二十二

 というわけで、経済面を含め複数の課題をクリアする実家の拠点化は、効果が大きいぶん、父母ボスの攻略難度も相応に高いはずであった。

 が、ふたをあけてみると、


「おまえの禁煙回数は?」「五回。初回は先々月の誕生日から一週間弱、二回目は先月末ごろのひと月ほど」

「出生時の体重は何グラムか言える?」「二五五〇グラム。やや低体重だったものの、その後は健康優良児」


 博の回答に、夫妻は顔を見あわせ「間違いなさそうだな」「ええ、そのようね」――どこかでミッションクリアのファンファーレが高らかに鳴った。


「早っ」「チョロっ」


 葵・拓海コンビは、たったふたつの質問でレイドボスが速攻、陥落したことに衝撃を受け、


「俺、また禁煙失敗する予定なのかよ! しかも複数回。ていうか親父、納得すんなっ」

「ユーリョー児なのは健康だけでしょ。五教科でオール五ならぬオール五点を取ったり、小学校でほぼ毎年、火災ホーチキ鳴らしたり」


 艾草兄妹はそれぞれにツッコミの声をあげた。

 なお、千尋と不藁は特にペアではないが、どうにもコメントしにくそうな面持ちで隣席する者同士、沈黙をたもっていた。


「未来から来たとか漫画みたいなコト言うヒト、信用するの?」


 艾草家の一員で唯一、事態の受け入れを拒む陽子は、両手をばんと食卓に乗せ抗議する。

 彼女とは対角線の位置に着く千尋は、出された茶に手をつけず――どこかの問題児のように「熱っづ。オレ、麦茶とかのほうがいいかも」「あ、麦茶、あたしも〜」と催促し、ほがらかに「はいはい」と応じる夫人へ「キンっキンに冷えてやがるやつね」「悪魔的な麦茶〜」と増長、「あらあら、まあ」と苦笑されている、そんな若干名とは違い遠慮はわきまえている――それはともかく、『漫画みたいなことを言う人』のひとりとして、多少の居心地の悪さを感じ――


「ありがてえっ、目から汗が出やがる」「これ犯罪的だよお〜」


 隣では、健康以外いろいろ不良児の二名が、愚にもつかない感想ことを述べ、麦茶をがぶ飲み。「多少」は撤回、非常に居心地が悪かった。


 同時に千尋は、(わきにいるふたりは別として)場の奇妙さもまた感じる。

 戦後初頭生まれと聞いている夫妻があっさり信じ、最年少の娘が反発するのは逆のような気がした。


 折にふれて博から伝え聞く両親は、穏やかで常識人。

 風変わりで変わり者で変人の博と、激すると手がつけられない陽子、この曲者兄妹の親とは思えないほど、よくも悪くも昔かたぎの夫婦のはず。

 実際、会ってみて、自由奔放フリーダムな二名の自由闊達フリーダムな言動にもおおむね動ぜず、触れ込みのとおりだと千尋は思った。

 こんな、平日の出がけ前の時間帯に複数人で押しかけ、三十年後の息子を名乗りタイムトラベルがどうこうのたまう異常者の話など、信じるどころか耳を貸すはずがない。

 娘の言う『漫画みたいなこと』の漫画内でなら、初めに信用する役どころは中学生の陽子となるのだろうが、当人は想定外にレイドボス化。全体攻撃で目からレーザーでも放っているのか、未来組のメンバー(特にリーダーおよび〇〇年代生まれ)をうさんくさげにじろじろねめつけている。


 不思議に感じる千尋を察したかのように、博の母親、節子が笑んだ。「二十年ほどこの子の親をやってるとね、わかるんですよ」


 年上となった息子を見やり、彼女は言う。


「なににつけても、とにかく他人ひとと違わなければ気のすまない性分でしょう? 小学生のときは月一で、中学に上がっても一学期に一度は学校へ呼び出されておりましたし」


 妹の言った火災報知器等々の黒歴史ぶゆうでんだろうか。

 ひとまわり下の実母の苦笑を、リーダーはきまりの悪そうな顔で受け止める。何者にも束縛されず我が道をゆく五十男もかたなしだ。


「タイムマシンで訪ねてくるぐらいのことはやりかねない偏屈者ですから」


 偏屈者で片づく次元ではないと思うのだが。

 さほどめずらしい話でもないようにさらと語る夫人に、千尋は、腑に落ちるような落ちないような、妙な心地を味わった。

 やはりこの難物を産み育てただけはある。一見、常人のようで、ただ者でない片鱗を見た気がした。


「月曜の朝に突然、ご友人を連れてやって来るのも息子らしい」


 夫人の言へ艾草氏がうなずいて言った。今度はストレートに腑に落ちる。

 なるほど、非常識な行動こそが艾草博のそれとしては自然なのだ。


「なにより――」艾草節子は、慈愛のこもったまなざしで、三十年後の我が子をしげしげと眺める。


「息子の顔は見たらわかります」


 千尋は、不藁を挟んでひとつ向こうのリーダーが、ぐっとなにか力むのを見た。

 下方へ目を向ける。座卓の陰で、彼は、己の膝をちぎらんばかりにつねりあげていた。

 そう。そういう人なのだ。

 古い、妙なプライドを持っている人。

 こんなときぐらい思いきりさらけ出せばいいのに、ほんと、めんどくさい人。

 千尋じぶんが言うのだから間違いない。

 くすと、ひとつ小さく、彼女は笑った。


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