月の兎(掌編)

 月には兎が住んでいるのだろうか。夜風に当たりながら月を眺める。国によってはかにだったり、ワニだったりするらしいが、なんとなく兎で良かったなと思う。


 今宵は満月、適当にウィスキーロックを傾けながら月を眺める。元々お酒に強いわけでもないので、すぐに顔が火照ほてってしまった。


 手で熱を確かめながら思うのは月の兎の幸せだ。もちをついてばかりで退屈しているのではないだろうか。案外、物憂ものうげな顔をしてぼんやりと見つめる僕らの顔を見て笑っているかもしれない。


 笑顔で月を見ている奴なんて初めて彼女ができた男や、天文オタクくらいではなかろうか。そんなことはどうでもいいのだが、どうもお酒のせいで理路りろが通らない。


 そろそろ頃合いだと思って、ポケットにしまっておいた白い封筒を取り出した。好きだった人から貰った手紙だ。「別れたら捨てて」と言われてはいたが、そうもいかないのが男のさがではないだろうか。便箋びんせんを取り出して、月明かりの元で何度も何度も読み返す。


 か弱いが芯のある綺麗な文字からは想いがあふれている。月を見上げて目頭を熱くするなんて女々しい男だなって月の兎は笑ってくれてはいないだろうか。堪えていた涙が溢れてきてしまったので、月に向かってぎこちなく微笑ほほえんだ。





私は死んだら月に住むって決めてるんです。


ですから私が死んだら、


たまに月を見上げてみてください。


そのとき微笑んでくれたら、


またどこかで会えそうな気がします。

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