第42話 魔術師のプラネタリウム

「きゃっ!?」


 パリン、とクリスタルが砕ける。

 ユアルによる本日二回目のクリスタルチャレンジは失敗に終わった。

 ユアルはまだ魔力の扱いに慣れないようだった。


 ……一方の俺はと言えば。


「全然色が変わらなくなったぞ……」


 俺の手に持つクリスタルは緑色となったまま、まったく色味が変化しなくなっていた。


 賢者サパイ=アネスの家に泊まり込んで二日目。

 アネスに言われるがまま、俺たちは午前中をクリスタルを光らせる為の作業に費やした。


 俺は筋肉を使いながらの魔力注入。

 ユアルはタライを使っての精神統一だ。


 ユアルは朝と昼に一回ずつクリスタルに魔力を注入して、失敗している。

 俺の方は朝少しだけ魔力を込めて緑色になったはいいが、その後まるで変化がなくなっていた。


 色が変わらなくなったクリスタルを眺める俺の様子を見て、アネスは笑う。


「そりゃそうだ。それぞれの色と魔力の量は比例しないからな。赤の期間が一番短くて、緑の期間が一番長い」


「聞いてないんだが」


「言ってないからな」


 俺はアネスの言葉にため息をつく。

 アネスは腰元からもう一つクリスタルを取り出すと、俺に渡した。


「そんなに急ぎたいなら、飯を食う時も寝る時もずっと魔力を込めるよう意識してみるといい」


「寝る時もって……。寝ながら集中しろってのか……?」


「当然だろ? まあ、お前器用そうだからできるだろ」


 アネスはこともなげにそう言ってみせる。

 ……無茶を言うな。

 だが他に手がないならやってみるしかないか。


 俺がそんな覚悟を決める一方、ユアルは机の上にクリスタルの欠片を並べつつ意気消沈していた。


「わたし、そんなに集中力ないんでしょうか……」


 落ち込むユアルに、アネスは考えるような表情を浮かべた。


「うーん……。おそらく魔力量が膨大なだけじゃなくて、おかしな波長を持ってるんだろうな。……そうだな、次はべつのやり方を試してみるか」


 アネスの提案に、ユアルは嬉しそうな顔をする。

 どうやら椅子に座りっぱなしで疲れていたらしい。


 アネスは「間違っても勝手なことはするなよ」と釘を刺すと、俺たちを四階へと案内した。

 四階から上はたしか、彼女の魔術工房だ。


 アネスの後を付いて四階に上がると、そこには満点の星空が広がっていた。


「――これも幻術か?」


「惜しい。実際に星空があるわけじゃないが、幻術と言うのもまた違うな。目の錯覚の類いだよ」


 石造りの床が地平線まで広がっているのかと思ったが、よくみれば透明に見える壁があった。

 広さは兵士の訓練場ぐらいだろうか。

 走り込みができるほどの広さだった。


「ここなら魔法をぶっぱなしても他に影響はない。そういう風に作ってある」


 アネスがそう言いながら透明な壁を小突くと、引き出しが飛び出てくる。

 どうやら壁に埋め込むような形で収納スペースがあるらしい。

 内側に木目が見える引き出しから、アネスは小さな杖を取り出した。

 それをユアルに向かって投げる。


「わっ、わっ」


 ユアルはそれを落としそうになりながらも受け取る。

 それは俺のショートソードぐらいの長さの、細長いステッキだった。

 ユアルがそれを握ると、アネスは人差し指を立てる。


「ステッキを振って、魔力を込める感覚を掴め。タライを頭に乗せてたみたいに、手に持つステッキの重さや振った軌道を自分の意思で管理するイメージだ」


「重さの管理……」


 ユアルはそう言いながら、手首のスナップを利かせてステッキを振る。

 アネスはそれを見ながら、言葉を続けた。


「集中してわたしの詠唱に続け。『炎よ宿り、撃ち放て』……」


 ユアルがその言葉に続く。

 初級に分類される炎魔法だ。


「『小火スピットファイア』」


「スピット……ファイアッ!」


 ユアルが力を入れて声をあげる。

 とっさにアネスが「バカ!」と叫び、彼女の手を掴んだ。

 瞬間、ユアルの握ったステッキが爆発し、爆炎が俺たちを襲った。


