さっさと僕を推せVtuber!

孔明ノワナ

第1話 うるさい僕は美少女になる

 VR仮想現実空間にて、自身の身体を扱うようにアバターを操作できる――というフルダイブ型VR技術が完成して、十余年の月日が経った。


 この技術は今に至るまで、実験、医療、ゲーム……と徐々に手を広げ、それはついにVtuber達をも飲み込むに至る。


 Vtuberがフルダイブ型VR技術と交わることで、その存在はファン達と、より近しい存在となった。


 この時代のVtuberは、画面越しに眺めるだけのモノではない。


 触れ合って。

 目を合わせて。


――何より、銃を向け合える。


 彼らは次元を超えて、僕らの元にやってきたのだ。




☆彡 ☆彡 ☆彡




「いきなりですみません結婚を前提に僕とお付き合いしてくれませんか!」


「い、いや本当に急ですね。……ここ教室ですよ?クラスの皆さん見てますけど大丈夫ですか?」


 朝一番。教室に飛び込んだ僕――星乃ほしの 一叶かずとは、そのままの勢いで告白した。クラスメイトの冷ややかな視線も、静まり返った空気も、今の僕にとっては全てが些事である。


 本能が叫んでいたのだ。

 告白するなら今しかない、と。


 僕の目の前で引き攣った笑みを浮かべるのは、学内でも上位に食い込む美少女――祈祷きとう 神子みこ。ハッキリと言ってしまえば、僕程度ではどう頑張っても釣り合わない相手だ。


 だが強襲紛いの告白によって、祈祷さんの中に動揺、困惑、非日常を生み出すことにより、何かの間違いで「はい」という返事がくるのでは?という希望的観測を元に、僕は告白へと踏み切った。


 可能性はゼロじゃない、なんて半ば自己暗示のような意地を握り締めて、僕は右手を突き出す。


「申し訳ありませんが、今の私にそういう時間はなくて……。これからもお友達として、仲良くして頂けると嬉しいです」


「……。ですよね」


 しかし僕の想いは届かずに、クラスメイト全員の前で無残にフラれる結果となった。教室中はさらに凍りつき、唖然とした皆の無数の視線が僕一人に集まる。


「な、なんだよお前ら。笑いたきゃ笑えよ……」


 半泣きになりながら、僕は自分の席へと逃げ帰った。


 席につくと、目の前に座っていた男が僕の方へと振り向く。その男は僕を揶揄う言葉を考えているようで、ニヤニヤと楽しげな表情を浮かべていた。


「くくっ、朝から面白いもん見せてくれたなぁ一叶。それで気分は?」


「最悪だよ。道幸の顔を見たせいで一層最悪だ」


「ひっでぇ。折角慰めてやろうと思ったのに」


「嘘つき。せめてその笑いを隠してから言ってよ」


 わざわざ傷心の僕に絡みに来た、この性格の悪そうな男の名は笹木ささき 道幸みちゆき。小学生から高校に至るまで常に僕と同じ学校に通い続けた、いわゆる悪友というやつだ。


