239. 異世界1792日目 5回目の年末年始

 年末は折角だからと王都のいろいろな店で買い物をする。普段は訓練に明け暮れていたのであまり自由な時間はなかったからね。教会にも行ってお祈りを捧げるが、特に返答はなかった。戻れるのはいつになるんだろうか?


 年始はいつもの様に塔の上から朝日を拝む。新年の挨拶の時にジェンからキスされるのはもう恒例だ。こういう特別感はちょっとうれしくなるね。

 こうやって一緒に新年を迎えるのもあと何回あるのだろうか?地球に戻りたい気持ちもあるけど、このままこっちの世界に住み続けたい気持ちもある。地球に戻ればすべて忘れてしまうというのがやっぱり引っかかるのだろう。もし記憶が残っているならなんとかして会うことは出来るはずなんだけどね。


 最近は地球に住んでいたときの話をいろいろとしている。ちゃんとした写真はないが、本に載っている写真や地図を見ながら記憶に残るように情報交換すれば、ここでの記憶ではなく知識としてわずかでも記憶が残るかもしれないと思ったからだ。記憶がなくなるのか、記憶が封印されるのかは分からないけど、封印されただけなら思い出すことは出来るはずだ。




 2日まではラクマニアさんの家族と一緒に食事をしたりゆったりと過ごしたが、3日目から再び訓練を始める。

 雪が少なくなってくると、町の付近から魔獣退治が始まった。最初は町の近郊からだったが、徐々に数日かけての遠征となり、優階位の魔獣の討伐にも同行した。

 他の人の魔獣退治はなかなか見る機会もなかったので色々と勉強になった。魔獣の行動の読み方やそのときの剣の使い方などいろいろとこつを聞くことも出来たしね。ジェンも今回は魔法を使わずに短剣と杖での攻撃を主体として頑張っていた。


 他には重量軽減の魔法を使って身体を軽くした状態での訓練も行った。身体を軽くすると瞬発力が上がって戦いに有利になるのは分かっていたんだが、今までは身体を軽くしてもスピードに技量が追いつかなくて使えなかったからだ。

 今回は徐々に重量軽減の魔法の威力を上げていき、スピードに慣れていった。このおかげで対戦成績も大分上がってきた。最初のころは対戦ではほとんど勝てなかったが、今は2~3割くらいは勝てるようになっているからね。

 技量的には大分上がったとは思うけど、やはりやっている年数の違いがあってさすがに追いつけない。特に戦闘に関しては知識でのカバーはあまり出来ないからね。加護があるから他と比べると早いみたいだけど、それでも何割アップという感じだろう。経験値○倍とかいうわけじゃないからね。



~ハックツベルトSide~

 以前いろいろと因縁のあったあの二人がこの国にやって来ているという話を聞いて会う機会を設けてもらった。以前はルイドルフ家とは完全に敵対していたが、今は歩み寄っている状況だから頼むことが出来た。ただあまりに関係が近いと言うことが公になりすぎるのもまずいため、非公式での会合でしか無理だったがな。


 サビオニアの政変はかなり衝撃だった。早めに国の組織改革に取りかかっておいて良かったと思ったものだ。これで息子達の代も少しは安心できるというものだろう。

 いずれは貴族の時代が終わる世になるかもしれないが、それはそのときの当主が対応すればいいことだ。ヤーマン国のようになるのかもしれないが、ちゃんと対応していれば家が滅びるわけではないだろう。サビオニア国のような対応さえしなければな。



 今回、あの二人を呼んだ会合に一緒に参加した息子はかなり衝撃を受けていた。小さな頃に少しばかり平民とつながりがあったが、その後の教育指導のせいでかなり偏った思想になっているようだったからな。

 あの打ち合わせの後から考えを改めたように見える。連れて行った甲斐があったというものだ。これからは貴族だけという縛りをなくし、大きな視野で見ていかないといけないからな。まあ今まで偏った考えを持っていた私が言うことではないがな。

 まあそうはいってもあれほどの人材がそうそういるとは思えない。それでも鍛えれば伸びると思われる平民も多くいるというのは間違いないだろう。


 本当はあの二人を私の派閥に取り込めれば一番良かったんだが、変に手を出せばラクマニアのやつも黙っていないだろう。これだけの関係が作れただけでも満足すべきだな。



~ラザニアSide~

 小さな頃から平民なんか使いつぶせばいいと教えられて育った。しかし私が幼かった頃、町で出会った平民と触れ合うことがあった。聞いていたような感じではなく、正直なところ貴族の友人よりも親しみやすく感じた。

