第一章 幕間

第3話 冒険者ギルドと通貨

 アウルベアと別れた後にソフィは町を目指して森の中を歩いていたが、割とすぐに森の出口が見えてきたのであった。


 どうやら本当に人間の町は、アウルベアの居た森から直ぐの場所にあったようだった。


「ふむ、まだ日は高いし人間たちも多くいるようだな」


 街の様子を見ると田舎の村といった感じではあるが、割と人口は多く行商人たちや露店なども多く見受けられた。


「ほう。それなりに栄えているではないか。これだけ露店が立ち並んでいるならば、姿見かがみの一つや二つくらいはあるだろう」


 アウルベアがソフィの見た目を人間の子供だと言っていたのが、とても気になっている大魔王であった。


 そして街の入り口から数分歩いたところにある露店の一つに、目的のものである大きな三面鏡さんめんきょうを見つけた。


「な、なんだと……! こ、これが我だというのか!」


 ――どうみてもが、姿見に映し出されていた。


 露店の前の鏡の前で精神的ショックで動けずにいたソフィに、どうやら露店の主であろう男が気づき、慌ててソフィに声をかけてくる。


「お、おいどうした坊主! もしかして母ちゃんか、父ちゃんとはぐれちまったのか? 困っているのであれば、見回りの者を呼んでやろうか?」


 見るに見かねた若い店主は、子供が親とはぐれて困っていると勘違いしているようだった。声をかけられてようやく意識を戻したソフィは首を振って断った。


「い、いや大丈夫だ」


 そしてちょうどその時、ソフィのお腹から空腹を知らせる音がなった。


 そういえばこの世界に来てから何も食べていなかった事を思い出したソフィだったが、店主は納得といった顔で、ざるに乗せていた売り物の果実らしきものを手渡してきた。


「ほれ坊主。腹が減っていたんだろう、これをやるよ」


 ソフィに向かって果実を投げてよこしてきた。


「お、おお! よいのか? すまぬな、ちょうど腹が減っておったのだ」


 ソフィは渡された果物にかぶりついて食べる。


「うむ! 美味い! もっと欲しいくらいだ!」


 そう言った後ソフィは、自分が無一文なことにようやく気付いた。


「そういえば、我は金などを持っておらんかった」


 ソフィは魔物たちの王ではあるが筋の通らないことはやらない性分であり、金がないからと強奪するような性格ではなかった。


「店主よ……、手っ取り早くはないか?」


 ソフィが真顔でそんなことを言うものだから、店主は盛大に笑ったのだった。


「はははっ! 坊主、そんな方法があったら、おれたちゃ商売なんてしてねぇぜ?」


 まだ笑っていた店主だったが、最後にいいことを教えてくれた。


「そうだなぁ。坊主がもう少し大きかったら、この先にある『冒険者ギルド』に登録してクエストをこなして金稼ぎも出来たんだろうがな」


 見た目がまだまだ子供のソフィでは、無理だと告げていた。


「何? なんなのだ、その『冒険者ギルド』というのは?」


 ソフィの世界である『アレルバレル』には、ギルドというものがなかった為にピンとこなかった。


「その顔を見るにどうやらお前さんは『ギルド』自体知らないようだな?」


 ソフィが頷いて見せると、店主は説明を始めた。


「依頼を出したい者と依頼を受けたい者が一箇所に集まる、って言えばわかるか?」


 まだよくわかっていない様子のソフィを見て、店主は話を続ける。


「そうだなぁ。例えばこの露店に売っている薬草が足りなくなった場合、調合するために必要な素材を集める必要がある。だが、客が多く来ていると素材を集めに行く時間がないとする。そういう時に俺たちの代わりに集めてきてくれる人を雇いたいわけだが、募集してもすんなりと取りに行ってくれる人が集まるかは分からないだろ?」


 コクリとソフィは頷く。


「そんな困った時に便利なのが『ギルド』だ。ギルドに『薬草の素材を集めてくれる方を銅貨10枚で募集』とギルドに依頼を出しておくとだな、その依頼を見てくれた人が俺の代わりに素材を集めてきてくれるわけだ」


「なるほど。ギルドはそういう依頼を出す側と受ける側、両方の受け皿となる組織ということか?」


 店主は正解だといって頷いて見せた。


「なるほど、その組織がギルドというのか。では『冒険者ギルド』というのは?」


「『冒険者ギルド』は討伐依頼があったときに『冒険者ギルド』に所属していない者が、せっかく退治しても懸賞金を貰えなくてな。基本的に魔物を討伐して生計を立てているものが『冒険者ギルド』を利用する感じだな」


