。


 そこに属する一介の者の功績は、当然の事ながら『ケビン』王国に奇与きよされて属される。


 つまりラルグ魔国との戦争で勝ったケビン王国が、ラルグ魔国並びに『ヴェルマー』大陸の領土を『ミールガルド』側が得るというのは、権利としては間違っていない。


 しかし間違ってはいないが、この『褒章授与式ほうしょうじゅよしき』の場で話す問題でもない事は間違いない。


「……ステイラ公爵。そういった領土の問題はまた今後ゆっくりと、検討を重ねるとしようではないか」


 ケビン王がざわついている場を治める為にそう口にするが、ステイラ公爵は全くいう事を聞かずに更に話を続けるのだった。


「いやいや何を仰るケビン王。こういった話は早めにお決めになったほうが宜しいかと思いますよ? 何やら殿が、勘違いを起こして、これ以上何かを要求してくるとも限りませんしな」


 そう言いつつ『ステイラ』は『下賤げせんな者』を見るような目でソフィを睨む。


 ソフィは何も言わずに片目を閉じて事の成り行きを見守る。


 貴族達も内心では言い過ぎだと、ステイラ公爵をとがめようとしたがっていた。


 しかしステイラ公爵に表立って発言出来る者は貴族達だけではなく、この場に居る王家の者の中でさえ誰も居ないようだった。


 ――その静寂の中、凜とした声が部屋の中へ紡がれた。


「いい加減にしなさいね? 勘違い野郎」


「何……?」


 ソフィと同じように事の成り行きを見守っていたユファが、もう我慢が出来ないとばかりに口を開いたのだった。


なのはよくわかったから、に戻りなさい?」


「「ぶふっ!?」」


 ユファの突然の発言に、至るところで噴き出して笑う者達の声が響くのだった。


「き、貴様っ! 誰に向かって口をきいている!」


「ユファ、その辺にしておくのだ」


「はぁい……」


 口を尖らせながらユファは親に叱られたような態度をとりながらも、ソフィの言葉には大人しく聞くのであった。


「ケビン王よ『ヴェルマー』大陸の事なのだが、この場にいる『レルバノン』『シス』『シチョウに』それぞれに統治を任せてもらえぬか?」


 突然のソフィの言葉に『ケビン』王や『ステイラ』公爵はともかく、『レルバノン』達までも驚愕の目を浮かべるのだった。


「き、貴様! 突然何を訳の分からない事をのたまっている!」


 ステイラ公爵は一歩前に出て、ソフィに向けて大声を出して怒鳴り始めるのだった。


「我はケビン王と喋っておるのだ。お主は


 ソフィの目が紅く光った瞬間、ステイラ公爵は声が出せなくなった。


「元々ヴェルマー大陸が戦争を仕掛けてきたのは、今の『ラルグ』魔国の王のせいなのだ。ここにおるレルバノン達は、この大陸に手を出そうとする者はおらぬし、ここで改めて約束させてもよい。どうだろうか?」


 ソフィの言葉を受けたケビン王は、考えるように腕を組んで黙り込んだ。


 普通であれば『ステイラ』公爵の言葉通り、戦争を仕掛けてきた国を返り討ちにした以上は、その与奪権利よだつけんりはミールガルド大陸にある。


 そしてミールガルド大陸で大きな犠牲を払ったのもケビン王国である以上、ケビン王国がどう取り決めたとしても文句は言えない。


 つまり戦争を仕掛けてきた『ラルグ』魔国に対して、治める者が変わるから許してやってくれと言われて、やすやすと許すわけにはいかないというのが本来の道理ではある。


 しかしそれが今回の褒章を授けたソフィの言葉であれば、またこれは話が変わってくる。そもそも今回の戦争に勝利が出来たのは、間違いなくソフィ達のおかげなのだ。


 そのソフィの言葉を突っぱねた場合は『王典褒章授与ほうてんほうしょうじゅよ』の筋が通らない。


 ケビン王はちらりとステイラ公爵を見た。ステイラ公爵は何故か分からないが、声が出せなくされているらしく顔を真っ赤にしながら、何かをケビン王に訴える様に手を震わせながら怒り狂っている。


「……分かった。だが条件を出させてもらってもよいだろうか?」


 ソフィはコクリと頷いた。


 無理を承知でソフィも発言したのだから、条件を出される事も当然に理解が出来る話である。


「今後の『ヴェルマー』大陸の統治をその後ろの三人ではなく、私はソフィ殿に任せたいと考えておる」


「何?」


 そのケビン王の告げた言葉には、流石にソフィも予想していない言葉であった。

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