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「そいでねえ」

「はい?」野村部長は呆気にとられた。今度は社長がおちゃらけ女子高生モードになったのだ。もう慣れなければならない。ここから、武者モードというジョブが来ようが、ラムちゃんモードというフックが来ようが、いちいちビックリしてはいられないのだ。

「攻撃するときは、鈍器を放ること。だって、ドン・キホーテさんあっての私たちなわけだしい、何かしらキホーテさんにちなむことをしなきゃね。かなづちとかバールとか……花瓶とか植木鉢でもいいから、とにかく鈍器を用意すること! そうそう、旅に出るにあたっての私の新しい名前は、『司馬幾世』ね。いい? し・ば・い・く・せ・い! 尊敬する司馬遼太郎さんがいつまでも読み継がれることを祈って付けましたのだ。ドン・司馬と呼んでくれていいぞ」

 もう、途中からキャラが変わってもまごついたりはしなくなったが、やはり落ち着かない。


 それにしても『司馬幾世』とは、社長自身知ってか知らでか、芝居臭い社長にはちょうどいい名前だと野村部長は思った。いろんなことをよく考えるものだと、感心するやら呆れるやら。


「当然、ドン・キホーテを見つけたら入る」

「入る? 入るって――ああ、店のことですね」

「そのとおりじゃ。あそこには必要なものがすべてそろっている」

「了解しました」と、野村部長は答えた。考えていた以上にロクでもない旅になりそうだ。

「では、以上。細かいことは随時とするが、君の方から何かあるかね?」

「いえ、特には……」

「私への希望でも、何でもいいぞ」

「では……一つだけ――」

「言ってくれたまえ」

「喋り方のキャラ設定を一つに統一してもらった方が……。ちょっと落ち着かなくて、私自身も分裂症を患いそうなので……、(あ! しまった!)」

だが、幸い〈分裂症〉という都合の悪い言葉は、社長の耳には入っていなかったようだ。社長はうなずきながらそのことについて真剣に考えていた。よく見ると、涙ぐんでさえいるようだ。

「分かっている――そうだ、君の言うとおりなんだ。クソウ! クソ野郎! 分かっているのだが、私には好きな人や物が多すぎて、見放されてしまいそおだあー!」

 フェイントをかけられたあと、最後に椎名林檎という予期せぬ左フックを喰らってしまった。どうやら、キャラの統一を求めるのはムリがあるようだった。

「あ、いえ、社長、無理なさらないでください。そのままの君が好きー!」もはや、野村部長も自分をコントロールできなくなっていた。ドア越しに聞き耳を立てていた山田副社長は、恐怖のあまりしばらく震えが止まらなかったという。

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