第4話 ダエワの王政復古③

 ――ふうむ、ふうむ、ふうむ……

 マルファは、湯の中でのびをした。

 彼女の形の良い胸が、ふわりと動く。

 ――ううむ。湯に浸かると言うのは初めてだが、実に良いモノだな。

 彼女の故郷……上のエディン樹海に温泉は無い。そしてもちろん、大量の湯を沸かせるほどの燃料も無い。

 川での水浴びくらいはしているが。

 ゆえに、作法などしらないから、泥を流さず湯船に入ろうとして、ラウーに止められたのはご愛嬌であろう。

 ――ふん! 不甲斐なくも私は、疲れているらしい。

 気が抜けつつある自分を自覚し、マルファは自嘲した。

 まあ彼女が故郷を出て七日ほどになる。その間、抜く暇が無いので気を張り続けていた事は確かであり、今、少しばかり気を抜いても問題が無さそうな事も確かである。

 ――いかん! いかんな。それしきで……なにしろ道は半ばどころではないのだぞ。為さねばならない事があるのだぞ。

 マルファは、気合を入れ直すことにした。

 さしあたりは、八日前の事を思い出す。あれが全ての源だ。

 あの日も、マルファは……

「いかん!」

 ……と叫び、己の小屋を飛び出した。

 空には、満月にほど近い月が浮かんでいる。じっくりと眺めれば、満月の一日前……待宵の月と分かっただろう。

 もちろん、それどころではない。

 気が急いている。感覚的には、生まれてはじめてと言えるほどに。

 そんな中で、愛用の広刃短剣サクスを持ち出せたのは僥倖だろう。

 走る。

 周りには、マルファの小屋と同様の、丸太を積み上げた家が並んでいる。

 そのまたさらに周囲には、これまた同様に丸太を積み上げた城壁が、小高い丘に築かれた集落を囲んでいる。

 樹砦ジェーリェヴォツィタデーリの地とは、もちろんこの辺りの樹海や山々をも一まとめに指す事もあるのだが、ごく狭い範囲で言うならば、丸太の城壁で囲われたこの集落の事を指す。

 マルファは走り、集落の門にたどり着いた。

「マルファ殿?」

「竜祭司殿? どうされました?」

 交代で、不寝番をする集落の若衆が、血相を変えたマルファに問う。

「一大事だ!」

「そりゃまあそうでしょうが……」

 彼女の簡略極まる返答に、彼らが困惑した瞬間だ。

 閃光が、あたりを昼のように照らした。

 丘の上の集落から、樹海を挟んだ小山の麓に、稲妻が空より突き立った。

 瞬きを、いくつかできる間をおいて、雷鳴が集落を駆け抜ける。

 びりびりと空気が震えている。

「あ、あそこは……」

 若衆の一人が、愕然とした瞬間だ。

「いかん!」

 ふたたび叫び、マルファは門を駆け抜けた。

 あそこには……あの山には、樹砦ジェーリェヴォツィタデーリの地の守護竜である、緑竜レーシーが住まう。

 今、彼らに呼ばれた通り、マルファは竜祭司である。

 守護の竜と、意思を通じる事が出来る。

 そんな彼女の感覚は、緑竜レーシーの危機を知らせていた。

 マルファは走った。

 上のエディン樹海は、その名に相応しく鬱蒼たる木々が並び、下生えの灌木やらと相まって、昼間でも行き来するに向いた土地とは言えない。

 ただし、彼女にとっては慣れたものだ。

 さらに言えば、人を食う大型の獣の類は、他ならぬ緑竜レーシーの獲物であるため、出くわす危険も他所よりは少ない。

 一刻ほども駆ける間に、再びの稲妻が山に落ちた。

 まっとうな時なら、マルファでも足を止めただろう。雷雨の時、山に登るのは無謀である、と。

 ――……ふうむ。おかしい……

 マルファは思った。

 空には月が見えている。星も見えている。つまるところ雷雲など無い。

 では何故に雷が落ちる?

 ――おかしい? おかしい。ゆえに、おかしなことを為しても、さしつかえは無い!

