第66話 組織の調合師

「面白い子が居るとは思っていたけれど、潜在能力は相当なものね」


 ステンシアの町を襲撃して、中に入ろうとしていた魔物達を一斉に焼き尽くした、ソフィの力をこっそりと覗いていたゴスロリ服の女が、町に戻っていくソフィを見て笑みを浮かべてそう告げた。


「もう一人の男も人間にしては相当な力を感じはするけれど、あのは別格ね」


 ゴスロリ服の女は見た目は人間にしか見えないが、その正体は人間ではなく『魔族』であった。


「これは『ルノガン』も相当に苦労させられるでしょうね」


 そう言ってくすくすと笑いながら、ゴスロリ服の女はその場から去っていった。


 ……

 ……

 ……


 男は『ステンシア』の町の近くの森に向かい歩いている。


 彼の上着の内ポケットには、今この町を騒がせている『例の薬』が入っていた。


 この男こそ魔物達に薬を投与して魔物達に町を襲わせている犯人である。


「……」


 虚ろな目でブツブツと独り言を言いながら、男は今日も町の近くの魔物達で実験をしている。


「この種類の魔物であれば、まぁこれくらいが適量だな」


 男が投与している魔物は蜂の魔物の『キラービー』である。


 鋭利な針を持っていて危機に陥るとその鋭利な針から毒が分泌されていき、その針を使用して対象者を殺すという危険な魔物である。


 そして男は慣れた手つきでその『キラービー』に薬を投与する。


 投与された魔物の『キラービー』は、酩酊したかのように辺りをフラフラと飛び始めた。


「これでいい」


 そう言い残して男はいつものようにその場を後にした。


 ――この『キラービー』はやがて狂暴化して、今後は町を襲うようになるだろう。


 男は『ステンシア』にある宿屋に戻り今日の蜂の魔物に使った薬の量と、今までに投与してきた魔物達の薬の量を比較して計算を始める。


「やはり薬の量を抑えて人を襲わせるならば『キラービー』が効率がいいな」


 ブツブツと宿屋に戻ってからも男の実験は続く。


 自分の過去のメモを見ながら、新しく今日の実験結果を書き足していく。


 男が組織に所属し始めてこれまでにあらゆる実験を重ねてきた。


 そして今回も町に出回っている、危険な薬草を作り出したのも彼である。


 …………


 元々彼は『調合薬師』という職業で、野草等から薬草などを調合して混ぜ合わせて効力を高めたり、新たな薬となるような物を作り出してそれを売って生活していた。


 彼には同じ年の愛する妻がいて、二歳になる子供が居た。


 愛する妻は村一番の美人と評判で、彼はその事をとても誇りに思っていた。


 幸せを絵にかいたような生活で真面目に毎日働いていた。


 だが、その幸せは長く続かなかった。


 当時住んでいた彼の村を魔物たちが襲ったのだ。


 彼は野草を集めに村から出ていた為に九死に一生を得たが、村は焼け焦げて至る所に村の顔なじみの者たちの死体があった。


 気が狂いそうになりながらも、何とか自分の家に辿り着いて愛する妻と子供の名前を呼んだが、家にいる筈の家族の返事がない。


 自室に辿り着いた彼が見たものは、子を必死に庇うように抱きかかえていたと、泣き叫んで必死に助けを乞うたのが見て取れる、だった。


 慟哭どうこくの声をあげて彼は苦しんだ。


 何故妻や子ではなく自分が生き残ったのかと、残される者の辛さの真の意味を知った。


 ようやく落ち着いた時、彼は魔物に復讐する事を誓い、自分の稼ぎの全てを吐き出して近くのギルドに村を襲った魔物の討伐依頼を出したが、そのギルドは彼の依頼を断ったのだ。


 彼は激昂してギルド職員に問いただしたが、ギルドは頑なに理由を言わなかった。


 原因が分からずどうしようもなくなった彼は全てに絶望し、ギルド依頼の為に集めた金で酒場に通うようになった。


 ――そしてある日。


 酒場で自分の隣の席に座った男達が、自分の故郷を襲った魔物の話をしているのを聞く。


「そういえばお前、ここの近くの村が魔物達に襲われた話を知っているか?」


「ああ……、貴族の恨みを買って雇われた魔族に滅ぼされたらしいな」


「全く酷い話だよな。しかも理由がらしいじゃないか」


「村一番の美人で貴族の目に留まったらしいが、誘いを断った事に腹を立てたらしいな」


 ……

 ……

 ……


 男は話をしていた男たちに詳しく話を聞き、村を襲わせた貴族の名前を知った。


 その貴族の名は『ミゲイル・フランドー』。


 ケビン王国内の田舎貴族で爵位は男爵である。


 新しくこちらの地方に飛ばされてきたようで、近隣の村や街の視察に来ていた時に男の妻に目を止めたらしく、どうやら一目惚れをしたらしい。


 そしてミゲイル男爵は彼の妻に迫ったが、誘いを断られて腹を立てたミゲイルが、お抱えの魔族を使い襲わせた。


 ――それが彼の村が滅んだ理由だった。


「は、ははは……、何だそれは? そんな理由で村が……、妻が! 我が子が! 俺の全てが奪われたのか!?」


 ギルドが頑なに討伐依頼を断るわけである。


 どこの王国も街のギルドと貴族との繋がりがあるもので、時には貴族を庇い後ろ盾になったりする。


 今回はミゲイル男爵が自身の治める領地のギルドに話を通して、村を襲わせた魔物や魔族達の討伐依頼を断るように圧力をかけたのだろう。


 しかし真相を知った所で男がたった一人、領地を治める程の貴族を相手にできる訳もなく、男は泣き寝入りするしかないのかと絶望をしかけていたところ、同じく酒場にいた女が声を掛けてきた。


 その女もまた先程の自分の故郷の話を聞いていて、何とか力になってあげたいと申し出てくれたのである。


 ――女の名前は『スフィア』。


 現在の組織に所属する『魔族』であった。


 スフィアという女が言うには、自分達の組織に協力するのであれば村を襲った魔物と、ミゲイル男爵に復讐をするチャンスを与えると口にするのだった。


 誰が聞いても怪しい話だが、男には他に頼る物もなければ縋る物もなく、この怪しい話ですら彼にとっては生きる希望と同義のものになっていく。


 彼が今生きている意味――。


 それは組織に貢献して貴族と、愛する全てを襲った魔物のはらわたを掻っ捌き、復讐を遂げる事なのである。


 こうして『復讐』にとりつかれた男『ルノガン』は、奇しくも使調

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