第七十五夜 一連の事件の真相
トントンカンカンと至る所からは聞こえてくるその音色は普段聞きなれないエルフの森の静けさの真逆を表していた。
いろんな場所で木でできた杭を連結させた柵を作っている。それは村を囲むように設置されていき、動けるエルフは全員で協力して動いている。
そんな慌ただしい村の中をミュエルは一人歩いていた。
周囲のエルフを観察していたのだ。万が一にも首謀者の仲間にエルフがいないことを確認するために。
ハクヤはまだ復活しない。抜き取られた血の量が割りに多かったようで聖樹の葉っぱで作られた紅茶を飲んで、体の効果を促進させているがもうしばらくかかる様子であった。
きっとこの戦いはあの町と同じで一筋縄じゃいかない。
どうしてこの場所がバレたのかとか、どうやって場所を特定したのかと聞きたいことは色々あるが今はできることをしなければ。
「おーい! みゅっえるさ~ん!」
「ルーナ」
後ろから慌ただしく走ってきたのはルーナであった。その背中には大きな斧とも金槌ともいえない武器を持っている。いつでも戦闘はできるということか。
ルーナはミュエルの隣に並んで歩くと唐突に質問した。
「そういえば、どうして急にこんなことを指示したの? それも理由もなしに」
ルーナの質問は会議の時のことだ。ハクヤから何かを聞き出したミュエルはハウズ、ティア、エレン、ルーナの四人に「戦場になる」とだけ告げると周囲の防御を固めるようハウズに提案したのだ。
ハウズはミュエルのどこか鬼気迫るような目にわけも聞かずに承諾したが、当然ハウズも例外なくそれ以外もはそのわけについて知りたがっている。
しかし、ミュエルは結局そのわけを言わずに会議を終えてしまった。
今の作業はハウズの信用と手腕によるもの。どうやって他のエルフを説得したのかはわからないが、現状としては大助かりだ。
そして時は戻って現在、作業が始まってから数時間が経ち、どうにも堪えがなくなったルーナが聞きに来たという所だ。
ミュエルは「いずれ誰かが聞きに来るだろうな。ルーナ辺りとか」と思っていたので、予想通りルーナであった。
ミュエルは周囲にティアがいないことを確認するとルーナの質問に答える。
「ここが戦場になるのは本当よ。もっとももうしばらくは来ないけど」
「なんでそう言い切れるの? そもそも首謀者とかってたりするの?」
「ええ、ほぼ確信的に」
ルーナの言葉にミュエルはそっけなく答える。その態度にルーナはムスッとした顔をするとふてくされた。
「ちゃんと話してくれないならいい。ハクヤさんにミュエルさんのあることないこと吹き込んでやる」
「!? それは話が違うじゃない!」
「そう? それじゃあ、
「それ以上はやめて」
ミュエルは頬を赤く染めながらルーナの胸倉を掴む。必死に恥ずかしさを殺すように行動しているせいか胸倉掴んだついでにルーナの首が締まっていることに気付いていない。
ルーナはミュエルの手に触れて「く、苦しい」とギブアップを示すようにタップするとそれに気づいたミュエルはようやく手を離した。
そして、ルーナはえづきながらも質問していく。
「ごほっ、ごほっ......それで、まずはこの犯人の首謀者は誰なの?」
「それはまず間違いなく、同族のエルフよ」
「え? でも、それって魔族ってことで同意したんじゃ? ミュエルさんも特に反論しなかったし」
「その時はなかったわよ。もっとも疑いは持ってても確証がなかったし。でも、ティアの話を聞いて考えが変わった」
ルーナは思わず首を傾げる。あまり話が理解できていないようだ。
それに対して、ミュエルは「順序立てて話していくわ」というと説明を始める。
「まずルーナが会ったという魔族の三人組だけど、確か聖樹の近くで転がっていた死体には見覚えのある顔は二つしかなかったのよね?」
「うん、そうだけど。だから、もう一人はどこかにって話で」
「いや、その認識で間違っていないのよ。そもそも私達は恐らく首謀者側に勘違いさせられていた」
「どういうこと?」
「あなたが会った三人組の魔族。そのうち二人は確かに魔族であったけど、もう一人は恐らくエルフ。特に見なかったというオッドアイの魔族がそのエルフ」
「ん? 最初はダークエルフだけどそうじゃなくて、次は魔族だけど、そのうちの魔族がエルフ? 二重偽装してたってこと?」
「そう。あなたが最初に見た連中はダークエルフに扮していた魔族だった。しかし、戦い方やら見た目やらが違うことでダークエルフではなく魔族であることがわかった。それが
人は一度間違いを訂正されると次に出た答えを正解だと思い込む。それによって、ハクヤも含め私達は三人組が全員魔族であると
「そんな.....でも、私がその三人組に会ったのはたまたまだよ? それに会わない可能性もあったはずだし、わざわざ私と行動を共にする必要もなかったはず」
「そうね。なかった。なければ、今頃隠密で行動してここら一帯は毒ガスで満たされていたでしょうね。
