ただし、二次元に限る
鳥埜ひな(とりひな)
ただし、二次元に限る!
本は好きだ。
知識や情報が得られるし、時間潰しにもなる。想像力だって豊かになる。それに自分の現状がわかるのだ、主に精神面の。便利だ。
面白そうだと思えばジャンルは問わないタイプなので興味さえ出れば何でも読む。推理ものでも、恋愛ものでも。面白ければ読むスピードも上がり、そうでなければ読むのをやめて別の本を探す。流行りの本もとりあえずは読むことにしていた。
今、巷では婚約者や恋人のいる男が真実の愛を見つけ、その愛貫くという恋愛ものが流行っている。男は既婚男性ではないので不倫ではないし、婚約者や恋人である女より真実の相手が可愛らしく書かれているので好感が持たれやすい。運命の恋というものは特に女性受けがいいもので、これが大層流行った。当然、私も読んだ。それなりに面白く、しかも軽いのでサクサク読める。読み終わったら次、また読み終わったら次となっていたので、はまっていたのだろう。
指先で頁を
「お前は本当に小説が好きだな」
呆れたような声が頭上から降ってくる。
「……待ち時間何もしないのも退屈だからね」
これからというところで待ち人来たれり。続きはお預けか。栞を挟み、本を閉じる。
「嘘つけ、読みたいだけの癖に」
「へへ、バレた?」
「バレるわ」
そう言って私の脳天にチョップを落としてくるのは恋人の
「行くか」
「うん」
本をバッグにしまって立ち上がる。
デートの時、この最寄り駅前の噴水で待ち合わせするのがいつものパターン。今日は映画を観に行くことになっている。
「何観るの?」
「お前が気にしてたやつ」
「あ、あのミステリーのやつ? やった! 流石壮史様!」
「もっと敬ってくれていいぞ」
壮史はフフン、とドヤ顔になった。
壮史といるのは気が楽だ。好きなものを理解してくれるし、こんな風に軽口もたたけるし。キスとかセックスするのもまあ、好き。最近はあんまりしてないけど。しても軽めのキスとハグぐらいなのでちょっと寂しい。
あんまりガツガツ来られると自分の時間がなくなるからそれは嫌なんだけど、そういう雰囲気になったときに手を出されないのも何だかなぁって思ってしまう。久々にしたいな、と思って壮史の服の裾を引っ張る。
「ねぇ、壮史。あのさ、今日うちに」
「壮史先輩っ!」
うちに泊まらない?と勇気を振り絞って言おうとしたところで、きゃるるん!と効果音の付きそうな声に遮られた。声の方に目をやると、髪も頭の中もゆるふわそうな白いワンピースを来た女子が満面の笑みを浮かべて立っていた。
壮史の知り合いか?と彼を見やると、彼は驚きの表情でゆるふわ女子を見ている。
「……
知り合いらしい。すると莉々夏とやらはこちらに、いや壮史に駆け寄ってきた。いやいや、こちとらデート中ですよ。気を遣ってくれよ、と思っていたら莉々夏とやらは何と壮史に抱き着いた。
「はぁ?! ちょ、離れてくれない?」
私が壮史の腕を引っぱって引き離そうとすると、莉々夏とやらに手を叩き落とされる。
「痛いっ! 壮史先輩、この人怖いっ」
莉々夏とやらはぎゅう、と壮史にますます抱き着いた。痛いのはこっちだってーの。ほら、手が赤くなっちゃったじゃん。つーか、人の彼氏に抱き着くな。私が眉根を寄せていると、
「ゴメン
壮史が謝ってきた。何であんたが謝るのよ。
「莉々夏が怯えるからやめてやってくれないか」
「は?」
そっちかーい!
てか、何言ってんの?どこに目がついてんの??
唖然とした。やられたのは私ですが。我が彼氏ながら目が節穴過ぎる。叩かれてじんじんとする手をもう一方の手で握りこむ。
相手が頭弱そう、もとい、か弱そうだからって恋人じゃなくてそっちをかばうなんておかしくない?困惑していると、壮史の胸に頬を擦り付けている莉々夏とやらと目が合った。途端に怯えた顔をする。
「壮史先輩、瑞穂さんが睨んできて怖いです~」
目を潤ませ、彼女は言った。
睨んでいないのにとんだ濡れ衣だ。誤解だと壮史に目で訴えると、
「瑞穂、莉々夏をいじめないでくれ」
何故か私が壮史に注意された。壮史が莉々夏とやらの頭をよしよしと撫でている。何でやねん。意味が分からない。
「睨んでなかったでしょうよ!」
生まれつきちょっとつり目気味なだけだ。私が反論すると、壮史は深いため息を吐いた。
「瑞穂、あのな? ……俺たち別れよう」
「え?」
「……真実の愛を見つけたんだ、だからお前とはもう一緒にいられない」
どこかで聞いたような台詞だ。ああ、さっきまで読んでいた本に出てきてたっけ。
「瑞穂はしっかりしてるし強いから一人でも大丈夫だろうけど、莉々夏は……気弱で俺がいないと生きていけないって言うから……ゴメン」
これもよく聞く台詞だ。使い古された上に勝手に相手のことを決めつける定番の台詞。
「そうです! 壮史先輩は私と愛し合ってるんです、真実の愛を邪魔するのはやめて先輩と別れてくれませんか? 今日はそれを言いに来たんです」
なるほどなるほど。
莉々夏とやらは私たちを別れさせたくてここに来たのか。自分が真実の愛の相手だからと。それを引き裂く私は悪だと。へぇえええ。超解釈過ぎんか?