 思わず瞑った目を開くと、まるで目の前に透明な壁ができたかのように炎がせき止められているのが見えた。

 おそらくはアネスの張った防護障壁だろう。


 もしかしたらユアルのステッキが暴発すると予見していたのかもしれない。

 さすがこの国で一番の賢者と噂されるだけのことは――。


「――はー! 死ぬかと思った! びっくりしたわー!」


 煤だらけの顔をしながら、アネスが立ち上がった。

 それにユアルは涙目になりつつ声をあげる。


「ご、ご、ごめんなさい……!」


「お前何の為に精神鍛錬したと思ってんだ! なんだよ今の『ファイアッ!』は! ウインクまでしてただろ! 魔法少女のつもりか!? 可愛いんだよ! わたしにも教えろ!」


「ついにわたしも魔法が使えるのかと思ったら、舞い上がっちゃって……」


 恥ずかしそうに頭をかくユアル。

 どうやら二人に怪我はないらしい。


 アネスはため息をつきながら、消し炭になったステッキだったものを拾った。


「いいか? お前はとにかく魔力が規格外だ。それにどうやらこの様子を見るに、よくない方向で魔力の波長が荒い。……だから魔術を行使するときは、精神集中が必須だ。ノイズが乗ると今みたく暴走する」


「は、はい……」


 ユアルは反省するようにうつむく。

 アネスは「はー、あせった……」と言いながら腕を組んで、人差し指を立てる。


「そうだな……簡単に言うとテンションを上げるな。魔術を使うときは、何かこう、どんよりすることを考えながらやれ」


「どんより……どんよりかぁ……うーん……」


 ユアルは眉をひそめて考え込む。

 どうやらユアルが魔力の扱いを習得するのは、まだまだ前途多難なようだった。



 * * *



「争い……戦争……死……病気……絶望……」


 ぶつぶつと唱えながらクリスタルを握るその姿は、端から見て黒魔術の儀式そのものだった。

 何かを呪い殺すのかと思うのではないかというほどの漆黒のオーラをまとって、ユアルはクリスタルに魔力を込める。


「……あっ、やったー! できっ――」


 クリスタルの青い光が収まったと思った瞬間、パリン! と音を絶てて砕け散る。

 それを見ていた三人は、同時に「ああああ~!」と声をあげた。

 アネスが自分の事のように悔しそうな表情を浮かべる。


「最後気を抜かなきゃいけてたな……」


 そんな彼女の言葉に、ユアルはがっくりと肩を落とした。


「魔力を使おうとする度に、こんなに憂鬱にならなきゃいけないなんて……」


 ユアルは寝そべるように机に体を預けつつ、弱音を漏らす。

 毎度こんなに落ち込んでしまうのは可哀想なので、何か解決策は見付けてやりたいものだが。


 俺は自分が持っていたクリスタルを机の上に置いてユアルに見せる。


「……まあ急ぐ必要はないさ。ユアルができなかったとしても、俺がその分フォローするから」


「……あ。クリスタルが青くなってる……! エディンさん、完成したんですね!」


 俺はユアルに頷く。

 今日一日でなんとかクリスタルは一つ青くなっていた。

 地道ではあるが、この調子なら遅くても二十日あれば十個のクリスタルが完成する計算になる。


 そんな俺たちの様子を見て、アネスは手を叩いた。


「おお、よくできたじゃないか。おめでとう。あと九個だ。……まあもっと急ぎたいなら、もう少し厳しく訓練してやってもいいんだが」


 俺はアネスの言葉に、さきほどユアルが起こした爆発を思い出す。

 完成を急ぎすぎて、ユアルを危険な目に遭わせたくはなかった。


「……いや、遠慮しておくよ。地道にこなしてみせるさ」


 雑用騎士だった頃から、地道な作業は得意だ。

 俺のそんな言葉に、アネスは頷く。


「ああ、それがいい。堅実なヤツは好きだぜ」


「……やめろ、気持ち悪い」


「そういう意味じゃねーよ」


 美しい少女の姿をした爺さんは、そう言って笑った。

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