うちの母と心友♀がいつのまにかデキてる

黒巻雷鳴

第1話 発覚してもひらきなおってる

 金曜日の昼下がり。快晴の住宅街を歩くわたしは、灰色の排気ガスを噴射して通り過ぎていったトラックの走行音ですら、なんだか心地よく感じられてしまうほど上機嫌だった。

 青空を見つめ、春の日差しに目を細める。

 フウッと、名前の知らない花の甘い香りがそよ風に運ばれてきて、わたしの鼻先をひと撫でして消えた。


「んーっ! 気持ちいいかも!」


 歩きながら両腕をめいっぱいに空へと突き上げ、背筋も少しだけ反らして大きく伸びをする。

 きょうは、わたしがかよう高校の先生たちのストライキで、土曜日みたく四時限目が終わるとすぐに下校ができた。不穏にきこえるけど、前々から決まっていたようで、噂は校内全体に広まっていたから生徒たちの動揺は少なかった。

 このまま何日もつづけばいいなと、不謹慎だけど心からそう思う。だけど、月曜日には通常の授業時間に戻るという噂も広まっているので、きっとそうなるのだろう。

 いまのわたしは、せっかくだから真っ直ぐ家へ帰らずに、いつもと違う遠回りをして久しぶりに商店街まで足を向けている。

 その途中、川沿いの橋の近くで新しいケーキ屋さんができているのに気づいた。でも、きょうは定休日みたいで、お店は閉まっていた。立ち寄るのは、またの機会にしておこう。


 やがて、商店街へたどり着き、歳月を感じさせるアーケードのびついた天井を仰いでから革のローファーで一歩踏み込めば、そこはもう、昭和レトロの独特な風情や趣きを感じさせる異空間へと変わる。

 はじめてこの商店街へ来たのは中学生になったばかりの頃で、離婚した母が職場に近いこの街に引っ越してきたからだった。

 最初は、この古くさい雰囲気や建物が正直嫌いだった。でもいまは全然そんなことはなくて、上手うまくいえないけど、むしろ懐かしいなって思える。


「うわぁ……このおだんご屋さん、まだあるんだ」


 そのお店の先には、〝おだんご〟の文字が大きく書かれたのぼりが昔となにも変わらずに立っていた。といっても、新しく取り替えてはいるはずのそれは、当時とおなじように日に焼けて生地が色あせていた。


「いらっしゃいませぇ」

「あら、もう苺大福売り切れなの?」

「いま、うちの父が作ってますんで。きょうは何個にします?」


 常連客であろうオバチャンと店員のお姉さんとのそんなやり取りがきこえてくるなかで、わたしと同じ制服を着た女の子とその母親らしきふたり連れが買い物袋をそれぞれひとつ持ち、仲良く手を繋ぎ楽しそうにお喋りをしながらやって来るのが遠くから見える。

 そういえば、うちのお母さんと、もうずいぶん一緒に買い物へは行ってない。もしも、きょうはまだ行っていなかったら、このあと一緒に行こうかななんて、そんな考えごとを始めてすぐ──。


「えっ、やだ……アイちゃん!?」


 きき慣れた女性の声が、わたしの名前を呼んだ。


「はい?……あっ、お母さん」


 お母さんも商店街に来てたんだねと、つづけて笑顔で話しかけようとした直後に、大きな疑問符がわたしの頭に浮かぶ。

 アレ? じゃあ隣の女の子は、いったい誰なの?

 視線をそのまま横へと移せば、驚きをみせるうちの母親とは対照的に、〝我関せず〟といった具合で落ち着いた面持ちをみせる同級生の遊香ゆかがそこにいた。


「あ、遊香も一緒だったんだね。ふたりとも──」


 わたしはさらに、視線を下へと向ける。

 しっかりと繋がれていたふたりの指が、そのときギュッと、強く握られてわずかに動いた。


「──どう……して……手を? えっ、えっ? 意味がわからないんですけど?」

「う、うん……アイちゃん……あのね」

「アイ、黙っててゴメン。わたしとあなたのお母さん、付き合ってるんだ」


 困った様子で言葉を詰まらせていたお母さんの代わりに、ポーカーフェイスで遊香が素っ気なく答える。もちろん、ふたりの手はずっと握られたままだ。


 付き合ってる……?


 わたしのお母さんと……?


 同級生の遊香が……?


 混乱するわたしは、次になんといえば良いのか言葉がまるで浮かんでこなかった。

 相変わらず無表情の遊香の隣では、うちの母親が苺みたいに真っ赤な顔をして愛想笑いを浮かべていた。


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