第四十六夜 狩りの始まり

 ハクヤ達と焔王の緊迫した状況は早くも数日の時が過ぎた。

 その間、特に大きな変化があったわけではない。

 焔王があえて動かなかったのか、それともこちらを常に緊張状態にさせて疲弊させようとしているのか、そのどちらとも言えないがあまり長く続けて欲しくない状況であることは確かだ。

 その理由はただ一つ。


「最近、二人とも険しい顔をしてるけど大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だよ。というか、そんな感じだったか?」


「私は主にハクヤで頭を悩まされてるけどね。鋭いようで一部ではハッキリと鈍いことにもう疲れてくる」


「おい、それはどういうことだ」


 エレンの質問に二人は事もなしげに軽い口調で返答していく。もっと言えば、さらりとミュエルが話題をそらしている。

 そう、二人が一番懸念していることはエレンに気付かれることだ。


 二人の願いにはエレンは普段道理に過ごしてほしいという願いがある。

 しかし、ここで勘づかれてしまうとエレンを守りながら戦うことになる。

 それはできれば避けたい。それは単純に、ターゲットが2人まとめて殺す状況は範囲攻撃に限るからだ。


 そもそも“王”と呼ばれる連中とタイマン以外で戦うのは愚の骨頂。

 連中は自分の手下を道具としか思っていなく、その手下に組み付かれたら手下事攻撃されて終わりだ。

 そこにハクヤとエレンが一緒にいればどうなるか?


 答えはわかりきったことで、町の被害や住人を巻き込んでの絶対逃がさないための範囲攻撃をしてくるだろう。

 もし殺戮を楽しむ人間であって、範囲攻撃はしてこないという相手だと予想するのはさすがにリスクが高い。


 となれば、手下がいるとしてそれはできれば分断したいのが本音である。

 そのために、自分が囮しとして行動したのだが警戒されているのか動てこなかった。

 エレンに方に動かなかったことは幸いだが、結局この膠着状態が続いている。

 そして、恐らくもうエレンに関する情報は集めていると予想して、苦渋の決断の一つとしてエレンを囮にすることに決めた。



 恐らく、敵が動くとすればエレンがダンジョンに潜ってしばらくしたらだろう。そして、ダンジョン内でターゲットの一人を仕留めてこっちに戻ってくる。

 だが、それはあくまで手下の仕事の可能性が高い。だから、まだ活路を見出すならそこにある。


「エレンは今日もその新しいパーティと行くのか? どこまで?」


「目指すは30階だね。今度こそアンデットを攻略するんだ」


「なら、聖水を教会から買うといいわ。少し高いけど、アンデット特攻が少ないのならば、出来ない人でも持っているのは定石」


「わかった」


 何も知らないエレンは今日も明るく返事をする。それでいい。その笑顔が守りたいのだから。

 だから、こそハクヤはわずかに思考する。 


 相手は間違いなく自分を狙ってくる。いや、そうさせるとも言える。そして、自分が“王”を引き付けてる間にミュエルが助ける。

 たった今エレンの大体の居場所はミュエルも理解したみたいだし。


 やることは単純、分断と陽動だ。しかし、逆に言えばそうすることしかこっちにはカードがない。

 もし王がダンジョンの方に向かったら一環の終わりだ。さすがにミュエルでも自分のことで精いっぱいになるはず。


 だからこそ、王となった人間の欲を考える必要がある。

 自分が過去に知ってる人物は狂気と快楽に飲まれたエゴの塊だ。

 そして、そいつらの行動は大概が自分の楽しさを優先しているということ。

 新参者がそのような思考回路をしているのかは未定だが、もしそうであるならば必ずこっちに敵意を見せる。


 あまりにも対策が出来ていない自分が嫌になる。とはいえ、対策しおうにも相手次第ではその対策が仇となるため下手に出来ないの理解している。

 だからこその付け焼刃みたいな作戦。それでもエレンのためならば、死してでも全ての敵を殺す。


「それじゃあ、エレン。気を付けていってこいよ」


「うん、二人とも気を付けてね。それとミュエルさんにもね」


「なっ!? こら、エレンちゃん!」


「えへへ、行ってきまーす!」


 宿屋から出てその前でエレンはミュエルをからかいながら走り去っていく。

 その一方で、エレンの急なにおわせ発言に顔を真っ赤にして、尻尾をピンッと立てたミュエルはエレンの姿が遠くなるとゆっくり冷静になっていく。


「全く、あの子は......それよりも、本当に見つけられるんでしょうね?」


「ああ、あいつの魔力にはマークを付けた。だから、必ず捉えられるから安心しろ。それとミュエル、少ししたらエレンの尾行をしろ。

 もう数日間もエレンに心配かけてるからな、今日決着をつけるかりをはじめる


「わかったわ」


*******


 ハクヤとミュエルが焔王との戦いを決意したのを全く知らないエレンはギルド前の待ち合わせにいたウィル、ベルネ、メニカ、ボードンのもとへとたどり着いていた。


「おまたせ。ちょっと寄り道してて」


「寄り道? エレンがもといるパーティの方で何かあったの?」


「別にそういうことじゃないよ。ただアドバイスを受けてね。これ、みんなに配ろうと思って」


 そう言って、エレンがカバンから取り出したのは8つのガラス瓶に入った聖水であった。

 その貴重な品を見て他の4人は思わず驚く。


「エレンさん、これって聖水ですよね?」


「それって私達がアンデッド攻略で考えた方法だけど、値が張って全然手が出せなかったやつだわ」


「これどうやって手に入れたんだ? 8つもなんてかなり高かったはずだ」


「もしかして、そのパーティの方がすか?」


「そうなるかな。『貴重な冒険なんだから惜しまず使え。お金の心配はしなくていい』って言ってたからね。思い切って2つずつ配れるように買ってきたんだ。まあ、さすがに神父様には驚かれたけど」