 町に行く機会にこっそりと遊ぶことはあったが、しばらくすると父にそのことがばれて遊べなくなってしまった。「これ以上おまえが関わるというのならあの子達にも手を出さなければならない」と言われては引き下がるしかなかった。


 それからは平民とは関わらず、父の教えを守って成長した。非合法な商売に手を出しているわけではないが、相手によってはかなりあくどい手を使うこともあった。

 貴族として子孫を残すことは必要なので、貴族として選択肢の少ない中から妻をめとった。政略結婚と言われればそれまでだが、それでも妻とはいい関係を築けていると思っている。



 昔遊んだあの子達はどうなったんだろうと気になりだした頃に、父から話を聞いて驚いた。今まで見向きもしなかった平民について考えが変わったようだったのだ。どういうことなのか分からなかったが、しばらくして貴族の粛正の時に手を貸した平民がいたという話を聞いた。


 その後、父は政敵だったルイドルフ家と共闘し、不正貴族の粛正や平民の登用など国の改革を進めていった。私も喜んでその政策に力を貸した。

 ある程度方向性が見え、問題ある貴族の粛正が進んでいた頃にサビオニアの政変の話が伝わってきた。多くの日和見の貴族はこぞって我々とルイドルフ家の傘下に入ってきたこともあり、進めていた政策は一気に進むことになった。



 しばらくして、そのきっかけとなった二人と会うというので参加させてもらった。「若い!!」最初に会ったときの印象はそれだった。しかしその知識、考え方には驚かされた。父が平民に対する意識を変えるきっかけになったのもうなずける。


 同年代のライバルであったルイアニアに頼んで二人との会合を持たせてもらい、いろいろと話をした。最初はかなり警戒されていたが、話す内に警戒は薄れていったようだ。私が以前から考えていた施策についてもいろいろと助言をしてもらえた。思った以上に議論が白熱し、思った以上に楽しかった。


 平民とは距離を置いているように振る舞っていたが、実はいろいろとルートを使い平民への支援は行っていた。やはり昔のことがあり、平民に対して非情になれなかったし、そこまでおろかな者達とは思えなかったからだ。

 しかし父にそのことがばれると止められることは分かっていたのでかなり慎重にやっていた。妻もその考えには同意しており、だからこそ彼女を妻に選んだのだ。



 今回の件があり、今までのことを父に話したところ、かなり驚かれた。そして「私の考えが間違っていた。すまなかった。」と謝られた。あの父が頭を下げてくるとは思わなかった。

 そして私が最も気になっていた幼い頃に知り合った平民のことを教えてくれた。私に変に絡んできてもはまずいと思い、時々調査を出していたらしい。



 私は商人の格好をしてそのお店にやって来た。お店では同年代の男性がお店の番をしていた。世間話をする中で小さい頃にこの辺りに住んでいた話をすると私のことを思い出したようだ。


「いきなりいなくなったからどうしたのかと思ったぞ。いろいろと探してみたんだが、結局何も分からなくてな。心配したんだぞ。お~い、メイラ!!懐かしいやつがいるぞ。」


「どうしたの?」


「ほら、小さな頃何度か遊んだちっちゃな子がいただろ。覚えてるか?よくお菓子とかもらっていただろ。」


「ああ、あの子ね。覚えているわ。よく3人でいろいろと冒険したわよね。」


「そのときの子供が彼だよ。話しているうちに共通の話題があって分かったんだけどな。」


「ええっ、そうなの!!

・・・たしかに少し面影があるわね。」


「すまない。あのあと急に他の町に移ることになってなかなか戻ってこれなかったんだ。さすがに年月も経って二人のことも分からなくなってしまっていてな。

 今回は仕入れの途中でこの町に寄っただけなのだが、まさか二人に会えるとは思わなかった。残念ながら長居は出来ないが、こうして会えたのはとてもうれしいよ。」


「それじゃあ。今晩は一緒に飯でも食べていくか?」


「すまない。すぐに出発しなければならないんだ。もしまた近くに来る時には寄らせてもらうよ。」


「そうか。元気でな。俺たちはおそらくここから動かないとは思うからな。今度時間があるときに顔を出してくれ。またゆっくり話そうぜ。」


「ああ、ありがとう。」


 私のことを覚えてくれたんだな。よかった、幸せそうで・・・。いつか本当の自分を打ち明けられるときは来るのだろうか?

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