 我に返れば、暴論としか思えぬ事をつぶやきながら、マルファは山を駆けあがる。

 やがて、竜の咆哮が聞こえた。

「おおっ! さすがは!」

 普段の、どちらかと言えば固めの言動を取る彼女を知る者なら驚くだろう。マルファは歓喜の声をあげていた。

 緑竜レーシー。

 四つ足の巨躯と、その身を飛ばす翼をあわせれば、大きさは集落でもっとも大きな館を凌ぐだろう。緑玉を埋め込んだような鱗は、並の刃の通じるものではない。

 そして、家の柱より太い尾の一撃は、いくつもの人影を一まとめに弾き飛ばす。

 弾かれて、砕けた人影の欠片が、マルファのかたわらにも飛んでくる。

 見れば、乾いた泥であるようだ。

 あの人影は人ではない。

 泥をして、人の形をとらせ、人であるかのように動かす魔法の技だ。

 人ではない故に、泥の人形どもは、これしきの事では怯まない。

 つづけて第二の梯団が、青銅の槍の穂先をつらね、緑竜に向けて前進する。

 レーシーは、そのあぎとを戦列に向けた。

 のど元が膨らんだ。

 と、見るや吐息を吐き散らす。

 一文字にのびた吐息に、泥兵どもの槍の穂先が次々に崩れ去る。

 緑竜は、酸の霧をしてその吐息に混ぜて放つのだ。避け損ねたら、人も獣も、ボロボロに崩れ落ちることになる。

 それに比べれば、泥造りの兵士どもの痛手は少ない。

 だが戦列は乱れた。

 レーシーが跳ねた。

 一々を狙うのは、面倒と判断したのだろう。

 その体躯をもって、一まとめに押し潰し、またその前進をもって弾き飛ばす。

 樹海の木々すらもなぎ倒す猛進の後、緑竜はその身をひるがえした。

 第二の梯団は、すでに残骸でしかない。

「……すごい……」

 マルファはつぶやいた。

 だが、疑念もある。

 ――すごいのだが、では私が感じた不吉さは何か……いや……

 その時、空から稲妻が突き立つ。

 樹海の木々もろともに、緑竜を撃ち抜く。

 雷鳴と、竜の叫びがあたりを揺るがした。

 ――……なすべきことは明白か。稲妻を呼びつけている者どもを討つ。

 確信し、竜と泥の兵士が争う戦場から目をそらす。

 落雷はあたりにいくつか火災を引き起こしている。

 彼女は、目、耳、鼻、さらに皮膚の感覚をも凝らし、周囲をうかがった。

 ――………………居ない。

 マルファは断じた。

 近辺に、動くモノの気配こそあるが、人の気配らしきモノは無い。

 具体的に言えば、悪意、敵意、あるいは恐れの類を感じとれ無い。

 ――……ううむ。考えてみれば当然か……

 近くに居れば、レーシーに見つかりかねない。それでなくとも、この辺りを薙ぎ払うが如き力のぶつかり合いである。流れ弾にやられる可能性がある。

 では、どこに?

 マルファは木々の間から、彼方を見る。

 ――ここらあたりを見渡せる場所……山頂か……


 ……いや、それはないだろう……


 見上げた瞬間、彼女は思った。

 ――……って、おい! 私は何故そんな事を思う?

 思い直して首を振ふる。

 ――無駄足で終わるにせよ、確認はしておいた方が良い。

 そう判断した。

 したのだが……

 ……無駄だ。する必要が無い。するべきでは無い……

 ……心中からの声が、執拗に止める。

 ――いや行くべきだ!

 ……いや行かんでも良い。

 ――なにかおかしい!

 ……なにもおかしくない。

 ――変だ!