「なるほど、そういう事か」


「ああ。そして俺たち商売人が商売をしようとすると、まず『商人ギルド』に所属する必要があるんだ」


「商売を主としてる者は『』。力自慢たちが魔物を狩ったりするのが『』という訳か」


「まぁ、大まかにいえばそういう事だな。ちなみに依頼を多くこなしていけば、それだけ『勲章レベル』が上がっていくんだ」


「ん? 『勲章レベル』とは何だ? 『冒険者ギルド』に所属して魔物を討伐すれば、懸賞金がもらえるのだろう?」


「ああ。だが、勲章レベルが低い新人がいきなり『Aランク』のめちゃくちゃ強い魔物を倒すなんてできないだろう? だから、ギルドが冒険者ごとに勲章というクラス分けを作り、その冒険者に見合ったクエストを受けられるようにしたというわけだ」


 店主はソフィが真剣に自分の話を聞いているのを見て、嬉しそうに続きを話し始める。


「そして依頼をこなしていけばギルドに認められて勲章レベルが上がっていき、勲章レベルに見合った報酬のクエストを受けられるというわけだ」


「おお! 素晴らしいシステムではないか! それでその報酬とはそれなりにもらえるものなのか?」


「そうだな。勲章レベルは一般的に一番下がGで一番上がAなんだが、Gクラスの依頼報酬は、銅貨三枚から五枚くらいが相場だな」


 この世界の相場自体を知らないソフィは首を捻る。


「ふむ。それでこの店にあるもので銅貨五枚だと、どれが買えるのだ?」


 ソフィが身近にあるもので相場を推し量ろうとする。


「ん~そうだなぁ。銅貨五枚だと……、さっきの果実三つ分くらいだな」


 ソフィはその言葉にガクリと肩を落とすのだった。


「そ、それだけしか価値がないのか……?」


「まぁこの果実は結構美味しくて、高価な部類の果実だからな」


「我はそのざるにある果実をのだがな……」


 ソフィがそういうと、嬉しそうに店主は笑う。


「ははは、そうかお前さんこの果実が気に入ったみたいだな。このざる全部を簡単に買えるくらいの勲章レベルはだな。Eクラスになれば、一回のクエストで銀貨二枚~三枚が相場になる」


 詳しく店主から教えてもらうソフィ。


 つまり銅貨10枚で銀貨1枚 銀貨10枚で金貨1枚 金貨50枚で『』らしい。


「『白金貨』があれば、この店にあるものはどれが買えるのだ?」


「はっはっは、白金貨なんてあればこの店にあるものどころか、この通りにある露店全ての品々を買っても、まだおつりがくるぜ?」


「なんと!」


 この通りには露店が溢れんばかりに並んでおり、空きスペースがない程である。


 それくらい多くの露店に売られている物が、全て手に入るというのだからソフィの中では『白金貨』の存在はとても大きく感じられた。


「ちなみに『白金貨』の上にもまだ『光金貨こうきんか』というものがあるんだが、これはもう俺たち一般人はだ。それこそをするときに使われる金貨だな」


「『光金貨こうきんか』か、いずれは手に入れてみたいものだな」


 店主はソフィの言葉に遠くを見るような目で、同意して見せたのだった。


「そうか。店主よ、商売の忙しい最中さなかだというのに、丁寧に教えてくれて感謝するぞ。早速我は『冒険者ギルド』に登録してくるとしよう。そして金を稼いだらさっきの果実代と、そのざるの中身をすべて買わせてもらう」


 そう言ってソフィが冒険者ギルドの建物がある方へと向かおうとする。


 それを見て目を丸くしながら店主は、慌ててソフィを呼び止める。


「ま、待て坊主! 『冒険者ギルド』に入るには実技の試験があるんだぞ!? 坊主の年で試験を受けるには早すぎる!」


「何? 登録するだけでも試験があるのか?」


「ああ。試験官にもよるが、坊主のような年齢の子供を通すほどギルドは甘くはないぞ!」


「ちなみに年齢制限みたいなのはあるのか?」


「え? い、いやぁ、特に年齢制限は設けていなかった筈だが……」


「そうか。うむ、ならばよい。受けてみてダメならダメなときに考えようではないか。大変有意義な時間を過ごさせてもらった。それではな店主よ」


 そう言ってソフィは今度こそ、露店から去っていった。


「も、もしかして俺は余計な事教えちまったか?」


 自分が要らぬ事を教えてしまったせいで、坊主に怪我でもさせてしまったらどうしようかと、去って行く少年の背を見ながら本気で心配する店主であった。

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