第62話 脱出までの間に

――暴走したイヤンが気絶した後、レナは自分を縛り付けていた縄で彼を拘束し、一先ずはこれで安全が確保された。リル達の方も軽い怪我は負ったが全員が無事に再開した事を喜び、アリシアの方も気絶しているだけで命に別状はない。


とりあえずは奪い返した装備を整えると、レイナ達は今後の事をどうするべきか話し合う。安全地帯に辿り着いたとはいえ、この場所から離れると魔物に襲われる事は間違いなく、安心は出来ない。それにイヤンの件もあり、彼にリル達の正体が気付かれた事は非常に不味い事だった。



「早々に我々は地上を出た後にこの地を去らなければならない。だが、アリシアとあの男を何とかしなければならない。皆、何か良い意見はあるか?」

「意見と言われても……」

「正直、どうすればいいのか分からない」

「う~ん……」



アリシアを救い出せば当然だが皇帝が娘の命の恩人である銀狼隊を無視するはずがなく、手厚く歓待しようとするだろう。しかし、そうなると必然的にリル達の正体が気付かれる可能性が高く、現在の彼女達は「密入国者」に等しい。正体が知られれば立場的にまずく、面倒な事態に陥る。


それとイヤンの事もどうするのかが問題であり、真っ先に彼の対処に対してはチイが始末するように促す。正体を知られた以上は彼が他の人間に自分達の情報を広めるか分からず、そんな危険な輩を放っておけるはずがない。



「あの男はここで始末するべきです。死体もこの大迷宮に吸い込まれれば証拠も残りませんし、魔物に殺されたと報告すれば誰も怪しまれないはずです」

「うん、確かにチイの意見は最もだな。二人はどう思う?」

「残酷だけど、それが一番良いと思う」

「えっ……こ、殺すんですか?」



このような事態に陥ったとはいえ、リル達が躊躇なくイヤンを始末する判断をした事にレイナは引いてしまい、ここで彼と3人の価値観が違う事が明確になる。


リル達は邪魔者であるならば相手の命を絶つ事に躊躇しないが、一般人として育ってきたレイナにとっては悪人とはいえ、人の命を奪う事に躊躇してしまう。


確かにイヤンを放置すれば碌な事にはならず、仮にこの第四階層に一人で残したとしても危険は伴う。もしも奇跡的にイヤンが脱出すればリル達の正体は知られ、逆に脱出できなくてもこんな水や食料もない場所では数日と持たない。餓死するか魔物に殺される運命しかない、そう考えるとイヤンを残す行為は見殺しに等しい。


始末して楽にさせるべきか、それとも直接手を掛けずに第四階層へ残すべきか、あるいは危険を承知で連れて行くべきか、選択肢はどれを選んでも過酷な道になりそうだった。



(どうすればいいんだろう……出来れば殺したくはないけど、確かに見逃したらリルさん達の身が危なくなるし、いったいどうしたらいいんだ)



他の3人に意見を求められたレイナは困り果て、イヤンの方に視線を向ける。現在はレイナがレベルを元に戻した事で肉体は安静な状態に戻ってはいるが、それでもしばらくの間はまともに動けないだろう。



「あの……脅して俺たちの事を話せないようにして解放するのはどうですか?」

「無理だな、仮に私達の事を話さないように脅したとしても、ああいう下衆は簡単に約束を破る。地上に出ればすぐに私達の事をばらすだろう」

「ここは始末するのが確実だ。始末する役目は私が行おう、痛めつけられた借りもあるしな……」

「レナは気にする事はない、これは私達の問題」

「そう言われても……う~ん」



リル達はイヤンを見逃すつもりは毛頭なく、ここで始末する事に全員の意見が一致していた。レナがここで何か良案を出さなければ彼女達はイヤンを殺すつもりらしく、レイナは決断を迫られる。



(どうしよう……このままだとあの人が死んじゃう)



イヤンが自分達の命を奪い、手柄を独り占めにしようとしたという事実は変わらないが、彼の場合は大切な人を失って精神が壊れてしまった節がある。


同情の余地もあるのでレイナとしてはできれば命までは奪いたくはないと考えた。無論、自分でも甘い考えである事は理解しているが、やはり人を殺す事を簡単に受け入れる事は出来ない。


もしもここでリル達にイヤンの処理を任せても、後で必ずあの時に自分はどうして止めようとしなかったのかとレイナは後悔する事は間違いなく、どうにかイヤンの命だけでも見逃す方法はないのかを考える。



(せめて文字変換の能力を使えればどうにか出来たのかも知れないのに……文字変換?)



文字変換の能力が解除されればイヤンのステータスを上手く変化させて色々な方法を試す事は出来たが、生憎と先ほどの攻防で今日の内に扱える文字変換の文字数をレイナは使い切ってしまう。しかし、ここでレイナはある事を思い出す。



「あの……ちょっといいですか?試したいことがあるんですけど……」

「試したい事?」

「はい、もしかしたらあの人を他の人間に気付かれずに地上へ連れて帰る方法が見つかったかもしれません」

「地上へ?だが、それでは結局……」

「いいから、ちょっと見て貰えますか?」



レイナの言葉にリル達は訝し気な表情を浮かべるが、彼女達を連れてレイナはイヤンの元へ向かい、自分の考えた方法を試す――






――数分後、安全地帯にイヤンの姿は消えてなくなり、残されたレイナ達はひとまずは休憩を行う。


全員が疲労を蓄積しており、まずは身体を休めることを最優先にして出口の階段まで辿り着くために一秒でも長く身体を休ませておく。



「ごろごろっ……」

「……あの、ネコミンさんがさっきからじゃれついてくるんですけど」

「ほう、それは珍しいな。私達以外にネコミンがそこまで無防備な姿を見せるとは……大分懐かれたようだな」

「それぐらい許してやれ、そもそもお前が男なら嬉しい状況だろう?」



何故かネコミンに懐かれたレイナは勝手に膝の上に彼女の頭を乗せられ、本物の猫のようにくつろがれてしまう。


昔から色々な動物に好かれやすい体質なのが関係しているのかは不明だが、レイナは大型犬(猫の獣人だが)を相手にする彼女の頭やお腹を撫でながらこれからどうするべきなのかをリルに尋ねる。



「これから俺達はどうすればいいんですか?」

「ふむ……リルと君の地図製作の技能を頼りに階段の場所まで戻りたいところだが、どうも調べた限りでは階段の位置は近くとも階段に繋がる通路はこの辺りには存在しないようだ。恐らく、迷宮の構造が変化した影響だろう」

「大迷宮の中には一定の時間で迷宮の構造が変化する場所があると噂では聞いた事があるが、まさかこの第四階層がそうだったとは予想外だったな……」

「あ、そこは駄目……くすぐったい、にゃうっ……」



レイナは会話の際中にネコミンの獣耳をなぞると彼女は頬を赤く染め、どうやらここが彼女の弱点らしく、両手で掻き分けながらもリル達と会話を続けた。



「そういえばここへ入ってから大分時間が経過したと思いますけど、どれくらいの時間が経ちました?」

「私達も眠らされていたから詳しい事は分からないが、体感的にはかなりの時間を過ごしているはずだな」

「恐らくだが1日近くは経過しているはずだが……それがどうかしたのか?」

「そうですか……なら、あと少しかな」

「し、尻尾は弱い……はうっ」



獣耳を解放して今度はネコミンの尻尾を両手で撫でまわして暇つぶししていると、視界に画面が表示された。

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