第36話ベアトリスの心

死んだものと思ってたお兄ちゃんが生きていた。


いつの間にか、私でも勝てない位強くなっていた。


あの頼もしかったお兄ちゃんが帰ってきた?


いや、違う、違う、違う。あんな奴違う。私のことを見てくれない男レオン。


私の心は揺れ動いた。私の心にはもうお兄ちゃんはいなくなっていた、筈だったのに・・・


私には誰にも言えない秘密があった。


秘めやかな想い。それは実の兄への恋慕の情。兄としてでは無く一人の男として、私はお兄ちゃんのことを愛していた。


誰にも言えない想い。知られてはいけない想い。


だけどお兄ちゃんは一度も私の方をを振り向いてはくれなかった。


私がお兄ちゃんへの愛情に気づいたのはお兄ちゃんがアリシアお姉ちゃんと付き合い始めた頃だ。


誰もがお兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんが付き合う事に疑問を持たなかった。


お兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんはお似合いのカップルだった。


でも、私の心の中に芽生えたのは嫉妬だった。


私だってお兄ちゃんと付き合いたい。結婚だってしたい。


だけどそれは叶う筈のない想いだった。


二人が婚約した時、私の心は壊れそうになった。


お兄ちゃんと永遠に結ばれることが無くなる、そう考えただけで私の心は張り裂けそうだった。


15歳になったお兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんはタレントを授かった。


お兄ちゃんはクラス4の戦闘タレント、アリシアお姉ちゃんはクラス2の戦闘タレントを......


そのまま二人は王都へ行ってしまった。私は女神様を呪った。


お兄ちゃんがずっと遠くの、私の手に届かないところに行ってしまった。


私の心は更にズタズタになった。だけど、私が15歳になった時、私もクラス3のタレントを授かった。


あんなに呪った女神様に今度は感謝をした。


これでお兄ちゃんの側に行ける。


こうして私はお兄ちゃんと王都で再会し、その後勇者パーティにも選抜された。


だけど、私の心は更に傷つけられることになった。


どんなに私がお兄ちゃんを慕っていても、お兄ちゃんの目はアリシアお姉ちゃんの方だけを見ていた。


勇者パーティの遠征が始まった頃から何かが少しづつ変わっていった。


お兄ちゃんはだんだんとパーティの足でまといになっていった。


『こんなのお兄ちゃんじゃない』


私はだんだん情けないお兄ちゃんの姿を目にするのが嫌になっていった。


そんなある日のこと、私は気付いた。アリシアお姉ちゃんがお兄ちゃんを裏切った事を。


アリシアお姉ちゃんはお兄ちゃんがいるにも関わらず、勇者エリアス様に惹かれていった。


激しい戦いの中ではお兄ちゃんは戦力にならなかった。


戦いを通じてアリシアお姉ちゃんとエリアス様はどんどん親密になっていった。


エリアス様は強く、頼もしかった。お兄ちゃんよりずっと。


いつしか、お兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんはあまり話さなくなった。


反対にアリシアお姉ちゃんはエリアス様とますます仲良くなっていった。


そして、ある日気がついた。アリシアお姉ちゃんはエリアス様とついに一線を越えてしまったことに。


私はその日からお兄ちゃんを裏切ったアリシアお姉ちゃんのことが嫌いになった。


だけど、私は気がついた。アリシアお姉ちゃんが離れたのなら、私にチャンスがあるのでは?


それから私はお兄ちゃんに必死に話しかけた。


何度も、何度も、何度も......


だけど、お兄ちゃんは私に振り向いてはくれることはなかった。


今でもお兄ちゃんの心の中にあるのはアリシアお姉ちゃんだけ。


お兄ちゃんは裏切ったアリシアお姉ちゃんを想っていた。そして、私の方を振り向いてくれることは無かった。


私はだんだんとお兄ちゃんのことも嫌いになっていった。


どうせ自分のものにならないお兄ちゃんなんか死んじゃえばいい。


『本気でそう思った』


私はお兄ちゃんを荷物持ちと呼んだ。私の心を傷つけ続けたお兄ちゃんのことを。


情けない姿をさらすお兄ちゃん。


私はお兄ちゃんのことが大嫌いになった。


その頃、私に優しく話しかけてくれる人が現れた。


エリアス様だ。エリアス様は私に優しくしてくれた。私を大切にしてくれた。


どんどんエリアス様に惹かれていった。


ある日のこと、エリアス様から夜、部屋へ来ないかという誘いを受けた。


若い男女の間でそれがどういう意味か、私にもすぐわかった。


その夜、エリアス様の部屋を訪れて、そして、私は女になった。


それからもエリアス様は私のことを大事にしてくれている。


エリアス様に連れられて王都でのパーティや、貴族との会食に出るため、今まで全く無縁だった豪奢なドレスや見た事もない美しい宝石を身にまとっていた。


故郷では考えられない贅沢。綺麗なドレス、高価な宝石、贅を尽くした料理の数々。そして沢山のプレゼント。エリアス様は私達と他の人とは人間としての価値が違うのだと言った。確かにその通りだと思った。


エリアス様がお兄ちゃんを奴隷にして売り飛ばそうと言い出した時、ほんの少しだけ悩んだ。


でもエリアス様の目を見ていたら、迷いは無くなった。


『あんな奴、死んでも構わない』


エリアス様から、あそこに売り飛ばされたら1年も生きていられないだろうと聞かされた時、私の顔には笑みが浮かんだ。エリアス様はお兄ちゃんが大嫌いだった。


エリアス様の嫌いな者を処分出来るかと思うと、嬉しかった。


『でも、あの時、何故涙が出たんだろう?』


そんな事は全然大したことじゃなかった。


エリアス様に抱いてもらえたら、エリアス様に見つめられたら、それで、私の迷いは消えて心は穏かになるのだった。


『なんでお兄ちゃんは死んでいないの?』


お兄ちゃんが生きていた事を知って、私の心はかき乱された。


『何故?』


大嫌いなお兄ちゃんが生きてるなんて、でも、この心の閊えは何なの?


そうしたモヤモヤしたものを振り払うために、エリアス様に抱いてもらおう。見つめてもらおう。


そうすれば、全ての迷いはなくなる。いつもそうだから。

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