でも事情が変わった。やつらは......いえ、そのエルフはあなたが鬼人族だからとわかったから長いこと接触したの。
接触するなんていくらでも方法があるけど、一番いい方法はピンチを演出して
「......あ!」
ルーナはその言葉に脳裏に電流が走ったように一連の話が繋がった。
エルフの特徴は耳が良い。そして、森に住むならばどこの森であろうとそこは庭のようなもの。
ルーナの存在がわかれば、持っていた魔物寄せのにおい袋で魔物をおびき寄せて適当にピンチを演出すればいい。
そして、かかわってくれば成功。加えて、ルーナが鬼人族であるから鬼神薬を持っていればそれを盗もうと画策した。
それから、しばらくの間旅を続けルーナの信用を高め、疑われなくなった時に鬼神薬を盗んで魔物寄せのにおい袋を押し付ければ終わり。
それがわかるとルーナは初めて拳を握り本気で怒ったように眉を狭めしわを作る。
そんな怒気が周囲に伝わる前にミュエルがルーナの肩に手を触れると怒りを鎮めた。
「ここで起こっても仕方ないわよ。その怒りは取っておきなさい」
「......ふぅー、そうする。それにしても、そう考えると見事にしてやられた感じだね」
「そうね。そして、やつらは迷いの森を抜け方を知るエルフの案内によってこの森に入り、聖樹の近くへとやってきた。
中に入ってしまえばどうにでもなる。たとえ毒ガス兵器を設置しようとも」
「でも、それをハクヤさんが止めちゃったわけだ。計画は失敗......っていきたいけど、ミュエルさんの様子じゃそうは問屋が卸さない感じだし。
それでどうして今は大丈夫って言いきれるの?」
ルーナは一つの疑問が解消されると次の疑問に移った。それに対して、ミュエルは周囲を見渡しながら答える。
「それは恐らくだけど時期が関係する」
「時期?」
「私も詳しいことは知らないけど、聖樹には
それは確か『世界樹の涙』と呼ばれるものでどんな瀕死の深手であろうとたちまち全回復させて、さらにもとよりも強靭な肉体に作り替えるというもの」
「ふるむーん? それって確か......三日後じゃん!? え、それじゃあ、三日後にはここを攻めにやってくるってこと!?」
「正確には三日後の夜、
「そこら辺はアバウトなんだね」
「詳しいことは知らないって言ったはずよ」
「だから、できることはやっておかなければ......ってことか」
ルーナはミュエルの気持ちを読み取ったようにニヤニヤしながら告げる。その言葉にミュエルはそっぽ向くが、反応的に肯定しているようなものだ。
そして、二つ目の疑問が解消されたルーナは現状で一番聞きたかった質問に移った。
「それで、どうしてそれをハウズ村長さんやティアさんに言わないの?」
「言わないじゃないわよ。
おかしな偶然と思わない? ルーナが見た魔族であったオッドアイの男とティアが昔にいたと言っていたエルフの少年の瞳の色が全く同じだってさ」
「そりゃあ、偶然にしては出来すぎだと思うけどさ、そもそもその魔族ってエルフじゃ......ない......の......」
先ほどまで陽気であったルーナの言葉が尻すぼみになっていく。そして、ミュエルの言いたいことを理解したようにその表情を暗くさせていく。
確かに......確かにそうだ。瞳の色が同じ魔族もといエルフ。そして、昔にいて罪を犯したエルフの双子。
その双子エルフは自分の親族を根絶やしにしていたほどの狂人。同族を何とも思っていない。
それこそ、その双子を知るティアを、そしてその村を、この森を毒ガスによって殲滅しようとしたほどに。
ハクヤとミュエルがどうしてそのエルフの存在を知っているかは今は定かじゃない。それよりも今はそのエルフが“まだ”この森をどうにかしようとしている事実。
......なるほど。“言えない”じゃなくて“言いたくない”とは、どうして私情を挟んでくる理由とはそういうことだったんだ。
「それは確かに言えないね......ううん、言いたくないね。
ティアは同族を殺して逃げたその双子のエルフのことを今でも『仲が良かった』と言っていた。普通はい出したとしても、そんな風には言わないはずなのにね」
「それに過去にも同族に同族が殺されたというのに、今回も同じことをされてしまったなら......それはたとえ生き残る人がいたとしても確実なトラウマになる」
「長く生きている故の弊害ってことかな」
「そうかもしれないわね。もっとも相手が生かす理由があればそれはきっと―――――」
「きっと?」
「いいえ、ただの考えすぎだわ。少し遠くを巡回しましょ」
ミュエルは頭を振って考えを振り払うとルーナに告げる。その返答にルーナは怪訝な顔をするがあえて聞かなかった。
しかし実のところ、ミュエルは全然頭に残る考えを振り払うことが出来なかった。
首謀者のエルフが同族を生かすとすればそれはきっと――――同族を殺すよりも面白いことが起きた場合。
つまり、この場所にいるハクヤを殺すことに他ならないから。
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