逆神隠し
八
猫が、現れる。
どこからともなく。
それは文字どおりのことだった。
道路からでもなく、隣の家のブロック塀越しでもなく、まして博宅のなかからでもなかった。
昔のチープな映像表現さながら、忽然と庭先に鎮座した。
サバトラ模様はしきりにすばやく辺りを見まわす。
見知った顔が、屋内から多少の驚きをもってこちらを見つめていることに気づくと、一瞬惑い、弾かれたように駆けだした。あっという間に建物の陰にまわり込み、猫は、現れたときとは違ってまっとうな挙動で姿を、消した。
あの野良はもう、俺に近づいてこないだろう。
博は、長い期間をかけてやっと手なずけた猫が、再び警戒心を強めてしまったことを頭の片すみで残念に思った。
だが、それは一抹で、もっと大きな別の感情が彼をゆさぶっていた。
「これで意思は固まったかな?」快活に神様が問う。
先日、深夜の公園から送った猫が、早朝の庭先へ無事たどり着いた安堵。おそらく人類史上で最初となる、時間と空間を跳躍させる実験の成功。
いくつもの穏やかざる心情のゆれ動きになかば放心する博を、神はしかし、一顧だにする気はないとばかりに、涼しげに尋ねる。「過去から鍵を取ってくる気に」
さまざまの情動をどう受け止めていいか量りかねているところへ無思慮に問われ、かっとなる。
「俺はおまえの――」
駒じゃあないんだ。そう言いかけた博は、振り返りざまに固まった。
リサイクルショップで五千円で手に入れた安もののソファー。その陰から金色の頭がのぞいていた。
博と目があって、やべっ、との小声とともに引っ込む。
一瞬の間があったあと、博はおもむろにソファーへ向かった。
ずい、と見下ろした裏がわにあったのは、
「お……おはよ、博さん」
気まずそうな顔と声で小さく手を上げる拓海。
深々とため息をつき博は問うた。「どこから聞いていた?」
「オレ、あんまもの覚えよくないから、どこからって言われても……」上目づかいで、色だけスーパーヤサイ人はへらへら笑う。「なんかまた妖精さんとお話してんのかなーって」
猫が出てきたところを見られてなければまだごまかせる。
博のもくろみを、しかし、最年少の友人は「妖精さんって、逆神隠しみたいなことできんだ?」あっさり打ち砕いてくれた。
博はもう一度、盛大な深呼吸を吐き出した。
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