第七十九夜 満月の開戦

 時は満月が空に昇ってその存在を主張する頃、エルフの村は緊張感に包まれていた。

 

 いつもならこの時間帯であろうと活気に溢れているこの村は誰しもが弓を持ち、矢筒を背負い、背中にナイフを持っている。そして、いつでも迎撃できるように空気はピリついている。


 そんな中、慣れたように立ち尽くすハクヤにハウズは声をかけた。


「娘を外に出させてくれてありがとう」


「何の話です?」


「話したのだろう? お主らがこうまでして防御を固めるに至った理由を」


 ハクヤはその言葉にハウズの目を見た。その目はまるでハクヤの考えを見通しているかのようで、そして確信を持った様子であった。


「伊達に長いこと生きてないってわけか」


「ただの親心さ。娘は母であるが同時に戦士だ。故に、本来ならばこの戦いに身を投じなければならない」


 現在、この場にいるのはエルフ全員ではない。全てがエルフの中で選ばれた戦士達だ。

 そのため、この場にいるのは若い男性のエルフにみで、女性の戦士もいたりするがそれは非戦闘員の護衛として別の役割を与えている。


 よって、ここにいるのは男性エルフとハクヤ達のみになる。

 だが、その状況は本来だったら女性として唯一ティアが残るはずであった。


「あの子は自分の過去を悔いている。守れるかもしれなかった存在を、失うことすらなかった存在をただ“気づくのが遅かった”というだけで失ったのだから。

 しかし、それを誰にも見せることはない。己が決めた決意のために」


「......」


「だが、お主には見せたのであろう? あの子はああ見えても意地っ張りだ。決めたことは昔っから曲げることはない。だから、今回だってどうやって娘に出撃を説得しようか悩んでいた。

 しかし、私が納得する前に自分自身に折り合いをつけていたのだ。もっとも戦えるほどの正常な精神をしてなかったともいえるが」


「確かに、ティアには本人に関することを伝えました。しかし、その判断はかえって良かったのかもしれません。

 先ほど『ティアは母であると同時に戦士』と言いましたが、ティアはただの母ですよ。まだ幼い息子を置いてまで戦いに挑む必要はありません。

 たとえティアがどれだけの手練れであろうとそれならば、ティアを母として追い返した俺が頑張ればいいだけです」


「君には感謝してもしきれないな」


「俺は感謝することはしてませんよ。これはただの......罪滅ぼしです。拭いきれない数の少しのための」


 ハクヤの言葉にハウズはただ「そうか」と呟くだけでそれ以上のことは聞かなかった。

 現状がそこまで込み入った話ができる状況でもないし、何も知らない自分がむやみに踏み込める領域ではないと判断したのかもしれない。


 ハクヤは自分が言った言葉に少しだけ感傷的になるとぼんやりと隣にいるエレンを見た。

 エレンもまた本来だったら母親と今頃平和な毎日を過ごしていたはずだったかもしれない。


 しかし、それもずっと前に潰えた可能性の話。現在、こうして自分の横にいることに嬉しさもあるが、やはり悲しさの方が大きい。


 「子供に親が必要だ」......いつか昔に吐いたセリフ。そして、今ではどうしようもなく重く感じるほど、ハクヤ自身が言うべきではないと思ってるセリフ。


 自分のせいで平和な時を過ごせられていないことにとても腹が立つ。しかし、全てが終わるまではこの業を背負ってでもエレンを守らなければいけない。

 なのに......


「......エレン? ふと思ったんだけど、どうしてここにいるの?」


「ん?」


「いや、そんな可愛らしく首を傾げられても」


 ハクヤは隣にナチュラルに立っているエレンの存在に気付くと思わず目を見開きながらも、冷静に質問する。


 この場に残っているのは戦闘員の男性エルフ、指揮官のハウズ、外部戦闘員であるハクヤ、ミュエル、そして責任を取らせてくれとのことで参加したルーナであった。


 ミュエルの戦闘力はハクヤも知っているが故に許可し、ルーナは鬼人族という女性でもかなり強い戦闘種族なので問題ない。


 しかし、エレンは違う。確かに、魔物との戦いは一回経験しているが、今回はきっと恐らく前回よりも規模も強さも変わってくる。


 だから、ハクヤがエレンに避難するよう告げて、エレンはそれを了承して非戦闘員とともに向かったと思っていたらこうだ。


「エレンさんエレンさん? 俺、避難するように言いましたよね?」


「言いましたね」


「どうしてここにいるんですか?」


「どうしてでしょうね?」


「「......」」


 ハクヤとエレンは見つめあう。その二人が気になったのかミュエルもルーナも見つめるが、その二人は苦笑いを浮かべている。


 エレンがここにいる理由はたった一つだというのに、それに気づかないハクヤに若干呆れているのだ。仕方ない面もあることは理解していても。


 ハクヤも今回のエレンの行動にはさすがにお怒りの様子で、エレンの両方の頬を摘まむとムニッと引っ張る。


「え~れ~ん! 俺、避難しろって言ったよな! なんでこんな危ないところにいるんだ~!」


「痛ふぁい痛ふぁい! ふぇも、わふぁしはここにいふぅ!(※でもわたしはここにいる!)」


「でもじゃないでしょうが~!」


 ハクヤのつねりは思った以上に痛かったのかエレンは若干涙目だ。しかし、エレンを守るがためにここにいるのに、エレンがこんなところにいては意味がないハクヤの気持ちも理解できなくはない。

 とはいえ.......


