1-2
マリが無表情で着替えを続けている。
黒ジーンズに白シャツ、胸の脂肪はさほどなく、引き締まったスタイルで腰に傷跡が見えた。
シャツのボタンを留め、足元に置かれたブーツに足を通すと慣れた手つきで紐を編み上げる。
軍人が履くような使い古されたブーツは傷だらけで、踵が大分擦れていた。
いたってシンプルな服装で、白髪を短く切りそろえているため青年にも見えかねない。
そんなマリを待つ相方の20は、部屋中央に置かれた椅子で器用にバランスを取っている。
聞こえていた下手な口笛は、いつの間にか鼻歌に変わっていた。
マリが、最後に目深なハンチング帽を被る。
帽子の鍔から両目の深紅がきらりと輝き、鼻歌中の20に近づくと座る椅子をそっと正した。
「お待たせ」
「いやいや、ぜーんせんさ」
目を開き、ニヤニヤした表情の20が立ち上がる。
「レディを待つのは紳士のたしなみだからね~♩」
手を差し出し、ぺこりと頭を下げウインクをする20。
すると、マリは机に置かれた自室のカギを取り、ドアノブを回した。
「行きましょう」
「もう、つれないなぁ!」
相変わらずリアクションの薄いマリを20が追った。
2人は部屋からから出ると入口へ向かうべく階段を下りる。
降りる階段は一段毎に軋み、窓際の植木鉢の花は腐っていた。
入店した時に感じた古臭さが、朝日によってより強調される。
1階に着くと受付には退屈そうな男が座っていた。
受付に座るこの男は一応店主らしく、昨晩部屋を借りた際に2人の対応した男だ。
やせ細り、焦点が合っていないその瞳は、どこを見ているのかわからない。
マリたちが近づくが、店主は見向きもしない。
そして、店主の前まで来るとマリが自室のカギを差し出した。
「鍵あずけるわ」
「・・あ、ああ・・。」
鈍い管楽器のような錆びた反応。
銜えていたタバコの煙を吐くと、2人を見ようともせず片手で鍵を受け取った。
「・・何しにこの街へ?」
擦り切れた声で店主がマリに尋ねた。
口の煙が抜けた前歯の隙間から出てくる。
鍵を受け取った腕は小刻みに震え、逆手には酒瓶が握られていた。
「知人に会いに」
「・・・そうか、・・・物好きなもんだな」
「そうね、ありがとう」
短く答えるマリ。その後ろでは20が首を傾げていた。
男がマリに対し皮肉で話した言葉の意味、そしてなぜマリはお礼を言ったのかが理解らなかったのだろうか、腕を組みながらうなり始める。
わざとなのか、本気なのか。20は2人を残したまま入口へ向かう。
マリは店主に今日も宿泊することを伝え、追加の料金を支払った。
「ねぇ」
「・・・・・・あ?」
マリが深紅の目を細めて尋ねた。
「この辺りで変わったこと起こってない?」
店主は初めてマリと視線を合わせた。
指に挟むタバコの灰が落ちる。
「・・・・・ふっ」
少しの沈黙の後、男はいきなり笑い始めた。
「はっ、あるわけないだろ!無いさ!良いことも、悪いことも何も起きやしないさ!」
気味の悪い掠れた笑い声が響く。
誰もいない、誇りまみれの静かなフロア。
使用した自室と同様で、物が乱雑に放置されている。
そして店主の笑い声がぴたりと止まった。
酒瓶に口をつけると、またどこか遠くに視線を戻し、大きなため息をつく。
そんな店主を憐れむように見るマリ。
「・・・・・・そう」
マリはこれ以上聞いても仕方ないことを悟った。
この男を見る限り、もはや何もかもがどうでもよいように思える。
体裁は無く、生きる気力を感じられない。
マリの表情に悲しみも見えた。
「それじゃあ」
入口へ向かうマリ。
20が入口の窓から空を見ていた。
「終わった?」
「ええ」
マリが20に返事をし、壊れたガラス戸から街道に出たのだった。
海岸からの軟らかい潮風が崩壊した街中を抜ける。
目に映る景色はまさに焼け野原。焦げた灰が風と共に飛んでいく。
残った民家は先ほどの宿屋も含めると指で数えるほどしかなかった。
「・・・・・・」
「こりゃ、やっぱりすごいね」
景色を見渡すと20が声を漏らした。
足元の煉瓦は剥がれ、使い物にならない瓦礫がそこらに散らばっている。
動くものは目視できず、目印になるようなものは見渡す限り、この宿屋以外残っていなかった。
マリが20に視線を送る。すると20は頷いて瞳を閉じた。
そして何かを探すように首を振ると風が吹く先を指さしたのだった。
「あっちかな」
「そう」
すると20が先導するように、ガタガタの道を歩み始める。
何かを捕捉しているのだろうか、進んでは止まりを繰り返しマリはその後をついていく。
しばらく繰り返していううちに、宿屋は見えなくなっていた。
「ねぇマリ」
しばらく経って、歩きながら20が尋ねた。
「物好きってどういうこと?」
20は先ほど店主が発した言葉の意味を知りたいのだろう。
結局自分では答えを導き出すことはできなかったようだ。
「そうね」
マリが無表情で20を見る。
「あなたみたいな人の事を言うのよ」
「!?」
20が驚いて立ち止まるがマリはそのまま進んでいく。
「え!?余計にわからないよ~」
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