「それにしても、なんで祈祷さんにオッケー貰えると思ったんだ?どう考えても無理だろ」


「昨日、僕の好きなVtuberが言ってたんだ。『女の子は、自分を好きでいてくれる男の人が好きなんですよ』って。だからまずは僕の気持ちを伝えるべきかなって」


「正気かお前……」


「そんなにおかしい?そのVtuberの子は視聴者が『好きだ』ってコメントを流すと、ちゃんと『私も好きですよ』って返事してくれるよ」


「やっぱ正気じゃねぇってお前……」


 そうか、正気じゃなかったのか僕。


「Vtuberの連中が視聴者に好き好き言うのは、そういう仕事だからだよ。視聴者に暴言吐いて人気出てるVtuberがいるか?いねぇだろ?」


「いるよ」


「いんのかよ」


「メンヘラ系Vtuber」


「業が深いなVtuber……」


 道幸はドン引きしたように僕を見る。メンヘラ系Vtuberの人気と僕の奇行は関係ないから、そんな目をこっちに向けないで欲しい。


「前から思ってはいたが、一叶はVtuber連中の言葉を真に受け過ぎなんだよ。気をつけないと、いつか周りから距離置かれるようになるぞ」


「確かにそうかも」


 僕は道幸の言葉に頷き、周りを見渡してみる。


「……いや、もう手遅れでは?」


「自分で気づけて偉いな」


「黙れよぶっ飛ばすぞ」


 既に距離を置かれている感覚が凄まじい。僕だけフワフワと浮いている気分である。


 とはいえ学年一のバカ――否、学園一のバカとして有名な僕は、今さら周りの目など気にしちゃいない。どんな噂が流れようと、僕にとっては大した問題ではなかった。


「ところでお前の携帯デバイスには200TB越えのエロ本データが入ってるって噂が流れてたけど本当か?」


「うっそだろおい……」


 200TBってなんだよ。エロ本だけでその容量を満たすにはおそらく10万冊くらいはダウンロードしなくては届かない。


「マジでリアルの僕って終わってるね……。一回リセットした方が早く彼女出来そう」


「リセットってなんだよ。自殺とか勘弁しろよな。俺はもう、お前の奇行でしか笑えない身体になっちまってんだから。……で、次は誰に告白特攻するんだ?」


「僕の告白を定期イベントにするな。祈祷さんは僕の初恋の相手で、さっきのも初めての告白だったんだぞ」


「……初めて?さっきのが?」


「うん」


「いや、それは……もうちょい考えろよ……」


「きゅ、急に可哀想なものを見る目をしないでよ……。僕だって傷つくんだぞ……」


 笑ってくれた方が幾らかマシだった。


「にしてもリセットか。VRの世界なら簡単に出来るんだけどな。Vtuberもアカウント変えて生まれ変わる、って話をたまに聞くし」


「んー。あんまり良い話ではないけど、実際あるね」


「もし一叶がVtuberになったら、ポンポン生まれ変わるんだろうな。ポンポンやらかすし」


「うっさい」


 僕が頻繁にやらかすのは事実なので、あんまり強く否定も出来なかった。


「……」


 だか道幸の言葉を受けて、僕はふと考える。もし僕がVtuberになったらどうなるのだろうかと。


 フルダイブ型VR世界で活躍するVtuberに必要な能力と言えば、トーク力、知性、運動神経、ゲームセンスと様々なものが挙げられる。僕に知性は皆無だが、運動神経とゲームセンスには自信がある。トーク力は分からないが、道幸には「お前は生きてるだけで面白い」とよく言われるので多分大丈夫だ。

 

「おい一叶?何考えてんだ?ヤバいことする前兆の顔してるぞ」


 では声はどうだろう。僕の声は、人に好かれる声なのだろうか。声真似は得意で男の声も女の声も自由に出せるが、地声の質だけは自分だと分からない。


「ねぇ道幸、僕の声ってカッコイイ?」


「は?なんだいきなり。……普通だと思うぞ」


「そっか」


 であれば、わざわざ地声でVtuberになる必要もないだろう。なんなら男に拘る必要すらないはずだ。僕は男女両方の声を出せるのだから、どちらの性別のVtuberにもなれる。


