第74話 ラルフVSスフィア

「す、スフィア様!」


 死を覚悟したルノガンが救世主というべき、この場に現れたスフィアに声をあげた。


「危ない所だったわね? お前は屋敷に戻って『エルザ』辺りに救援を求めなさい」


 そう言ってこの辺では珍しい服装をしている『スフィア』と呼ばれた女性は、ラルフが手を掛けようとしていた『ルノガン』を逃がそうとするのだった。


 ルノガンが一目散に屋敷の方向へ逃げ出すが、それを見た『微笑』が音もなく追いかけて背後から手をルノガンの内蔵に突き入れようと伸ばす。


「目の前にいる妾を無視するのは、どうかと思うわよ?」


 だが、そんなラルフの手首を『スフィア』は難なく掴み取る。


 ラルフが相当な力を込めているというのに、スフィアという女性に摑まれた腕は一向に動かせず、徒者ただものではないとラルフはスフィアを認識する。


「貴方が何者か知りませんが、邪魔をしないでいただきたい」


 ラルフはスフィアから強引に手を振り解くと、大きく後ろへ跳躍する。


「あらあら、顔に似合わず以外と暴力的なのね?」


 ゴスロリ服の女スフィアは、くすくすと袖で口元を隠しながら上品に笑う。


 ――ラルフから密度の濃い『殺気』が漏れ始める。


 勲章ランクAの冒険者であろうとも、動けなくなる程のラルフの『殺気』である。


 しかしその殺気を向けられた当の本人は、ラルフの殺気に戸惑うどころか心地良さそうにしていた。


「ふふ、人間でも磨けばここまで輝けるのね? 妾も少しばかり貴方の相手をしてあげる気になったわよ」


 この大陸の冒険者でリディアを除けばどれ程の数が『微笑』の殺気を受けてここまでの余裕を見せられるだろうか?


 だが、ゴスロリ服の女スフィアは微笑の殺気を受けて、嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 ラルフは再び音も無く近づき上品に笑みを浮かべているスフィアの背後をとって、そのまま喉頭隆起のどぼとけを手刀で突き刺そうとする。


 しかしいつの間にかスフィアは右手に扇子を持ち、微笑の急所を突こうとした手を払う。


 そしてそのままラルフの勢いを利用して足をかけるという技に近い恰好になり、微笑の体がそのまま宙に浮かされて膝から崩れ落ちそうになるが、その態勢からラルフは更にスフィアの足に転ぶ勢いを利用して、自らの右足を絡ませて体勢を崩させる。


「へぇ、やるじゃない?」


 流石に重力には逆らえず、ラルフに足を絡み取られたスフィアは、ラルフと同時に地面に手をつく。


 互いに足が絡まった状態にも拘らず、両者の目線は互いの次の手を視る。


 ――コンマ数秒……!


 ラルフの左肩が僅かに上がるのを見たスフィアが、空いている足でラルフの左肩を蹴り上げる。


「チィッ……!」


 ラルフは左手で手刀を斬るつもりだったので、それを防がれた形となった。


 しかしラルフもまた蹴り上げられた拍子に流れに逆らわず、そのまま宙返りをして距離を取って離れる。


 だが、今度はそのままスフィアがラルフの着地を狙って、タイミングを合わせて身体を反回転させながら左足の踵でラルフの足払いを仕掛ける。


 尚もそれも読んでいたラルフは、空中で強引に回転して蹴りを繰り出そうとしているスフィアの右肩に手を置いて、身体を返しながらスフィアの首に両足を絡ませて、身体を逆回転させてそのまま首を絞め落とそうとする。


 まさに空中で戦いながら互いにダンスを踊っているようである。


 相手の回転にあわせて逆方向にカチリと脚がかみ合って、そのまま重力に逆らわずに全体重をかけて、ラルフは相手の首を絞めたまま地面に叩きつけようとする。


 流石にこのまま捻られたまま、地面に全体重を乗せられて叩きつけられてしまえば、首の骨は折れるしかないだろう。


「あはは! やるわねぇ……?」


 ボキッという骨が折れた音を聞いたラルフは、挟んでいたスフィアの首を外してそのまま立ち上がり横たわるゴスロリ服の女、スフィアを見る。


 微笑びしょうを浮かべながらもラルフは、一切視線をスフィアから外さない。


 彼は確実に目の前のスフィアという厄介な存在を殺したとは思うが、それでもラルフの喉の奥に小骨が刺さったような違和感が拭えない様子であった。


「……」


 ――五秒、十秒、十五秒。


 全くスフィアは動く気配を見せない。


 そして二十秒……――。


 ここでようやくラルフは、溜息を吐いて対象者を殺したと判断する。


「どうやら杞憂でしたかね。しかしいらぬ邪魔が入ったものです。先程の男はもう逃げ去った後でしょうか……」


 ひとまずは警備隊や冒険者達と合流して、彼らが戦っている魔物を一掃しようと考えたラルフは、踵を返して背後を振り返る。


 ――その瞬間であった。


「うふふ、もう少し警戒してもいいと思うわよ?」


 ラルフの胸からスフィアの手が生える。


「うぐっ……! なっ……? ぐ、グハァ……ッ!」


 完全に死んだと思っていた『スフィア』が背後で音もなく立ち上がっていて、そのまま無防備な状態であったラルフの胸を一突きで貫いていた。


 ラルフは口から大量の血を吐き出した後、前のめりに倒れて意識を失うのであった。


「……ふふ、うふふ、うふふふふふ!」


 ラルフの血がついた指を美味しそうに舌で舐めとりながら、目を細めて妖艶に笑う『スフィア』であった――。

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