 ……変ではない。


「があ!」


 マルファは、広刃短剣サクスの柄頭を、自身のひたいに叩きつけた。

 どろりと血がにじむ。

 意に介さず、マルファはうなる。

「魔法か? 魔法だな! 魔法如きが……」

 自分自身へと言い聞かせる。

 晴天に稲妻が落ちた。魔法であろう。

 泥が人の形をとり蠢く。魔法でしかありえない。

 道理に沿わない事を為そうと思う。魔法と考えるのが適当ではないか。

 後に、樹砦ジェーリェヴォツィタデーリの祭司衆の先達から、ダエワの賢者は、人除けなる魔法を使うと教わるが、この時はまだ直感である。

「うむ! 行くぞ!」

 あえて言葉に出し、言い切り、マルファは山頂へと足を向けた。

 月明かりがある。

 視界はわりあいに明瞭である。

 と、言う事は、慎重に近づくのが賢明であろう。向こうからも見えるのだから。

 ――だが敵が、すでに私の心に仕掛けて来たとあれば、この際、勢いに任せた方がマシであろう。時をかければ、次に何を仕掛けて来るか分からん。

 そう言い聞かせ、遮二無二駆け上がる。

 やがて、木々の間に天幕と、たなびく旗が見えた。

 旗にあるのは六連星むつつらぼし

 こればかりは見た瞬間に分かる。近隣に、その名を知られるダエワの都の大賢者……フラース・マッジャールの旗である。

 その時は、そうとしか思えなかった。

 ――ふうむ。当たりだ。

 ともあれマルファは、広刃短剣サクスの柄を握った。

 天幕に何人いるかは不明。

 天幕の周りに何人いるかも不明。

 気がつかれているかも不明。ただし可能性は高いと見るべき。

 ――ふふん。バカバカしいほど不利な状況だな。

 心中の声が嘲る。

 だが、ここに来て、利口ぶっても仕方が無いだろう。決断は下した後なのだから。

 マルファは、抜き身をぶら下げ、天幕に切り込もうとした。

 理屈をつけたとはいえ、無謀は無謀であった。


 ぬるり


 彼女は、足に奇妙な感覚を得る。

 生き物を踏んだ時のような弾力がある。

 ただし、まとわりつく感触は冷ややかで、泥に足を踏み込んだ時の様だ。記憶を探れば、蛇をつかんだ時に近い。

「ぬうう!?」

 急ぎ、足を引こうとするが、その前に、ソレが絡みついてくる。

 だけではない。

 前方の地面……さすがに光が足りず、暗がりとなっている辺りから、無数の触手が湧き上がってきた。


「ああ。それはハイドラですね。魔法で作り出す仮初の生き物にちがいありません。ダエワでは主に警戒警備に使っています」


 これは、後日にエルク・バウトが語った事だ。

 無論、その時はしらない。

 もちろん不味いと言う事は分かる。

「ちいい!」

 舌打ちをしつつ、広刃短剣サクスで薙ぐ。

 足にからみついて来た触手を斬り飛ばす。

 さらに返しの一薙ぎで、次に迫りつつある奴等を斬り散らす。

 脆い。

 だがそれでも、このまま進むのは賢明でないと判断。いったん退いて迂回を試みる。

「う? ううむ……」

 だがマルファの耳は、複数の何者か……あるいは何物かが、森の中を動いているのを捕えていた。

 音は左右から聞こえる。

 それらは、マルファの包囲を試みているようだ。

 予兆は音だけではない。木々の隙間に、月明かりに照らされた青銅の槍の穂先の輝きらしきモノが見えた。

 整然たる動きだが、指示を飛ばす声は聞こえない。

 ――ううむ。泥人形どもか?

