最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

第82話 ソフィの奇跡の魔法

　ステンシアの町の入り口の門の所へと戻ると、いつも騒がしく門前で戦闘をしている魔物達がおらず、代わりにマークや警備隊、そしてリーネの姿があった。

「む？　今日はやけに静かではないか？」

　ソフィの声に最初に反応したはリーネだった。

「ソフィ……。どこいってたのよ」

　ソフィを見るといつも嬉しそうに声を掛けてくるリーネとは違い、今のソフィに掛ける言葉はどこか悲し気な声だった。

「一体何があったのだ？」

　ソフィはリーネの元へ駆け寄ると、マークたちが囲んでいて傍からは見えなかったが、何者かがその場に横たわっているのが見えた。

　ソフィはその何者かが気に掛かり、マークたちを軽く手で押し退けて倒れている男を見る。

「お主は……！」

　そこに居たのは彼のよく知る男『ラルフ・アンデルセン』であった。

　胸に大きな穴が開いており、息も絶え絶えで何とか生きているという感じである。

　ソフィの声に反応するかのように、苦しそうにしながらもラルフは必死に目を開ける。

　彼の胸には穴が開いており、誰が見ても助からないという事を悟ってしまう程の大怪我であった。

　もう言葉を発することが出来ないラルフは、何とか最後に自分の主に微笑を浮かべようと、ぼやけてよく見えないソフィの顔を探す。

（私は最後に貴方の配下となれて幸せでした。どうかご武運をソフィ様……）

　そしてソフィの顔を見つけたラルフは『微笑』を浮かべたのだった。

　これまでソフィが戻って来るまで、何とか自らの命を振り絞って生き永らえていたのだろう。ようやくそのソフィに伝えられたラルフはもう目の視点が合ってもいないが、ずっと表情を変えずに『微笑』を浮かべ続けていた。

「ラルフッ！」

　リーネはその健気なラルフの姿を見て耐えられず、涙声をあげながら目から大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。

　――そして静かに『微笑』を浮かべていたラルフの目が閉じられていった。

「……ならぬぞ、ラルフよ。我の配下となった以上は、勝手に死ぬ事は決して我は許さぬ」

　――根源魔法、『救済（ヒルフェ）』。

　ソフィが神域の領域に達している程のその『魔法』を使うと、青い光がラルフの体を包んでいき胸の穴が塞がっていく。

　しかし傷口は治っていくのだが、肝心のラルフが目を覚まさない。

　どうやらすでにラルフの身体を死（・）が支配し始めているようだ。

　そして他の者には見えてはいないようだが、神位を持つ『死神』がラルフの頭上に出現する。

　どうやらすでに『ラルフ』の身体から、魂を抜き去る寸前のようである。

「許さぬぞ死神よ。何（・）を（・）勝（・）手（・）に（・）我（・）の（・）配（・）下（・）を（・）連（・）れ（・）て（・）行（・）こ（・）う（・）と（・）し（・）て（・）お（・）る（・）の（・）だ（・）」

　恐ろしい形相をしながら『死神』を睨んでいたが、やがて嗚咽を漏らして泣いているリーネに振り返ったソフィは、彼女に言葉を投げかける。

「悪いがリーネよ、お主の影忍の『技』で我の姿を隠せ」

「え？」

「他人に『技』はかけられぬか？　出来ぬのであれば無理は言わぬ」

　そう告げるソフィはリーネが他者に『技』を掛けられる事が出来るのであれば、それが一番ありがたいとは思っているようだが、もし不可能であるならばそれならばそれで別に構わないという意思が感じられた。

　どうやらソフィはラルフに対して、何か大事な事をしようとしているとリーネは察して、慌てて『影忍（かげにん）』の術をソフィに使う。

　その瞬間、リーネの『技』によってソフィの姿は辺りから見えなくなる。

　その効果を実感したソフィは静かに詠唱を開始する。

「『無限の空間、無限の時間、無限の理に住みし魔神よ、悠久の時を経て、契約者たる大魔王の声に応じよ。我が名はソフィ』」。

　――それは本日二度目となる『真なる大魔王化』である。

　実際には『スフィア』の時に魔王形態の変化を用いた時はソフィの意識が無かった為に、ソフィが意識がある状態で使うのはこれが本日初めてではあるが、消費する『魔力』は紛う事なき二度目であり、更には『救済（ヒルフェ）』の『魔法』も膨大な魔力量の消費である為、これ以上の魔力の消費は今のソフィの『魔力』では賄いきれずに『生命力』で補わなければならないだろう。

　それでも尚、『魔王形態』の変化は完全に賄いきれるとは言えない程の消費量なのである。

　――しかしそれは、先（・）程（・）ま（・）で（・）の（・）ソ（・）フ（・）ィ（・）の（・）形（・）態（・）で（・）あ（・）れ（・）ば（・）の（・）話（・）で（・）あ（・）る（・）。

　この場に魔神を呼んだという事は、魔神に預けている本来のソフィの魔力を返還させるという事であり、その『魔力』さえ戻れば『魔王形態』や『救済（ヒルフェ）』の魔法程度の魔（・）力（・）消（・）費（・）などソフィの消費の内にも入らない。

「『数多の神々を従える魔神よ、汝の全てを今ここに欲す。復元の力を我は望む、契約者たる大魔王の言葉に応じよ、我が名はソフィ』」。

　――神（・）聖（・）魔（・）法（・）、『救済（ヒルフェ）』。

　そして青い光が『死神』によって魂を奪われかけていたラルフを包み込んだかと思うと、ゆっくりとラルフは目を覚ます。

「う、嘘！？」

　リーネが信じられないといった、表情を浮かべてラルフを見る。

「こ、これは……？」

　ラルフが上半身を起こして、自分の両手を見て不思議そうに声を出す。

「クックック……。ラルフよ、死んではならぬぞ……」

　しかしこれ程の奇跡を起こして何も代償がない筈もなく、ソフィはラルフに声を掛けた後にその場で意識を失った。

「ソフィ！」

　慌ててリーネが意識を失ったソフィの体を受け止める。

　神格を持たないソフィが『死神』という神位は低いとはいっても、神格持ちの紛れも無い『死神』がラルフの魂を奪おうとした所を強引に、更に神位が高い魔神を使い強制的に死神を従わせたのである。

　神々が決定した事を下（・）界（・）の（・）存（・）在（・）が魔神を使って強引に、決定を覆る魔法を用いて神々に刃向かった結果、納得のしていない死神に対してソフィは、配下の為に自身の生命力の一部を死神に譲り渡して、強引に納得させたのであった。

　流石にソフィは魔力だけではなく、生命の力を使って補った為に一時的に活動を停止させられるのであった。

　そして今度は『力』の魔神が恐ろしい形相で『死神』を睨む。

「――」

（ソフィにここまでさせたのだ、納得しろ死神。さもなくばこの私がお前だけではなく、全（・）て（・）の（・）死（・）神（・）を（・）消（・）滅（・）さ（・）せ（・）て（・）や（・）る（・））。

　死神は慌てて魔神の言葉に首を縦に振った後、空間に亀裂を入れて『道』を作ってすんなりと去っていった。