第3話 襲撃

 

 世の中には沢山の情報が溢れている


 本人にとって有益な情報もあれば、不利益な情報もある


 ただし、得られた情報に対して適切に対応できない者達は常に虐げられている


 色んな情報を誰かが丁寧に教えてくれていたならば……


 今とは違った暮らしをしていたのかもしれない


§ § §


 仕事から戻り待機部屋で子供たちとくつろいでいると、突然部屋の扉が開かれ男達が怒鳴り声をあげて侵入してきた。


 急な出来事に驚いたし、このコミュニティーが襲撃されるだなんて全く考えてもいなかった。


 私はパソコンもなければスマホも持っていない。


 身分を証明する物がないので、例えお金があったとしても購入するのは大変だ。


 もちろんコミュニティー内で一緒に生活している子供達もインターネット等を使える情報通信端末は持っていない。


 だから、私はネットを介してコミュニティーが存在する地域の様々な情報を集めることが出来ない。


 なので、口の軽い送迎スタッフを言葉巧みにおだてながら、地域内でのグループの動向を聞き出したり、コミュニティー内の子供たちには、お客からのお菓子の差し入れを分け与え、怪しいお客はいなかったか、あるいは厄介事を抱えているお客はいなかったか等を聞き、私にとって有益になりそうな情報を常に集めていた。


 お店の軒先や駐車場で立ち話をしている人達がいれば、さり気なく聞き耳をたてて、地域内で何かトラブルが発生していないか常に私なりに情報は集めていた。


 私が知る限り、この地域では何処かのグループと対立している様子はなかったし、このコミュニティーが襲撃されるだなんて誰も話していなかった。


 なのに、突然現れた男達によって、子供たちの笑い声が絶えなかった私たちの待機部屋が、今では顔を腫らして血を流している子供や、泣き叫ぶ子供たちのいる、凄惨な部屋へと変わり果てていた。


 子供たちは男達から必死になって逃げようとするけど、簡単に取り押さえられて部屋の壁や床に叩きつけられていた。


 男達は暴れる子供たちに向かって何か叫んでいるけど、子供たちは逃げる事に必死で男達の声を聞いている様子はない。


 男達は暴れる子供たちを大人しくさせようとしているのか顔や体を激しく殴り始めた。その様子を見ていてた他の子供たちが大声で泣きだした。


 すると、男達は泣き叫ぶ子供たちも殴り始めた。


 私は部屋の隅で状況を把握するために静かに身を潜めている。


 近くにいた子供たちは、私に抱き着き顔をくっつけて部屋の様子を見ないようにしていた。


 男達は部屋の隅で大人しくしている私たちに気づいているけど、殴ったり怒鳴ったりはして来なかった。


 しばらくすると、逃げようと抵抗していた子供たちと泣き叫んでいた子供たちの体力が尽きたのか、あるいは静かにしていれば危害を受けないと察したのか子供たちは静かになり始めた。


 すると、男達はガムテープを使って待機部屋にいる全ての子供たちの口を塞ぎ、手首を結束バンドで拘束し始めた。


 そして、私達を外に連れ出すと建物の近くに停めてあったトラックの荷台に乗せた。


 今までなら大概の人達は私たちをお金を稼ぐための商品と分かっているので、顔の形が変わるまで殴ったり身体に痣が出来るほどの手荒な扱いはしてこなかった。


 なので、商品である私達に傷を負わせるまでして連れ去ろうとする男達の目的が私には分からなかった。


 走り出したトラックの荷台で子供たちのすすり泣く声を聞きながら襲撃された時の状況を振り返ってみる。


 まず、突然現れた男達がどこの国の出身なのか分からなかったし、何を言っているのかも分からなかった。


 そもそも、男達が使っていた言語が私たちには通じていなかった。


 今にして思えば、男達が待機部屋に侵入して来た時に「大人しくしろ」もしくは「じっとしてろ」みたいなことを叫んでいたのかもしれない。


 でも、子供たちは男達が何を言っているのか分からなくて、とにかく部屋から必死になって逃げ出そうとしていた。


 部屋の隅で静かにしていた私や、頭を抱えて何も見ないように静かにしていた子供たちには危害を加える様子はなかったので、とにかく騒いでいる子供たちを早く大人しくさせようと、焦っているようにも見えなくもなかった。


 男達は子供たちに言葉が通じていないことを察して、力でねじ伏せて黙らせようと考えたのかもしれない。


 私達を建物からトラックに誘導している時や、トラックの荷台に乗せるときも言葉は少なく、背中や肩を押したりして扱いが雑だった。


 突然の出来事で驚きはしたけど少し冷静になって考えてみれば、今回も今までと同じで私達は何処かの地域のグループに売られたのかもしれない。


 私がもし男達が現れる情報を掴んでいたら、どこの国の言葉を使うのか事前に調べていたと思う。


 それに、子供たちに大人しくしておくように伝えていただろうから、子供たちが怖い思いをすることは無かっただろうし手荒な扱いをされることも無かっただろう。


 そう考えると、色んな情報を収集することが難しい今の環境が悔やまれる。


 男達の目的が何となく分かったので不安は解消されたけど、日本人のリピーターがいる住み慣れた地域を離れて新たな言語を覚えながら、知らない地域で新規のお客を相手に仕事をする生活がこれからは始まるんだ。と思うと少し気分が重くなってきた。