「……僕もなっちゃうか?美少女に」


「何言ってんだお前、本当に大丈夫か……?」


 道幸が肩を揺すってくるが、そんなことを気にしている場合ではない。今の僕は、人生の分岐点に立っているのだ。


 即ち美少女Vtuberになるか、ならないか。


 いや本当に何を言ってるのだろう僕は。祈祷さんにフラれたダメージで、普段以上に思考がぶっ飛んでいるのかもしれない。


「うん。でもやらないで後悔するより、やって後悔するべきだよね」


「一叶?お前が何を言ってるのかまるで分からんが、お前の場合は迷ったことはやらない方が良いぞ?人並外れて酷い目に遭うから」


 そういう訳で、僕は美少女Vtuberになることを決意した。



☆彡 ☆彡 ☆彡



 翌朝、土曜日。


 僕はフラれたことによる心の傷を癒すべく、人気Vtuberであるイノリちゃんを眺めることにした。


 僕は携帯を取り出して、空中にホログラム映像を開く。


 携帯は手を離してもそのまま空中に浮くため、両手を使ってホログラムを操作することが出来るのだ。

 僕はホログラムに触れて、人気動画サイト『QTube』のお気に入り登録配信者の欄から、イノリちゃんの名前を探し出す。登録者数500万人超えの、日本一有名なVtuberだ。


 どうやらタイミング良く生配信の最中だったようで、Liveの文字が入っている動画を見つけられた。


「ラッキー。こんな朝早くからイノリちゃんの声が聞けるなんて、今日はいい日かもしれないな」


 昨日はとんでもない厄日だったし、その反動だろうか。


 普段イノリちゃんは、フルダイブ型VR機を用いた『Law of Stars』、通称LoSと呼ばれる銃撃戦ゲームのプレイ配信を行っているのだが、今日は平和に雑談枠のようだった。


「珍しい、イノリちゃんが雑談枠なんて」


 コメント欄を覗くと、恋話という単語が並んでいたので、今はそんな感じの話題なのかもしれない。


 僕は空に浮かぶ携帯の位置を少し動かして、ベッドに横になりながらイノリちゃんの姿を見た。

 綺麗な銀色の長髪を伸ばした女の子である。


『恋話、ですか。私はそういうの疎いんですけどね……。彼氏なんて作ったこともありませんし、大体彼氏なんて出来たら配信時間減っちゃいますよ?』


【それは困るな】

【イノリちゃんに彼氏いたら悲しい】

【モテそう】

【絶対リアルでも可愛いと思います】

【配信が減るのは生き甲斐が減るのと同義だから無理】


 聞くに、イノリちゃんに彼氏は居ないらしい。


 僕としては彼氏が居ようが居なかろうが、そう気にすることは無いが、やはり嫌がる人もいるのだろう。


『あ、でも聞いてください。私、昨日告白されたんですよ』


【マジか】

【やっぱモテんじゃん】

【どんな奴?】

【ちゃんと断った?】

【生意気だなその男】

【イケメン?ブサイク?】


『待って待ってコメントが速いです……えっと、はいそうですね、告白は断りました。……顔、はそこそこですかね?私的には全然ありです。……で、どんな人かですか。面白い人ですよ。クラスの中心のいじられキャラみたいな感じです。いつも結構えげつない弄られ方されてますけど、本気で怒ったとこ見たことはないので、相当優しい人なのかなって思ってます』


【良さそうじゃん。なんで断ったの?】


『断った理由は、さっき言った通りです。配信時間減っちゃいますし。それにゲームの時間も減っちゃうかなって思いまして。私は陰キャ寄りなんで、彼氏と遊ぶよりもゲームしてる方が楽しいんですよ』