 エレンはハクヤの手を頬から話すと若干赤くなった頬を両手で押さえながらも、キリッとした目つきで告げる。


「私はハクヤの足手まといにならない。きっとこの願いも背伸びして言ってることはわかってる。

 でも! それでも! 私はハクヤの全てを受け止める者として! ハクヤが戦おうとしてる存在にも目を背けちゃいけないと思うの! どれだけ止めようったって私はここに残るよ!」


「.......」


 瞳に宿る強い意志の炎に、諦めの悪い目つき。その目はハクヤが昔に見た反抗期真っ盛りの時のエレンの顔とそっくりだ。


 そのせいかハクヤはすぐに「何言ったって聞かないな」と思い、ハクヤの方が折れる形でため息を吐いた。


 もうすでに非戦闘員の舞台はエルフだけがわかる迷いの森の場所に移動してしまっていて、エレン一人では辿り着くことが出来ない場所なのは確か。


 加えて、もういつ戦いが始まってもおかしくないほどの時刻だ。エレンをそばに置いておかない方が逆に危険になる。


 エレンはそれらを見越したうえでここにいるのだろう。たとえハクヤがどれだけ言ったとして、エレンに非戦闘員のエルフ達と一緒に避難させようとしても、もう状況的にそばにしかいられなくするように。


 わが娘ながら何という大胆な作戦に出るものだろうか。ただ死ぬリスクが高くなるというのに。


 そんなハクヤの肩にハウズの手がそっと置かれる。ふと見てみるとまるで「同士......」と仲間意識を持ったとても不本意な目だ。


「ハクヤ君、父親とはいずれ娘にも尻に敷かれる存在のことを言うんだ。特に成人したあたりからはこっちの話なんて聞くことの方が珍しい。だからちゃんと、娘を守ってあげなさい」


 違う、これは同情の目だ。同じ娘を持つ者としてのシンパシー的なものを感じ取っている目である。


 ハクヤは苦笑いで「肝に銘じておきます」と言いながら、そっとハウズの手を肩から降ろそうとする。

 しかし、意外と離れない。何の重みを感じさせようというのだろうか。


「「―――――っ!」」


 その瞬間、ハクヤとミュエルは職業病ともいえる殺気の読み取りからこの場の周囲の状況を把握する。

 そして、ハクヤがミュエルに確認を取った。


「.......ミュエル、感じたか?」


「ええ、近いわね。漏れなく包囲されてる。数はざっと五十体。完全に殺る気みたいね。」


 ミュエルは獣人が故の聴覚と嗅覚の鋭さもあり、魔物の数を把握する。だが、ミュエルの言葉に対してだけはハクヤは別の意見を持った。


「殺る気は殺る気だろうが、それはまだただの初めの特攻部隊なだけだろうよ。あいつは一気に攻めたりしない。そっちの方がつまらなく勝ってしまうから」


「つまらなくって......この戦いを遊戯かなんかと勘違いしているの?」


「勘違いならまだいいんだがな。これから戦うことになる奴はまさしく戦いのことを遊戯だと思っているからより質が悪い。なんたって、奴は一人で国と張り合えるんだだからな」


「それは本当か!?」


 ハクヤの言葉にハウズ達エルフの戦士達はこれから戦う相手に思わずゾッと心を震わせる。

 まるで戦う前から自陣の士気を落とすような行動にミュエルは思わずツッコむ。


「ハクヤ、それは流石に盛り過ぎよ。せいぜい国の軍隊を壊滅できるぐらいにしておきなさい」


「ミュエルさん? それ全然意味合い変わってないんだけど?」


 ミュエルの指摘違うにルーナが今度はルーナが思わずツッコんだ。とはいえ、一番悲しいのが二人とも嘘をついていないということ。


 これから戦う相手のことをそこまで高く持ち上げてしまったら、もはや自陣の士気なんてガタ落ちも当然だ。


 だが、ハクヤもミュエルも全く変わらぬ士気と声で告げる。


「だが、勝てる要因があるとすればたった一つ」


「ここに私達がいるということ」


「確かに、これから戦う敵は魔物をまるで湧き水のように溢れ出させてこちらを消耗戦へと移行させてくるだろう」


「こちらはもともと人数的に圧倒的不利。どれだけ強かろうと数の前では無力」


「しかし、その魔物は結局操られてる存在だ。もしくは、術者に召喚されれる存在」


「ということは、敵の大将さえ意識を逸らせば猛威は抑えられるし、倒してしまえば召喚獣は消え、操られてた魔物もただの烏合の衆となる」


「故に、お前らに告げることは一つ―――――」


「「(俺達/私達)を信じて死に抗え! 必死に生に縋りつけ! それが唯一の勝利だ!」」


 ハクヤとミュエルの揺るぎない自信。それがエレン、ルーナ、ハウズにも伝染していき、やがて士気が下がっていたエルフの戦士達にも火が灯る。


――――アオオオオォォォォーーーーーーン!


 その時、一匹の狼がほら貝のように音を伝えた。開戦の合図だ。


「行くぞ! 絶対に生き残れ!」


 そして、ハクヤ達の戦いの夜が始まった。

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