てか、真実の愛とか普通言う?言いたいだけだろ、さては。
邪魔も何も今あんたの存在知りましたけども?そして普通気弱な女は突撃をかまして来ない。
心の中で怒濤のツッコミを入れた後ちらりと壮史に視線を投げると、気まずそうに目を逸らされた。意気地無しか。
今日の約束を取り付ける時、大事な話があるとか何にも言ってなかったし、映画観る予定だったし、いつも通りのデートだと思っていたんだけど違ったのね。莉々夏とやらが来るまでは、やり取りもいつも通りだったのにね。ほぉおおん。ふうううううん?
まあ、最初に彼女を見たこの男の表情から察するに、彼女がこの場に来るのは予定外だったのだろう。いずれは別れを切り出すつもりはあったけど、きっとそれは今日じゃなかった。そうでなければ映画に誘ってくるのはおかしい。しかも私の好みの映画をチョイス。普通にデート楽しむ気だったとしか思えない。
別れる予定の女とのんびり映画観ようとするなんて神経を疑いたくもなるけれど、壮史にとっては仲いい女友達と映画に行こうかなくらいの感覚だったのかもしれない。よく分からないが。
そこにあの子が来たものだから、急遽予定を前倒ししたというところか。
小説なら確かここで振られ役の恋人は『嫌よっ、私は絶対に別れてやらないんだからねっ!プンプン!』とか言ってごねて、中々の盛り上がりを見せる面白いシーンになるはずなんだろうけど。それはあくまで小説ならの話であって。
現実に起こってしまえば何も面白くない。二次元だからいいのであってリアルにそれをされるとスン……ってなる。
ゴメンよ、ライバル役。あなたたちの立場になって改めて分かったよ、最低だわこの展開。呪いたくもなるだろうさ。今まで想像力に欠けていたよ……あなたたちに幸あれ。私は呪わないけど。
壮史のことは好きだった。彼と過ごす気兼ねなくて、でも時々甘い日々が幸せだった。友達としても彼氏としても好きだったんだけど……ないわぁ。これはない。
真実の愛と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際の話恋人や配偶者がいるときに真実の愛の相手とやらを見つけて、情を交わしてしまえばただの不貞行為だ。ただのクソヤロウだ。
何となく壮史の下半身に目がいった。――――これが、件のクソヤロウのクソヤロウか。
最近は私でなくこの莉々夏とやらとエキサイティングダイナマイトフュージョンしていたのだろうオーイエー。あ、吐きそうになってきた。
私は潔癖症じゃないけれど、他の相手と
とてもじゃないが物語のように恋人にすがる気持ちにはなれそうもない。潮が引くかのように、私の中の何かがものすごい勢いで引いていく。
「……瑞穂?」
唐突に手の甲でごしごしと唇を拭い出した私に、壮史が手を伸ばしてきた。それを目にした瞬間に総毛立つ。
「壮史先輩っ!」
壮史の手を莉々夏とやらが掴んで制止した。私はほっと息を吐く。
よしよし、グッジョブだ莉々夏とやら。お陰で触られずにすんだよ。感謝の気持ちを込めて微笑みを彼女に向けたら、キッと睨まれた。ええ~、怖いんですけどこの子。
まあでも、これで分かった。私は壮史のことをもう二度と受け容れることができないのだろう。身体からの拒否反応、これが答えだ。そうと決まれば話は早い。
「瑞穂さん、お願いだから壮史先輩と素直に別れて下さい」
「いいよ」
「「え?」」
「今すぐ別れよう。今までお世話になりました」
ペコリと私が頭を下げると、二人はポカンと間抜けな顔で立ち尽くしていた。
「友達でもあったけど、これからは顔見知りの池田くん……いや、池田さんということで。私のことは高田さんと呼んでください。人間なので顔合わせたら挨拶はしますけどもう関わりませんので。あとはどうぞ、ご勝手に。ハイ、サヨウナラ」
にっこりと笑って踵を返す。
「み、瑞穂!」
「何でしょう顔見知りの池田さん。呼び捨てやめてもらえますか?コールミータカタサン」
戸惑うような池田さんの声に呼び止められた。無視するのもあれなので、渋々振り返る。
「いいのか、本当に?」
「は?」
池田さんが何を確認したいのか分からない。
アレかな、振った女がいつまでも自分を好きでいるのが当たり前とか思ってるタイプなのかな?こんなやつだっただろうか。少しの失望を感じる。いや、他の女とEDFしてたのを知った時点で既に失望はしていたけれども。
「真実の愛を貫きたいんですよね? 相手はそこのゆるふ……リリカサンとやらなんでしょ?」
うっかりゆるふわ(頭)と呼びそうになってしまった。危ない危ない。
「そ、れは……そうだけど……」
何やらゴニョゴニョと口ごもる池田さん。あなたのとなりのリリカ、大魔神みたいな顔になってますよ。傘持ってダンスとかしそうにないよ。あの大魔神顔は夢であって欲しいけど夢じゃないよ。もう私に話しかけない方がいいのでは?
「それでいいんじゃないですかね? 私はもうどうでもいいので。じゃ、今度こそサヨウナラ」
そう言えば、池田さんはショックを受けたような顔をした。おい、あんたにそんな顔する資格は一ミクロンもないぞ。私は嘆息して、再び踵を返す。
「まっ……、瑞穂!」
「壮史先輩!!!」
引き留めようとする池田さんとそれに怒る大魔神の声。しかし限がないので私はもう振り返らない。
小説ならあんなに楽しめたのに。やっぱりこういうのは二次元の中だけで十分だなと思いつつ、うんざりした気分で私はその場を後にしたのだった。
次恋愛するときには平和が一番だな、うん。
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