 そう言って、少し照れたようにイノリちゃんは笑っていた。


「これはその男の人可哀想だなぁ……。好かれてても付き合えないって、もうどうしようも無いじゃん」


 恋愛ってままならないんだなぁと思う。


 僕もさっさと美少女化して、この恋の病から永遠におさらばしたいものである。


 次にイノリちゃんが目を止めたコメントは、【イノリちゃんの好みってどんな人?】だった。


『……私の好みですか。好みは、そうですね。ありきたりですけど、優しい人でしょうか。あとはゲームが得意、とか?特にLoSが得意なら言うこと無しですね』


「ホントに?これ僕、イノリちゃんとワンチャンあるのかな?」


 自分で言うのはあれだが、僕はLoSを相当やりこんでいて、かなり強い方だと自負している。

 前シーズンでは、ソロのバトロワで世界一位を取ることが出来たし、誰もクリアしたことのない高難易度クエストを突破したこともある。


 大会にこそ出たことは無いので、知名度は全く無いが、少なくとも周囲で自分より上手いプレイヤーを見たことはなかった。


 ちなみに美少女Vtuberデビューした暁には、LoS配信を行なっていこうと考えていたりもする。


「まぁ流石に、イノリちゃんとワンチャンは冗談だけどね」


 僕にとってイノリちゃんはアイドルみたいなもので、遠くから見ているから楽しいと思える。

 近づこうだなんて、おこがましいことを考えるものではない。


 それからもポケーっと見ていると、それなりに早い段階で配信終了の雰囲気が見えてきた。


 もしかしたら今回は、ゲームをする程の時間は無いけれど少し暇、みたいな少しの空き時間で始めた早朝配信なのかもしれない。


 そう考えると、珍しく雑談配信だったことにも納得が行く。


『はい、それでは今回はこの辺で終わりますね。また夜にゲーム配信する予定ですから、見に来てくれると嬉しいです。では――『楽しい今日をおイノリします』、イノリでした。皆さんお疲れ様です。ばいばーい』


 イノリちゃんはいつもの決め台詞と共に、消えていった。


 大した話では無いが、決め台詞の「楽しい今日をおイノリします」の「今日」は終わる時間帯によって「午後」だったり「明日」だったりする。


「よし、じゃあ早速僕も美少女化の準備だ。イノリちゃんみたいな、大物Vtuberを目指して頑張るぞ」


 僕はイノリちゃんの配信終了を確認した後、ホログラムに触れて『QTube』を消し、空に浮かんだままの携帯を手で掴む。

 そして携帯のVR機能をオンして、僕は仮想現実に潜る準備を行った。


 今どきのVR機の性能は凄まじく、枕元に置いて目を閉じるだけで仮想現実へ移動することが出来るのだ。

 携帯と一体化していて、持ち運びが便利である点も高評価を得る一因なのだと僕は思う。


「……『おやすみー』」


 仮想現実に入るためのキーワードは、各自で自由に設定出来るのだが、僕は『おやすみー』にしてある。

 意識を失う感じが睡眠に近いので、このキーワードを選んだ。


 どうでもいいが『おやすみ』ではなく『おやすみー』と伸ばさなくてはいけないのがポイント。


 とにかく僕はVRへ潜り、自分の着込む美少女アバターを構築しにいった。




☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡




 イノリ――改め祈祷神子は、自身のLoS配信を終えた後、自分の他にLoS配信をしているVtuberが居ないかと探していた。


 LoSは世界的に有名なゲームであるため、わざわざ探そうとなどとしなくても、オススメを眺めているだけでLoS配信者は簡単に見つけられる。


 しかし祈祷は、新人Vtuberを漁る為に頻繁に検索を行っていた。


 理由は多くあるが、その中でも特に重要なのは「超強いVtuberを見つけてコラボしたい」から。

 なかなかどうして、祈祷の眼鏡にかなうVtuberは見つからなかったが、それでも諦めきれずに暇さえあれば探していた。


 だが今日、遂に祈祷は見つける。


「何者ですか、この人……。信じられないほど強いじゃないですか」


 祈祷が見つめる、そのホログラムに映るのは『カナエ』という名前の新人Vtuber。

 金色の髪を、鎖骨にかからない程度に伸ばしたミディアムヘアの女の子だ。


 チャンネル登録者はまだ5人しか居らず、初配信も今日だった。


『やったー!31キル!!皆見てた!?』


 『カナエ』――即ち、その正体は星乃 一

 一切の照れのない完璧な女声を披露する、ピッカピカの新人Vtuberだ。


 だが当然、祈祷は気付かない。


 それどころか――


「超可愛い……」


――『カナエ』の魅力に、顔を赤らめていた。


 そしてその夜、『カナエ』の登録者数は6に増えた。

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