第73話 脱走成功

「――ここまで逃げ切れば、大丈夫かな?」



帝都に存在する地下道を抜け切り、追跡されていない事を把握したレイナはフードを脱ぐと、背中に抱えていたリュックを下ろして汗を流す。


ここまで辿り着くのに時間が掛かったが、無事に帝都から抜け出す事に成功した。彼女は全身を覆い隠していたフードを脱ぎ去ると、リュックから手鏡を取り出して自分の姿を確認する。



「一応はバレないように年齢だけは変えたけど……なるほど、こんな感じになるのか」



鏡に映しだされたレイナは年齢が「15才」の少女の姿が映し出され、脱出する際にリルが用意していた犬耳のカチューシャを装備していた。


遠目から見れば他の人間に獣人族だと思われる可能性もあるという理由で無理やり付けさせられたが、19才の頃のレイナと比べると15才の今のレイナならば違和感はなく、普通の人間に見られてもファッションの一部だと思われるだろう。


脱出の際に用心のために年齢を変更した事で現在のレイナは身長が縮まり、胸の大きさもCカップ程度に小さくなっている。だが、ここまでの道中でレイナを怪しむ人間とは遭遇しておらず、結局は文字変換の能力の無駄遣いになってしまったが、今後の事を考えるとこの恰好で行動する方が都合が良いかもしれない。



「おっと、その前に皆を出さないと……」



父親の登山用のリュックを置くとレイナは中身が暗黒空間と化したリュックの中に腕を突っ込み、取り出したい物を強く念じながら引き抜く。



「せぇのっ!!」

「うわっ!?」



リュックの中からリルがレイナの腕に抱えられた状態で姿を現し、彼女は驚いた表情を浮かべながらもリュックから抜け出すと、床に着地して自分の身体を確認する。そんな彼女にレイナは身体に異変が起きていないのかを尋ねた。



「身体は大丈夫ですか?」

「あ、ああ……問題ない、特に平気だ。それにしてもまさかリュックの中に自分が入る日が訪れるとは……これは貴重な体験をしたよ」



リルは驚いた表情を浮かべながらも自分の身体と周囲の光景を確認し、最後にリュックの中を覗き込む。その様子を見てレイナは続けて他の二人をリュックの中から引きずり出すために腕を伸ばす。





――冒険者ギルドから脱出する際、レイナがある提案を行う。それは自分が作り出した「どんな荷物」も収納できるリュックを利用してリル達をリュックの中に収納し、自分が「気配遮断」や「隠密」の技能を駆使して追跡を振り切って帝都を離れるという作戦だった。


最初にこの作戦を聞かされた時はリル達は度肝を抜かれたが、事前にレイナはイヤンやアリシアの件で人間であろうと、リュックやカバンの出入口に入れる程の大きさならば「収納」が行える事は判明していた。


この方法を利用すれば4人でわざわざ行動して逃げる必要もなくなり、3人をリュックの中に隠して1人だけが逃げ切る事が出来る。


集団で行動するよりも単独で行動する方が効率が良く、しかもレイナは追跡者を振り切るのに有利な「気配遮断」「隠密」「無音歩行」等といった技能を所持していた。


リル達も一応は気配遮断等の技能は覚えているがレイナの場合は気配感知や魔力感知、更には地図製作といった能力を所有しているため、仮に自分に敵意を抱いている存在が近くに存在すればレイナはすぐに気付く事が出来る。そのためにレイナが逃走役を担い、他の3人はリュックの中に安全に保管した後、移動を行う。


結果的には作戦は成功したと言え、文字変換の能力で年齢を変更し、更にリルの変装用の道具を身に着けたレイナは冒険者ギルドを抜け出した後も他の人間に怪しまれる事はなく地下道が存在する場所まで辿り着けた。その後は地下道を抜け、無事に目的地である「廃墟街」へと辿り着く事が出来た。





「よっこい、しょういち!!」

「にゃうっ……しょういちって、誰?」

「ふんぬらばっ!!」

「わぅんっ!?こ、ここは何処だ!?」



リルに続いてネコミンとチイを引きずり出したレナは彼女達も無事である事を確認すると、最後に自分のカバンを取り出すと3人に振り返り、気になったことを尋ねた。



「あの、中に入っている間はどんな感じでした?真っ黒な空間とかに閉じ込められていたりとか……?」

「いや……正直に言えば記憶が曖昧なんだ。確かにこの中に入っていたという事は覚えているが、まるで眠ったみたいに意識が途切れていた気がする」

「リュックに入った後、気付いたらここに居た……という感覚だな」

「ひと眠りしている間に場所がいどうしたような気分」

「なるほど……そうなんですか」



リュックに収納されている間はリル達はどのような感覚を味わっていたのかを知り、改めてリュックの中を覗き込む。


レイナは自分自身が作り出した代物とはいえ、我ながら奇妙な道具を作り出したと思い、背中に背負い直す。最初に自分が身に着けていたカバンの方は前にネコミンが欲しがっていた事を思い出し、彼女に渡す。



「あの、ネコミンさん」

「前にもいったけど、ネコミンでいい。今は年齢が同じぐらいだから変な敬語もいらない。チイもリルも呼び捨てでいい」

「何故、私も!?いや、別に構わないが……」

「まあ、好きに呼んでくれ。あ、でもその姿の時はお姉様と呼んでくれると嬉しいね」

「はあ……じゃあ、これからは普通に話させてもらいます。よろしく、ネコミン、チイ、お姉様」

「おおう……これは、結構良いな。癖になりそうだ」



可愛い女の子(実際は女体化した男だが)に「お姉様」と呼ばれたリルは鼻息を荒くし、その様子を見て最初は知的で冷静な女性だと思いこんでいたレイナだが、実際の彼女は結構お茶目な所がある事を知る。

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