 屋敷の地下に設けられた作戦司令部では、映画館のスクリーンくらいの大きさのモニターが設置されていて、ヘッドセットを装着した総勢七十名のオペレーター達が、大型モニターを見ながら慌ただしく動いている。


 大型モニターの画面は四分割にされ、それぞれ違った映像が流れていた。


 四分割された左上の画面には、幹線道路を走行しているトラックを上空から追跡している映像。


 右上の画面には、犯罪グループの拠点である倉庫を中心に、上空から付近の様子を映し出した映像。


 左下の画面には、倉庫の出入り口付近に立っている人物をとらえた映像。


 右下の画面には、目に見えない熱を視覚化する赤外線サーモグラフィカメラを使用して、倉庫内の人物の動きをとらえた映像が映し出されていた。


 リサッチが画面左上の上空からとらえたトラックの映像を見ながら


「まさか遥か上空にある衛星のカメラで追跡されてるなんて、連中は思ってもいないでしょうね」


 手元の資料から大型モニターに視線を向けると、左上の画面には交差点を右折し直進し始めたトラックの映像が映し出されていた。


「そうね、全く気づいてないでしょうね。この車両で最後だからこのまま予定通り拠点に到着すれば作戦開始ね」


 リサッチが画面左下、倉庫の出入り口付近で見張りをしている人物を見ながら


「現場作業員からの報告通り、トラックで移動してる連中も見張り役や倉庫内の連中も銃器で武装している様子は見られないわね」


 すると、私の後ろに控えているレーナが


「県内数ヶ所に存在している全ての外国人居住区のコミュニティーから、身寄りのない子供たちを彼らは連れ去って来ておりますが、終始手際の悪さが目立っておりました。更に、倉庫内で作業をしている彼らの動きを見ても、過去に何かしらの訓練を受けていた様子もございません」


 リサッチが呆れた表情で


「なんでそんな素人みたいな連中が人身売買なんかやろうと考えたのかしら」


「彼らのような不法滞在者は正規で仕事を探すのは困難です。なので、外国人居住区のコミュニティー内にいる戸籍のない子供たちを狙えば簡単に稼げると、意図的に犯罪ネットワークによって流された情報に踊らされた可能性がございます」


「う~ん。そんな情報に踊らされるような連中からは有力な情報は得られそうにないわね。一応尋問してみて一通り情報を聞きだしたら直ぐに自分の国に帰ってもらいましょう」


 リサッチがコーヒーを飲みながら画面右下、赤外線サーモグラフィカメラから映し出されている映像を見て


「それと、ここの連中は子供達から血液を採取している様子が見られないから安心したわ」


 するとレーナが


「現場作業員の報告によりますと、この犯罪グループは人身売買を行うだけでアドレノクロムの精製および原料となる血液の採取は行っていない。とのことでした」


 リサッチが表情を曇らせると


「肌や体型をいつまでも若く維持する為に使用する美容効果のあるアンチエイジング薬品らしいけど……、昔から行われている野蛮でおぞましい儀式めいた方法で薬品を精製してるんでしょ。医療や化学が進んだ現代でもまだそんなことが行われているなんて信じられないわ」


「昔からごく一部のコミュニティーでは儀式で血液を飲んだりしておりますし、民話や伝承などに登場する吸血鬼は血液を栄養源としていたと語り継がれております。なので、昔からごく限られた一部の者達の間では、血液からは何かしらの恩恵を受けられると信じられております。更に最近ではある科学雑誌に掲載された論文で「若い血を体内に取り入れると若返り効果がある」と発表しておりまして、若者の血を輸血して若返り効果を狙ったビジネスも盛んにおこなわれております」


 リサッチが眉間に皺をよせ


「老いや若返りに関しては人それぞれ色んな考え方があるし、社会的な倫理観も様々なのでしょうけど……、個人的にはもっと違った方法で薬効成分を摘出したり精製を行って欲しいわよね。それに身寄りのない子供たちの人権を尊重するどころか、ごく一部の者達の偏った都合で好き勝手に売買してるって状況が気に入らないわ」


 レーナが難しい表情を浮かべると


「今回の犯罪グループに関しては、世界規模の犯罪ネットワークから大分離れた末端の者達による犯行なので直接的な接点はないと思われます。なので、諸悪の根源に対して何かしらの直接的なダメージを与える事は出来ませんが、今現在倉庫に捕らわれている子供達に関しては信頼のおける慈善団体への保護が決まっております」


 リサッチが大きく息を吸い、一気に吐き出すと 


「世の中で虐げられてる全ての子供たちを助けることが出来るのはまだ先になるかも知れないけど……。まずは倉庫に捕らわれている子供達を無事に助け出さないとね」


 するとオペレーター達の動きが慌ただしくなり始め『間もなく子供達を乗せた車両が、拠点の倉庫に到着する』と、オペレーター達が突撃部隊と救助部隊の指揮官に報告し始めていた。


 大型モニターの四分割された右上の画面には、拠点の倉庫に向かって移動している一台のトラックが映し出されていた。

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