第六十八夜 相談事

 ティアに案内されて村の中を歩いていくと周囲にある家よりも一際大きい家があった。

 屋敷ほどの大きさはないものの、周囲に威厳を示すためのとなれば十分な存在感である。


「では、お入りください」


 そして、てぃあが扉を開けると最初に迎えてきてくれた住人はとても可愛らしいエルフの子であった。


「ママー!」


「あら、随分と可愛らしい村長さんじゃない」


「もう、タナックったら」


 ミュエルの言葉にティアは嬉しそうにしながらも、突然のタナックの存在にはやや呆れるものがあった。そして、タナックを抱えるとため息を吐く。

 しかし、そのため息は決してタナックに向けているものではなく......


「もう、お父さん! 連れてくるってわかってるのにタナックの面倒も見れないの?」


「すまんすまん。つい孫の可愛さに浮かれてしまって」


 廊下の奥からひょこっと顔を出したのは迷いの森でハクヤと話した男性エルフであった。

 相変わらず見た目はアラウンド40ぐらいなのに、孫がいると常識が破綻しそうである。


 すると、ティアが簡単に紹介してくれた。


「こちらが父のハウズで、この子が息子のタナックです。夫は今出かけていますが、戻って来次第また紹介させていただきます」


「娘の紹介に預かったハウズだ。今は私が村の村長をやっている」


 ハウズは恭しく頭を下げる。それに合わせてハクヤ達も軽く頭を下げ、自己紹介をした。

 そして、「玄関前で話すのもなんですから、こちらへ」とティアに部屋を案内される。


 案内された場所は応接室のようで向かいで並べられている長いソファの間にはテーブル。周囲には観葉植物的なのが置かれている。ちなみに、ソファといっても木製の木に座布団を敷いた感じだ。


 内装は全く木だけしか使われてない感じではないが、できる限りの部分では自然の木を利用している辺りがエルフという種族らしいところだろう。


 そして、ハクヤ達とハウズ達がソファに座ったところで早速話し合い......の前に。


「飲み物お持ちしますからしばしの間お待ちください。それとタナック、少しの間一人で我慢できる?」


「いや!」


「タナック......」


「まあまあ、ここは私にお任せください。グレン、おいで」


 エレンが率先して発言したかと思うとグレンを呼び出した。

 すると、戦闘が終わって以来バッグの中で眠っていたグレンは何かを察したように気だるそうに返事をする。


 そして、エレンが頼んだことはまさにグレンにとってめんどくさいことそのものであった。


「話が終わるまででいいからタナックちゃんの相手お願いね」


「キュイ......」


 グレンは嫌そうに返事をしながらも主の命令には逆らえない。そして、チラッとタナックに視線を移してみれば瞳をキラキラさせている。これはまずい。


 しかし、なんだかんだでグレンはタナックの前まで近づいていくと目線を合わせたまま後退して、タナックを誘い出す。


 それで釣れたタナックを適当にあしらいながら......ともいかずに、ペチペチと叩かれては嫌そうな顔をしながらグッと我慢する。


 そんなグレンの姿をエレンは「頑張れ」と視線を送る一方で、ハウズはグレンのことで質問してきた。


「フェアリードラゴンとは珍しいですね。我々でも見たのは数少ないかと。加えて、テイムされたその個体であるならば私の場合は初めてになるでしょうね」


「長命種のエルフでも見てる人は多くないんですか?」


「個体数が少ない上に、生息域がわからないからね。この聖樹の下のどこかということはわかってるけど。

 昔に見たのだってたまたま散歩してるのを見かけたぐらいですよ。まあ、もっと多かったとも聞いてますが」


「へぇーそれじゃあ、グレンの仲間も見つかるんじゃない?」


 ルーナはタナックに叩かれるグレンを横目に見ながらエレンに話しかけた。それに対し、エレンは「私も会ってみたい」と嬉しそうに答える。


 すると、ティアが人数分の紅茶を持ってきた。色はやや深い赤。ニオイだけでも美味しいと感じる。


 話を始める前にその紅茶を口につけていく各々。その瞬間、全身に何かが流れ込んでいくような感覚に襲われた。


「これは......」


「その紅茶は聖樹様が落とした葉っぱを燻して作られた特別な紅茶なんですよ。葉っぱに含まれていた聖樹様の力の残留が皆さんに流れ込んでいるんです。

 効果としては疲労回復や新陳代謝の向上、自己治癒力の向上、魔力の質の促進と様々です」


「そんなものを俺達に?」


「まあ、めったなことでは我々でも飲まないその紅茶の茶葉を使うほどに君達が訳ありだと思ったんだよ。

 加えて、外からのお客さんだからね」


 ハウズはニコッとした笑みをハクヤに向ける。その細い瞳の奥にこちらの心が見透かされているようで、紅茶を飲んでも心がざわつく。


「それじゃあ、まずは君達がここに来た経緯を教えてもらおうかね」


 それから、ハクヤ達はこれまでの流れを説明した。ハクヤ達が魔物と戦っていたルーナを助け、そのルーナが罠に嵌められていて、その原因がダークエルフに扮した魔族であるんじゃないかということ。