 推測する。とは言え、思案すべきはそこではない。相手が人の兵士であれ、魔法作りの兵士であれ、すべきことは変わらない。

 ここを切り抜け、山頂近くの天幕に切り込むのだ。

 マルファは、あえて槍の穂先が見えた方に向かった。

 先程までの感触からすれば、包囲にそれほどの数は居ないだろう、との判断だ。

 ならば、目に見えている奴等を抜ければ、その先はおそらく無人だろう。逆に何も無いところにこそ、隠された罠があると思うべき。

 駆ける。

 やがて、槍を構え、ぎょろりとした石造りとおぼしき一つ目を、その顔に埋め込んだ泥人形と相対する。

「一つ!」

 槍をかわし、駆け抜けながら首のあたりを斬る。

 まあそれで戦闘力を奪えたかは分からない。

 拘るつもりはない。包囲を抜けれればそれで良いから。

「二つ!」

 次なる槍をかわしつつ、その穂先を斬り飛ばす。

 つづけて、十分な勢いをつけた前蹴りを叩き込んで、泥人形を転倒させる。

 山である。坂道である。バランスを崩した泥人形は、そのまま転がり落ちて、暗がりへと消える。

「三つ目は……居ないか」

 予想通り包囲は薄い。

 切り抜けた。

 ならば、次は反転、迂回し、天幕を目指す。

「襲撃か?」

「襲撃か!」

 その時、件の天幕の方から声が聞こえた。

 どちらも甲高い声だが、男と女……あるいは少年と少女が居る、らしい。

 見える限りはどちらも小柄だ。二人とも、ローブをまとい、フードを被っている。

 ダエワの賢者たち。

 ――あれが的か?

 さすがにこの時ばかりは、マルファも様子をうかがう事にした。

何処いずこか?」

何処いずこか!」

 二人は、互いに騒ぎあいながら、周囲をうかがっている様子だ。

 ――ふふん。あれでは私を見つけるなど不可能だ。

 その物腰を見て、マルファは判断した。

 まったくそれはダエワの賢者を……星界魔法と言うモノを、甘く甘く見た判断であった。

 不意に、二つの人影が、同時にマルファの方を見る。

「あそこか?」

「あそこか!」

 その内の一人が、彼女の方へ手のひらを向けた。

 ――まずい?

 嫌な予感がした。


 ピリ! ピリ! ピリ!


 空気に触れている肌が、痺れたような気がした。

 いや、多分だが、気のせいではない。

「まずい!」

 マルファは手近に見える岩の内、一番と思しき大岩の陰に飛び込む。

 のみならず、地に伏せ、頭を腕で庇う。

 光が目を奪った。

 轟音が耳を撃った。

 雷撃が、岩と言わず、樹木と言わず、あるいは彼らの手勢の泥人形と言わず、打ち砕きながら進み去った。

「……あ……が……」

 マルファの意識は、そこで途切れた。

 おそらく、この時の一連の選択は、それほど間違ってはいなかったと思う。

 それは、マルファが今も五体満足で、生きていると言う事で証明されている。

 やれる事はやった。そのはずだ。とは言え、それでは済まない事もある。

 次に彼女の意識が戻ったのは、樹砦ジェーリェヴォツィタデーリの地の、一番大きな館の中だった。

 門の見張りの若衆が、騒ぎが収まったと思しき頃合いに、様子を見に来て見つけたとの事だ。

 そして知る。

「御山に、守護竜さまがおられません。おそらくは……」

「……生死はともあれ、奴等に連れて行かれたか」

 そして審問が始まる。

 参列者は樹砦ジェーリェヴォツィタデーリの長老衆と祭司衆。

 彼らが、土の床に座るマルファを取り囲む。

 この変事に、なに事もしなかった奴等がなじる。

「どう責任をとるつもりじゃ? マルファよ。竜祭司としてのう」

 問題に気がついた者が、解決の責務を負うのは世の習いである。

 まあマルファの返答は決まっている。

「もちろん、守護竜さまをお助けに参ります」

 ざわめきが座を抜けた。

 痛い目にあった当の本人が、なんの怯みも無く答えるとは、想定外だったと言う事なのだろう。

 円状に彼女を囲む者たちの、その内の一人が口を開く。

「しかしな。さらって行ったのは、ダエワの都の者どもだろう?」

「それで?」

 マルファは問うた。

「御先祖様たちはいにしえ、守護竜さま方と共に、レイティノアの中原に赴き、あげく大いに敗れた。近くはカルカの町を襲った輩が、ダエワの者どもに手痛い目にあわされている」