「でしょうね」


「ですね」


「だろうな」


「だろうっす」


「あーもう、そんな一斉に『しょうがないやつだな』みたいな顔しないで!」


 エレン以外の4人は少し呆れたため息を吐きながら首を軽く横に振る。

 確かに、攻略においては対アンデッド用に聖水は必須ともいえるのだが、それでもそれは切り札級の代物なので数も多くて2個とあまりボス戦以外で目立って使う場面は特にない。


 ということは、裏を返せばエレンのバックにいるパーティメンバーは下手すればザコ戦に対しても聖水が必要になる場所で戦ってきたということか。


 先ほども言ったが、聖水は高価で大型の魔物を狩るそれなりの冒険者でも2個ほどしか買うことが出来ない。

 それほど貴重なものを買うためのお金をサッと出せるところもすごいが、言われたからといって惜しげもなくすべて使って聖水を狩ってくるエレンもまたすごい。


 そんなエレンの意外な大胆さに思わず笑みがこぼれそうにもなるが、そんな気持ちは4人にはなかった。

 それもそのはず......


「や、やばい、こんな私達じゃ数年経っても手に出せそうにない聖水をサッとださせるとその.....」


「プレッシャーがすごいっす。これを使ってまで勝てないなんてあってはいけないような」


「別にそんなこと言ってなかったよ?」


「違う! 違うんだ! これはそれをサッと渡される俺達の問題であって。ありがたく頂戴するとしても心の準備が必要なんだ!」


「スーハースーハー。よし、いけ......ないですよ~、まだ私にはその勇気が......」


 4人は知らないけど恐らく相当すごいであろうエレンのパーティーメンバは想像して若干顔が青ざめている。

 特に何も言っていない。それがまた4人には恐ろしくもあるのだ。


 正直、聖水を2つでも渡された時点で「2つも渡したんだから負けてかえってんくんじゃねぇよ?」的な意味合いなのだ。

 それが4倍ならばどうだ。4人の感覚としては「死んでも勝ってこい。同時にエレンが死ぬことは許さねぇ」みたいに言われてるのだ。


 実質の精神的縛りプレイ。一度負けて敗走してきたところに今度は敗走も許されぬ状態でダンジョンの奥へと向かうことが決定したのだ。


 意味をもっと複雑かつ最悪に捉えれば「ダンジョン攻略するまで帰ってくんじゃねぇ」的な意味になる。

 少なくとも4人には確実に。


「ふーふー、いくぞ......いくぞおらぁ!」


「「「ファイトー!」」」


「みんな大丈夫?」


 エレンが苦笑いしながら見つめる先にはウィルがいて、その後ろに3人が応援するように眺めている。

 その光景を周りの市民も怪訝そうに見ているが、そんな視線に恥を見せている余裕などない。

 ウィルは小刻みに震える右手を左手で抑えながら、腫れ物を触るようにエレンから一つの聖水を受け取った。


 そして、伝説の魔物を仕留めたように聖水をかかげるとやりきったような顔をする。

 しかし、そんなウィルの晴れ晴れとした姿とは反対に残りの3人は必至な様子でウィルにカバンにしまうように告げていた。


 それから、ウィルがもう一つ受け取ると今度はボードン、ベルネ、メニカと続いていて3人もウィルと同じように自分に精いっぱいの発破をかけながら聖水を受け取っていた。

 そんな様子に何が何だかと言った様子で小首をかしげるエレン。


 無事全員に2つずつ聖水が渡し終わると改めて5人は密集する。

 そして、ウィルがそっと右手を差し出し、左手でボードンと肩を組む。

 すると、ボードンも同じように右手を差し出し、ベルネと肩を組み、ベルネも同じようにしてメニカと組む。


 そんな急に小さく円を作るようなウィル達を不思議に思ったエレンは尋ねた。


「これは何をしてるの?」


「ああ、そう言えば知らなかったわね。いわば決起よ、決起。前にエレンちゃんが入ったときは急ぎでやってなかったけど、いつもはこうしてパーティの士気を高めるのよ」


「さあ、エレンさんもご一緒に」


「うん、わかった!」


 メニカに誘われたエレンもその輪に加わるように他の4人と同じ行動を取る。

 円陣を組んだ5人の中心にはそれぞれの右手が重ねられていて、その右手を見つめながらウィルが宣言する。


「目の前の魔物は全て狩る! 仲間を助け、命を最優先に! 絶対ダンジョン攻略してみせるぞ!」


 そして、ウィルは少し強めに左手でボードンの肩を強く引き寄せる。それに合わせて全員が同じように合わせる。

 その直後、ウィルが一番大きく叫んだ。


「いっちょ一狩りいくぞ!」


「「「「おおーーーーーー!」」」」


 5人は円陣を組んだまま、右手を天高く掲げた。

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