偶然重なる講義と履歴(後編)
人がいない広場。アンの魔術で人が近づかないようにしている。魔術があまり浸透していない地域(さすがに魔術が存在しない世界は想定されていない)では、基本的に離着陸を人目につかないようにするらしい。本にはそう書かれていた。
アンは腰の小さなポーチから、くるくると細く巻かれた絨毯を取り出し、がばっと広げた。いつの間にあんなウエストポーチを作っていたのか。それに、あの大きさのポーチにどうやって絨毯を入れたのか。優作は小さな疑問を“魔法”という一言で片づけ、アンが取り出した絨毯を眺めた。
アンの赤毛に勝るとも劣らない鮮やかな紅緋と、金色、銀色、瑠璃色、様々な色の糸が複雑に組み合わさり、そのまま引き込まれてしまいそうな魅力がある。そして、その魅力こそが、絨毯が持つ特徴の一つだということもさっき本で読んだ。人が引き込まれるように、精霊もこの絨毯に引き込まれる。引き込まれるほど、精霊も力を発揮する。だから絨毯は、他の媒体より高い出力(言葉合ってるのかな?)を出すことができる。
「おお! 優作も見惚れてるね! 当然だよね! だって、私の故郷、『魔法都市ロイラン』でも一番の目利きが選んだ、最高クラスの絨毯なんだもの! ロイラン一の卸売り……」
「ストップ! アン、その話、長い?」
言葉の豪雨を防止するため、優作が言葉を切った。
「おっと、そんな話してる場合じゃなかったね。さて、帰ろうか」
アンと優作は絨毯の上に座った。すると絨毯はふわっと浮き上がり、みるみる高度を上げていく。
「ちょっと! アン! 高い高い高い高い高い高い高い! もっと高度を落として!」
「そう? まあ、初めてなら仕方ないね。よっと!」
アン一声で、絨毯はすっとしたに下がった。大体建物5階くらいの高さ。それでも十分高いが。
「じゃあ、行くよ!」
ビュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
二人を乗せた絨毯が、猛スピードで進みだした。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
「大きな声上げて! そんなに楽しいの?」
楽しいわけないだろ! 言いたくても声が出ない。景色は線にしか見えない。横ではアンが楽しそうに笑っている。自分は何も考えることができない。とりあえず、叫ぶしかない。
バコンッ!
絨毯が急停止した。優作の体に強烈なGがかかり、前に投げ出されそうになった。
「ぐわっ!」
なんとか絨毯の上にとどまった優作は、どうにか呼吸を整えようとした。呼吸が正常になっていくにつれて、優作はだんだん声を回復していった。声を完全に取り戻した時、優作の口から言葉が爆発した。
「ア……、アア……、アン! てめぇ殺す気か! 飛行術未経験者をあんな猛スピードの絨毯に乗せるって、どういう神経だよ! 死ぬよ! バラバラになるよ!」
対してアンはぽかんとしている。
「え? だって優作、あの本二周したんでしょ? これくらい……」
「読んだだけで習得できるほど俺のスペックは高くねぇよ! てか、本に書いてあったろ! 『はじめのうちは精霊との親和が上手くいかないので、飛ぶ時の衝撃等を和らげるのは難しい。そのため、はじめはゆっくりと飛ばなくてはいけない。死亡事故の事例も確認されている』とか書いていたろ!」
「そんな内容あった? 私あの本十周したのに」
「低スペックな俺が覚えてんだぞ! ついでに、『同乗者の衝撃を和らげるのは術者の役目である』ってことも書いてんだろ! 俺、なんで死ななかったのか不思議だよ!」
「だから、風は自分で操ってたんだけど……」
「問題になるのは風だけじゃねえだろ? 衝撃とか、バードストライクだとか、いろいろあるだろ!」
優作の怒りは収まらない。だが、アンは相変わらずぽわっとしている。
「そうか……いつも一人で乗ってるから、周りの人と親和させることを何も考えてなかったよ。この絨毯は特にスピードが出るし、出力もかなり高いから、余計にそこらへん考えないといけないのか……。ありがとう優作! いろいろ発見できたよ!」
アンは悪い奴じゃない。周りを見ていないだけだ。だから、怒っていたって体力の無駄。意味がない。優作は話をそらすため、また早く毛布にくるまるため、アンにやや小さな声で話しかけた。
「アン、とりあえず帰りたいんだが」
「もう着いたよ」
「は?」
アンの意外な一言を、優作は理解できなかった。慌てて絨毯から下をのぞく。人気のない場所にポツンとある一軒家。間違いない。自宅だ。大学から家まではかなり距離があるのに。さっきまでの猛スピードは、その距離を一瞬で駆け抜ける速さなのか。絨毯以上の飛行手段が存在しないと言うのは本当らしい。
「ごめんね優作。今日さ、とっても嬉しくて、興奮しちゃったんだよね」
しみじみとしたアンの言葉が、優作の冷たい心に深く浸透した。
「そんな、いつも楽しそうにしてるアンが、今更何を嬉しがってたんだよ」
いつも真っ直ぐ自分を見つめてくる大きな瞳が、今回は視線がそれていた。
「……私さ、こんな話、したことが無かったんだよね」
いつも降ってくる言葉の豪雨が、今は襲来しなかった。
「どうしたんだよ、アンらしくない」
「うん。今は私らしくない。いつもは一人で書院に籠って魔導書を読んでたから。ロイランを飛び出してからも、魔導書とか魔術の話を出来る人はいなかったから。……他の人と魔導書を読み合ったり、魔導書の内容について話をするの、夢だったから」
アンの目が、うるんでいた。暴風が去った後の澄んだ夕焼け空のように、優作には瞳が美しく見えた。
「……アン、俺——」
「と、いうことで、明日からさっそく魔術の鍛練をしよう!」
「——は?」
少しでもアンの瞳に見とれた自分がバカだった。アンは、生活をかき回す暴風なのだから。むしろ勢力を強化してしまったのではないだろうか。予想のできない暴風の進路に振り回された優作は、絨毯の上にぼわっと倒れこんだ。
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