「それで?」

「取り戻すなど、竜さま方の逆鱗に、触れるが如き行いではないか?」

 思うに、そいつは他の者ほど無責任では無いのだろう。

 あるいは、マルファに含むところが無い、とも言える。

 その論を引けば、マルファにお咎め無しと言う結論をを導くのは、それほど難しくはないからだ。相手が悪い、ダエワの奴等が悪かった、と言うのは正しい。

 とは言え彼女に、それを有り難がる思いが無い。

「我等の守護竜さまです。守護竜さまが、他所から来た人食いの獣や賊どもを、どれほど仕留め、我等の安寧を守って来られたか……」

 マルファは視線に力を込める。

 激怒している。

 とは言え、怒っても口調は中々に静かなのが彼女である。

「……それを思えば、何もしないなど有り得る事ではない」

「しょせんは我が身を守ることも出来ぬ竜さまだ」

 そいつは横を向き、ぼそりと吐き捨てた。

 マルファの眉が逆立った。

 されど、そう言う時代ではあった。

 四方の民は、それぞれの竜や神よりも、ダエワの星界魔法をこそ恐れるようになりつつあったのだ。

 後にファルワードを席巻する、魔法帝国の礎は、密かに静かに築かれつつあった。

 それは時の流れであり、世界のうねりである。とどめる事はおろか、なまなかに抗えるモノではない。

 しかし、マルファは言う。

「考えられよ。隣人がさらわれた? なにもしない。家族がさらわれた? なにもしない。相手は強い? なにもしない? 誇りはどこにある? それで貴公は、安んじて暮らせるのか?」

 他の者にも問う。

「貴公はどう思う?」

「…………」

「貴公は?」

「…………」

「貴公は如何か?」

「……マルファよ……」

 長老衆の一人が、苦々しげに言った。

「……それで貴公は、樹砦ジェーリェヴォツィタデーリに災いを招いたらいかにするつもりじゃ?」

「…………」

 マルファは目を閉じた。

 そして開く。

 その視線は、おそらくは、鋭さの過ぎたモノになっていたのだろう。

 長老が、おもわず、と言う感じでたじろいだ。

「もし、貴公らにとって、竜崇めの民の誇りが、今や重石でしかないのなら……よろしい。私がすべて、引き受けましょう」

 マルファは立ち上がった。

「まて、どうするつもりだ?」

 先に、ダエワの恐ろしさを説いた男が言った。

 マルファは眉を寄せた。

「もちろん、守護竜さまを……レーシー様を、お助けいたします。もし、お命をお救い出来ぬならば、せめて辱しめだけは受けぬようにいたします」

「それで、ダエワびとの怒りをどうするのか?」

 金切声に冷然と返す。

「やらかした者は、頭がおかしくなったが故に、追放した者です、我等とは無関係、とでもお答えすれば良い」

 マルファは身をひるがえした。

 そして故郷を失くした。

 次の朝日が登る頃、樹砦ジェーリェヴォツィタデーリを出発し、そして、八日後の今、ダエワの都にて湯に浸かっている。

「ふふん!」

 マルファは鼻をならした。

 旺盛な闘志が戻ってきた。

 為すべきことは明白である。

 この都から緑竜レーシーを捜す。けして難しくはないはずだ。なにしろ、マルファは未だに竜祭司。

 守護竜が身近に居れば分かるはずだ。

 既に殺められていると言うならば、分からないかもしれないが、感覚的にはそれはないと思っている。もしあの時、竜殺しがなされていたら、どうあれ目覚めずには居れなかったはずだ。

 まあ見つけて先は、いくらか難しかもしれないが。

「マルファさんー」

 浴室の外からラウーの声がした。

「お服の洗濯と乾燥が、終わったので置いとくよー」

 ――終わった? 洗濯はまだしも、乾燥まで? 風呂とやらに入っている間に?

 戸惑うが、森を吹き飛ばす雷撃使いや、切っても死なない者の居る、魔法の都でとやかく言っても仕方が無いか、と思いなおす。

「身体を拭くのもおいとくからー。きちんとつかってねー」

「感謝する!」

 答えて、マルファは湯船を出た。

 十分に鍛えた、引き締まった身体がそこにある。

 為すべき事があり、守るべき節義があり、不動の決心がある。

 故郷を失くした? 為すべき事が難い? それが何か。

 他に必要な物があるなどと、マルファには考える事すら出来ない。

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