それから -2-
停学一週間。
それが新学期早々、俺と晴礼がくらった処分だった。停学開けには、実力テストという悲しいおまけつき。
俺たちがしでかしたことに対する罰としては少なすぎるほどだ。
しかし、高校側が晴礼の境遇を加味した結果、処分がこの程度で落ち着いたらしい。このときほど、付き合っていることにしていてよかったと思ったことはない。
岡山への帰り道、赤磐先生と晴礼の叔母さんに、晴礼を捕獲した旨を連絡した。帰り着いたときには、二人の鬼に殺されるんじゃないかというほど怒られた。生きることに前向きになったところに死をイメージさせられるとはこれいかに。自業自得だけど。
こうして俺たちの旅は、紆余曲折をへてようやく終えた。
さらに夏休みが一週間伸びたと楽観することはできた。だが、自宅謹慎という名目と、旅の結果の罰でもある。ここでなにかしようものなら、本気で赤磐先生の将来を考えないといけない結果になってしまう。さすがにしばらくは家で大人しくすることにしていた。
晴礼の叔母さんや赤磐先生が高校に取りはからってくれたこともあり、俺への旅禁止令も一応なかった。危なかった。もしそんな禁止令が出れば、高校を退学するところだった。てへっ。
仕方なく、実力テスト対策に家で勉強を行う毎日。
晴礼のことは気がかりではあったが、時折、宿題が辛いですとラインが入ってきていたので大丈夫のようだった。
晴礼は夏休みすべてを旅に使ったにも関わらず、宿題のことなど頭に入れておかなかったのだ。俺はもとより予定していた旅だったため宿題をしていただけに過ぎない。急遽押しかけて俺の旅に付いてきた晴礼が、宿題をすませている方があり得ない話だった。
いつもは仏のように優しい叔母さんも、机から離れることを許してくれなかったらしい。写させてほしいと援護を求めるラインもあったのだが、残念。既にほとんど課題は提出してしまっていて、手元に残っていないのだ。
頑張れーと適当な返事をし、勉強を再開する。
停学になり、数日たったある日の夕方。
玄関の扉がガチャリと音を開いた。のそのそと姿を現したのは、数ヶ月ぶりに姿を見せる俺の父親だった。
「なんだ、どうした突然」
勉強の休憩にリビングで牛乳を飲んでいた俺は、あまりにも驚いてうっかりそんなことを言ってしまった。自宅に帰ってきただけなのに。
父さんは、四十代前半にしては若い顔に刻まれた皺をわずかに寄せる。
「どうしたじゃないだろう。停学になったと連絡が来れば、帰らないわけにもいかないだろ」
ため息を落としながら背負っていた鞄をどさりとリビングの椅子に下ろす。
「あー、連絡いったのか」
普通に考えれば当然であるが、父さんがあまりにも家にいないため気が回らなかった。
「女の子と夏休み中旅行してたんだって? やるじゃないか」
おもしろそうに笑いながら、父さんは責めるわけでもなく場違いな発言をする。
「ああ、柄にもなく青春しちまった」
俺も笑いながら悪びれることもなく答える。
すると、父さんは少しばかり虚を突かれたように目を丸くした。
「ん? どうかした?」
「……いや」
かぶりを振り、また父さんは笑う。少し寂しさのこもった笑みだった。
「今回の旅は、どうだった?」
「大変だったよ。女の子と旅なんてする予定じゃなかったからな。楽しかったけど。ああ、でも……」
小さく息を吐くと同時に、ポケットの中でスマホが音を立てた。
晴礼からのラインだ。
『綺麗な夕日。センパイの家からも見えますか?』
赤く染まった空にかかる雲の写真とそんなメッセージが送られてきていた。
再び、笑う。
「父さん、俺、旅をしていてよかったよ」
「……そうか」
驚きながらも、父さんは穏やかに笑い、頷いた。
「これまで、好き勝手に旅をさせてくれて、ありがとうな」
「……旅、止めるのか?」
今度は俺が目をしばたかせる。
「まさか。旅は俺のライフワーク。生きている限り、やめるつもりなんて毛頭ないよ」
けらけらと笑いながらそう言い放つ。
父さんは怪訝そうに眉を下げ、そして笑った。
「お前、変わったな」
「ん? そう?」
なにが変わったのかはてんでわからなかったが、それよりも、とリビングの机をバンと叩く。
「父さん、なんかやつれてない? 飯、ちゃんと食ってるのか?」
「……それは、私の台詞だと思うんだが」
「俺の体質知ってんだろ。疲れなんて感じない。どうせ、適当な食生活してるんだろ?」
父さんの目がぐるぐると泳ぐ。世界水泳ばりに泳ぐ。これだよこれ。ほっとくとすぐこれだ。
深々とため息を吐き出し、首を振る。
「さっき風呂沸かしたから、入ってこいよ。俺はちょっと買い出し行ってくるから」
「停学中なのに大丈夫なのか?」
「大丈夫もなにも、実質一人暮らししてる俺が一週間も家から出ないとか無理。それくらいの許可はもらってるよ。どっちにしても、明日には買い物にいくつもりだったんだ。ちょっと行っときたいところもあったし」
買い出しついでに晴礼に差し入れでも持って行ってやろう。
晴礼の叔母さんたちにも、まだきちんと謝れてない。
停学中になにやってんだと言われるかもしれないが、この手の問題は先延ばしにするべきではない。とりあえず、玄関で土下座からスタートだ。
プリウスの鍵と財布を手に取ったとき、ふと思い出す。
「そうだ。明日はもう仕事?」
「一応明日まで休みはもらっているが?」
「そうか、それなら……」
俺はリビングの扉を開けながら、父さんに笑いかける。
「明日、墓参り、行くぞ」
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