第94話 ミノタウロスの習性

「……また何かが近づいてくる。今度は人の臭い、こっちに近付いている」

「帝国の兵士か!?」

「そうか、恐らくこいつを追いかけて居たんだろう」



ネコミンの鋭い嗅覚が接近する複数名の兵士を感じ取り、リルとチイも聞き耳を立てると確かに森の奥から足音と鎧が擦れるような音を聞き取る。


チイの予測では兵士の死体を運んでいたミノタウロスの追跡のために送り込まれた帝国兵だと考えられ、すぐにリルはシロとクロに乗り込むように告げた。



「すぐにこの場を離れる、どうやら解体する余裕は無いようだ。皆、身体は痛むだろうが頑張ってくれ」

「シロ君とクロ君、走れる?」

「「ウォンッ!!」」

「しぃ~……声が大きい!!気付かれるだろう!!」

「「キャンッ……(小声)」」

「別に聞かれても大丈夫だと思う。この森の中にも狼はたくさんいるから怪しまれない」

「それでも用心はしておくべきだろう……いや、これだと私の方が声が大きいな、すまない」



シロとクロに全員が乗り込むと即座に移動を行い、途中でレイナはミノタウロスが掲げていた死体に視線を向け、疑問を抱く。どうしてミノタウロスは死体を抱えて移動していたのか不思議に思ってリルに尋ねる。



「リルさん、どうしてあの化物は兵士の死体を運んでいたんですか?まさか、食べるつもりだったとか……?」

「……いや、ミノタウロスは草食だ。動物の肉は食べない、基本的には植物しか摂取しない。だが、ミノタウロスは自分が倒した獲物の死骸を焼き払い、頭蓋骨を奪い取るという習性をもつ」

「え、頭蓋骨を……!?」

「ミノタウロスにとって自分が倒した獲物の頭蓋骨を奪う行為は勲章みたいな事なんだろう。そしてミノタウロスが連れ帰った兵士の死体もよくよく観察すると普通の兵士とは思えない程に装備が整っていた。恐らく、兵隊長やそれ以上の階級の人間だった。」



ミノタウロスは強敵と判断すれば死骸であろうと持ち帰り、死体を焼却させて残された頭蓋骨を飾るという習性をもつ。


彼等にとっては強敵の頭蓋骨は人間からすればトロフィーのような物らしく、レイナ達の前に遭遇したミノタウロスが所持していた兵士の死体はミノタウロスが自分が強敵と見定めた存在だった。


レイナは今更ながらに魔物の恐ろしさを思い知らされ、まさか趣味感覚で死体を奪い取る存在までいるとは思わなかった。もしも自分が殺されていたら兵士達の死体のように頭蓋骨を奪われる可能性もあったのかと考えると身体が震えてしまう。



(ここは地球じゃない……もう何度目だろうな、数多に浮かんだこの言葉)



この世界で危機に陥る度にレイナは安全な地球の日本ではない事を想い知らされ、一刻も早く元の世界へ帰りたいと思った。だが、そのためにはまずはケモノ王国へ向かい、ヒトノ帝国からの脅威から逃れなければならなかった――






――数分後、ミノタウロスの追跡のために訪れた森の中に存在する砦の兵士達が辿り着くと、彼等は予想外の光景に驚愕してしまう。自分達が追いかけて居たはずのミノタウロスが胸元と背中に刃物か何かで突き刺されたような傷跡を残して死んでいたのだ。


あれほど自分達を苦しめたミノタウロスが森の中で死体として転がっている光景に砦の隊長は動揺を隠せず、いったい何者がこの憎き敵を討ち取ったのかと考え込む。



「し、死んでいるのか?」

「はい、間違いありません!!確かに死んでいます!!」

「信じられない……い、いったい誰がこの化け物を殺したのだ?」



隊長は倒れているミノタウロスの死体を覗き込み、死因は背中と胸元の部分に存在する傷跡である事は間違いなく、状況的に考えて背後から刃で貫かれて死亡したと思われた。


だが、並み大抵の武器では傷一つ与える事も出来ないミノタウロスを誰が何の目的で殺したのか彼には理解できない。



「連れ去られた兵士の誰かが生きていて、背後から突き刺して殺したのか?そして、こいつを殺した後にこと切れたのでは……」

「いえ……調べた限りでは武器が残っていません。それに気になる事があるのはここに足跡があります。我々の兵士の物ではありません」

「足跡だと?」

「はい、それも人間だけではく、狼の足跡も残っています」



兵士達は地面を確認すると、注意深く観察しなければ分からなったが人間と狼と思われる足跡が存在した。正確な人数は分からないが、恐らくミノタウロスを殺害したのはこの足跡の主であると隊長は確信した。



(この場所は危険区域だぞ、冒険者であろうと我々の許可がなければ立ち入りが禁止されている。なのに足跡だと?いったい何者だ……いや、どうやってミノタウロスを殺した?)



隊長はここで森の中に侵入者が存在する事に気付くが、相手が何者であろうと自分達を幾度も窮地に追い込んだミノタウロスを殺害する程の力を持つ事は間違いなく、足跡を眺める。彼はここで足跡の主を追いかけるべきか悩むが、現時点の兵力で追跡は難しく、間もなく夜を迎える。そうなれば足跡を見つけ出すのも難しく、森の中の魔物に殺される可能性も高い。


残念ながら隊長は追跡を断念して兵士の死体だけでも運び込むために引き返す事に決め、今回の件は内密に処理させる事にした。あくまでもミノタウロスを倒したのは自分達の功績であり、侵入者に殺されたという事実は伏せる。もしも馬鹿正直に報告すれば解雇処分は免れず、自分の保身のために砦の隊長は今回の件を誰にも話さないように兵士達に厳命した――

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