 そして、その魔族達が鬼人族の秘薬である「鬼神薬」を盗んでどこかへとんずら。それを取り返すために、魔族達が向かったとされる「エルフの森」に向かってきたということ。


 それを聞いたハウズは顎に手を触れ、何かを考えるように「ふむ」と視線をやや虚ろにさせる。


 その隣でティアも原因が何かないが探りつつも、タナックの様子が気になるのかチラッチラッと視線を動かしていた。


 そして、ハウズはまず結論から述べた。


「先にそれらについて答えをいうと“まだ”わからないだ」


「“まだ”ですか......」


「というのも、我々でもここ最近できな臭いことが起こっていてな。それと君達のことが全く関連性がないと言い切れない。

 あるとすれば、まあ別の可能性を考えなければいけなくなることもある。だから、結論だけいえば“まだ”わからないだ」


「そうですか......」


 ハクヤは一旦紅茶を飲む。そして、脳内で現状でのことを改めて整理しながら、次の質問を口に出した。


「それでは、先ほど『ここ最近では珍しい』と言っていましたが、俺達よりも前にそのダークエルフらしき連中は来ていないのですね?」


「来ていないな。それに君達よりも先に森に入っていてここに辿り着けないというのがそもそもおかしい。

 たとえ見た目は違くとも同じ“エルフ”という種族には変わりない。それに我々の巡回範囲に同種の存在は確認できなかったしな。

 意図的に来ていないのか、単に迷っているだけなのかはわからないが、その連中がダークエルフではないことはほぼ断言できる」


「それだけでこちらとしては大きな情報です」


 ハクヤはそう言うと目線だけをミュエルに移す。それに対し、紅茶を飲んでいた頷く代わりにウインクで返答する。


「なーに、今のやり取り。実は通じ合っちゃってるってこと?」


「ぶふっ」


 その一瞬の意思伝達をルーナに見られていた。そして、ルーナはニヤニヤした様子でミュエルに尋ねるとミュエルは思わず吹いた。


「ち、違うわよ。目にゴミが入っただけよ」


「いやいや、絶対そんな―――――」


「入っただけよ」


「.....はい」


 小バカにできる絶好の機会到来! と思ったのも束の間、ミュエルの凄みに委縮して「この人、心から怒らせちゃダメなタイプだ」と震えだす。


 しかし、それで終わるはずがない。そのルーナの火遊びは確かに飛び火した。


「何? 今のどういうことなの?」


「え、エレンちゃん......」


 エレンがギロッとした目でハクヤとミュエルを交互に見る。「まさかデキてるんじゃないのか?」とでも疑ってそうな目だ。


 その目にはさすがのミュエルもタジタジ。そして、同時に心から誓ったのだ。後でルーナにはキツイ折檻が必要だと。


「あらまあ、ハクヤさんも大変そうですね」


「大丈夫だ。いずれ男とは必ず尻に敷かれるもの。特に円滑な営みを目指すためだったら尚更な」


「は、ははは.....」


 ハウズから送られる言葉はなんと重い言葉だろうか。少なからず、数百年分の重みがその言葉には滲み出ている。

 それにはさすがのハクヤも笑うしかない。もっとも心から笑えてるわけではないが。


 とはいえ、いつまでもこんな空気を続けるのも(主にハクヤが辛いので)ダメだろうと思い、ミュエルに助け舟を出す意味合いも含めて話題を変えた。


「そういえば、先ほどティアにここまで案内されている最中に周囲の気配を探ってみたのですが、ここら一帯は全くもって魔物の気配がしませんね。魔物は住んでないんですか?」


「住んでいるよ。ただあまりにも自然と一体化した気配であるから気づかないだけだよ。聖樹様の加護領域についての話はわかるかな?」


「ええ、ここまでに小話でティアから」


「なら、話は早い。加護領域とは言い方を変えれば聖樹様が収める敷地みたいなもので、その領域の中は聖樹様の力が空気中に舞い、大地に根付く。

 その力は植物にはより大きく成長するための糧であり、我々には病気にかかりにくい健康体の体にしてくれたり、魔物であれば狂暴性を沈めるはたらきがあるんだ」


「わぁー、すごいですね。私は聖樹のことに関しては本で読んだだけですけど、その本にも似たようなこと書いてありました。確か『世界の瞳は見つめる』って本で」


 ハクヤがハウズと話しているとエレンも食いついてきた。本の虫であるエレンはこういう系の話は興味津々であるらしい。


 そのエレンの様子に「釣れた」と密かにガッツポーズすると正面にいたティアにその行動を見らていたらしく、すごく微笑ましそうな目で見つめられハクヤは少し恥ずかしく死にたくなった。


 その一方で、エレンの言葉に対してハウズは淡々と答える。


「ああ、その本か。知ってるよ。なんせ書いたの僕だからね」


「そうなんですか!?」


「気まぐれで時間もあったし、書いてみたんだ。そしたらまさか数十年越しに既読者に出会えるなんて」


「サインください!」


 エレンは凄みながらバッグから素早くスケッチブックを取り出し、それをハウズに渡す。それをハウズは嬉しそうに受け取ると少し考え告げた。


「『きな臭い』と言ったが、実はそれはその魔物のことなんだ。ここ最近、聖樹様の加護でも抑えられない魔物が増えてきてるんだ」

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