この限りなく広い世界で 貴女のために歌う

猫秦

プロローグ 狂おしいほどLunatic

Kiss me darling

君の中で眠れる日が来るまで……





今宵もまた、日が沈んで暗くなった街を歩いていく。

街灯が立ち並ぶ道、かの女性の家にまで駆けていく。



茶色い煉瓦造りの家。二階の窓の奥に彼女はいる。

男は歌い始めた。伸びやかな、透明感のあるテノール。

聴く者を魅了し、周囲の者達はその歌声に耳を澄ませていた。



両開きの窓がガチャと開く音がした。

亜麻色でまっすぐに伸びた髪、子供のようにあどけなさが残る表情。

そんな彼女は、いつも男が来るのを待っていたのか、



歌声をうっとりとしながら聴いていた。

心地よい時間が流れる。甘美なひと時。




と、そこに、自警団がやってきた。

当然だ。夜のこの時間に大声で歌うなど、近所迷惑も甚だしいのだ。

男は歌うのをやめ、すぐさまマントで自分の姿を覆い隠し、その場を去った。

自警団に見つからないように、街路樹に隠れながら、帰路に着いたのだった。






男は嘆息まじりに、今日も呟く。



ーーあの悩ましい花を

 狂ったように抱いてあげられるなら





男は机の中からパレット・ナイフを取り出し、腕のラインをそっとなぞった。

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