文豪ステヱジ
姫草ユリ子
episode1 夢野久作
うららかな春の午後、とはいかないがそこまで蒸すこともない過ごしやすい日、僕はプロデューサーになった。
「えっ、僕がプロデューサー……正気ですか、社長」
社長は「もちろん」と微笑む。普段はただただ柔和な顔立ちだとしか思わないのだが、今ばかりは不吉な笑みにしか見えない。
そもそも僕はプロデューサーになるためにこの事務所に来たわけではない。ただの事務員だ。
「せっかくのお話ですが、遠慮させていただきます、僕にはプロデュースなんてそんなこと」
「私は君だから頼んでいるのだよ」
えっ、と思わず声が出る。
「この『源氏プロダクション』には、才能ある若者がゴロゴロ居る。でもその才能を引き出せず埋もれてしまっている者が多いのもまた事実。そんな彼らは自らをより輝ける方向に導いてくれる誰かを必要としている」
社長は僕に背を向けてなおも言葉を続ける。
「今回君にプロデュースしてもらいたい青年はおそらく、君の力を必要としている。具体的には、まだ私にも分からないがね。それはいずれ君たちが見つけるだろう」
何も言えなかった。社長の話を信じるならば、僕は彼をプロデュースするべきなのだろう。しかし、さっきも言ったが僕にプロデュース能力は無い。ただの事務員だ。
やっぱり断らないといけない、僕みたいな右も左も分からない奴にプロデュースされて失敗してしまったらその「彼」はとても可哀想だし、失敗の責任を取る事も出来ないのだから。
「自分がやったら失敗する、と思っているね」
「……なんで分かるんですか」
「そんな顔をしていたよ」
社長はこちらに向き直り、真剣な表情で告げた。
「もし君にプロデューサーとしての能力が無いと思ったらその時はすぐに担当を変える。だから一度、やってみてはくれないか」
一度言い出したら引かない人だというのを忘れていた。それに僕も流されやすく楽観的な質だ。気がついたら首を縦に振っていた。
「……思ったより暑いな」
春の昼下がりだというのに外はさっきと比べて少し蒸し暑さが増していた。
「ええと、確かこっち……あの公園か」
僕はプロデューサーを引き受けると約束するとすぐに、アイドル候補生を迎えに行けと言われ、彼がいるはずだという公園に向かっていた。
公園のベンチには、一人煙草を吸いながら鳩に食パンをちぎって与えている青年がいた。
「すみません、何してるんですか……」
「……えっ、うわっ何ですか」
突然声をかけられた青年は過剰なまでに驚き、煙草と食パンを取り落とした。
「あ……餌が」
「すみません……」
「いや、構いませんけど……全部やるつもりでしたから。それであなたは……」
そこで鳩に餌をやっていた彼よりもいきなり声をかけた自分の方がおかしな人物だということに気づく。
「あ、僕、源氏プロダクションの者で……今日からあなたのプロデューサーになるように社長に言われまして……夢野さんで合ってますよね?」
「ああ、僕が夢野です。夢野久作。しかし……僕にもついにプロデューサーがつくのか」
「プロデューサーがつくのは、初めてなんですか」
ええ、と目の前の気弱そうな「夢野さん」は落とした煙草を拾いながら頷く。
「最近、福岡から上京してきたばかりで……ついこの前まで向こうの郵便局で働いてたんですよ」
「なんでアイドルになろうと思ったんですか?」
「たまたま社長が福岡にいらっしゃって、スカウトって言うんですかね……まァとにかく、うちに来ないかと言われましてね」
それで、候補生やってるんです、と二本目の煙草に火をつけながら彼は苦笑した。
「煙草、吸われるんですね」
僕がそう言うと彼は慌てて火を消す。
「いや、吸ってて大丈夫ですよ」
「イメージ的に禁煙してくれと社長が……ついつい吸ってしまうんですよね、今のは内緒にしてください」
煙草の件は見なかったことにする旨を伝えると安心したようだった。
その後も小一時間他愛もない話を続けて、事務所に帰る途中。
「頑張りましょうね、夢野さん。やるからには二人でトップを目指しましょう」
彼は困った顔をする。
「プロデューサー……ハハハ、面白い人だなァ、僕にそんなことが出来るって思っておられるんですか」
「え、ええ……」
「僕みたいなのに、あんまり期待かけない方がいいですよ。失望してしまいます」
夕焼けに照らされた彼は何だかひどく沈んで見えた。
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