異伝その3 その紅蓮の拳を心に刻め!

「よし、特務騎士団ジョーカー各機展開。作戦に備えな」


 私がイザベル率いる部隊の面々とやって来たのは、帝国との国境沿いの森林地帯。イザベルを呼びに来た褐色美人のカリナさんによると、どうやらこの辺りで味方の部隊が多く襲撃を受けているみたい。というわけで、その敵の討伐に駆り出されたというわけよ。


 カリナさんはスタントン西方王国の四大騎士団――もっとも最近は五大騎士団と呼ばれているらしい――である、ハートの騎士団の団長さんなんだそうだ。イザベルもそうだけど若いのに凄いわ。それにイザベルの事を実の妹の様に可愛がっているみたい。


「レイナ、あんたは関係ないんだし、王都にいてよかったんだよ?」

「何度も言うけれど一宿一飯いっしゅくいっぱんの恩義ってやつよ。足手まといにはならないわ」

「そこは心配してねえけどな」


 酷い悪路の森だけれど、ここを抜けられると一気に本隊の脇をつかれる。だから四大騎士団の騎士たちより、足場が悪い環境で戦い慣れているイザベル達にお鉢が回ってきたらしい。彼女曰く、「いつも通りな面倒ごとの処理」なのだそうだ。


「念を入れ過ぎて戦力を遊ばせているわけではありませんのね?」

「レイナの姉御、昔のならともかく、今のお坊ちゃん王子に限ってそれはないですぜ。きっと何か読みがあるはずでさあ」


 えーっと、この戦いの総指揮を務める第三王子スチュアート殿下の事かしら? 少しご挨拶申し上げたけれど、ディランに負けず劣らず正統派のファンタジー世界王子様だったわ。きっとお淑やかで素敵な婚約者がいるはずよ。


「――気をつけな! 何か来るよ!」


 イザベルが叫ぶが早いか、こちらの陣地に何かが飛んできて爆発が起きた。


「マーカス! 大丈夫か!?」

「気絶しただけみたいです姐さん!」


 一機の魔導鎧マギアメイルが崩れ落ちたけれど、爆発で気絶しただけみたいね。でも今飛んできた物、私の見間違いじゃなければなんかピーマンみたいな爆弾だったような……?


「――! 《光の加護》よ!」

「サンキューレイナ、助かったよ!」


 今度は間に合った。私の魔法が何本も飛んできた石の槍を防ぐ。この世界でもバッチリ通用するようね。


「ほう、俺の魔法を防げる魔法使いを部隊にいれたか“鉄拳令嬢”」


 男の声と共に、数十機の魔導鎧が姿を現す。泥をまとっているわ。なるほど、それを迷彩にしていたから接近に気がつけなかったのね。


「誰なの?」

「バルトロメっていう傭兵屋だ。しつこく帝国に与しやがる」


 あー、ブルーノみたいな。どの世界にもいるのね、こういう人たち。


「あんたの顔は見飽きたのよバルトロメ!」

「そう言うな“鉄拳令嬢”、今日はゲストも用意してある」

「ゲスト?」

「危ないわイザベル! 《光の壁》よ!」


 森の中から大量の何かが飛来し、私の造った魔法の壁にポコポコと当たる。これは……カブだわ。ちなみに七草のスズナはカブの葉よ……え、カブ? やっぱりさっき見た飛んできたピーマンって……。


「これは……まさか!」

「”戦う農夫”マッサーナ! そして魔導鎧〈ベルデュラス二毛作にもうさく〉! 久しぶりだなァ、“鉄拳令嬢”ォ!」

「お前、生きて……!?」

「野菜ちゃんと食ってるとなあ、ビィタミンが身体に良いから丈夫になんだよォ!」

「くそ……! レイナ、気をつけろ! 油断すると耕されるぞ!」

「え? え、ええ……」


 つまりさっきのお野菜は、この旬のお野菜みたいにやたらカラフルな魔導鎧の放った魔法攻撃。えーっと、地属性魔法の植物操作を野菜に使った感じかしら? 今度私もやってみようかな。


「“鉄拳令嬢”、憎きお前を倒して本陣をおとさせてもらうぜ! 攻撃開始!」

「来るぞ! 特務騎士団ジョーカー全機、かかりな!」


 イザベルが殴りかかり、それに続いて騎士団の各機も殴りかかる。戦術なんてないように見えて、ジャンさんやカルロさんが合わせて上手く回っている。ようし私も。味方が近いから火力は抑えて――って来た!?


「お前、トメイトォみたいな色合いだなあ!」


 へ、変なのに絡まれたー! よりによってなんで私の所に!? 一宿一飯の恩義は返すけれど、変人ノーサンキュー!


「お前、野菜は好きか?」

「え、ええ、まあ……」

「よく言ったァ! たっぷり食わせてやるぞ野菜魔法《爆裂ピーマン》!」


 飛んでくる大量のピーマン。やっぱりさっきの見間違えじゃなかった! というか爆裂!?


「ええい、《熱線》!」


 とりあえず〈バーズユニット〉で《熱線》を放って処理。するとボボボンと爆発。ああ、やっぱり爆裂ってこういう……。


「お、俺のピーマンを……! 食えよ野菜ィ!」

「爆発しちゃ食べられないでしょ……」

「お前も……、お前もピーマンが苦くて食えないと申すかァ! ピーマンだって頑張って生きているんだぞォ!」

「いえ、ピーマン結構好きですわ。肉詰めとか」

「ご託はいいんだよォ! 野菜魔法《人参槍にんじんそう》!」


 今度は人参!?


「〈フレイムピアース〉! 人参なら……切る!」

「俺の人参がァ!?」


 とりあえず切ってみたけれど、普通に切れるのね。切断面を見ても普通に人参だ。イッツアお野菜。


「こうなったら野菜魔法秘奥義! 《真大根乱舞しんだいこんらんぶ》!」


 マッサーナはおもむろに大根を造り出した。いえ、大根だけじゃないわ。キュウリや南瓜、トマトにナス。ありとあらゆる野菜が宙を舞い、猛烈な勢いで迫ってくる。


「驚いたか? 驚いただろォ! 野菜だってオールスターでコラボなんだよォ!」

「ええい、まったく意味が分かりませんわ! それなら――!」


 私は目を瞑り集中する。ここは厨房だここは厨房だここは厨房だ。唱えるごとに三度、私の感覚は研ぎ澄まされ、〈フレイムピアース〉は包丁となる。


「見えた! てりゃあああ! みじん切り! かつら剥き! 輪切り! 短冊切り!」

「な、なにいいいッ!?」


 切る切る切る。どんどん切る。野菜なんて切ってしまえばいい。小さく刻めば野菜が苦手な子でも食べてくれる。


「《造形》せよお鍋! 《水流》、《火炎》!」


 即席の巨大お鍋を造り、具材を放り込み、水を入れて熱する。鍋か天ぷらにすれば大体の食材は食べられるのよ!


「はい! 野菜スープいっちょあがり!」

「俺の秘奥義を美味しくいただくだとォ!? 貴様、何者だァ!?」

「私? 私は“紅蓮の公爵令嬢”……いえ、エンゼリア王立魔法学院お料理研究会終身名誉会長レイナ・レンドーンですわ! 私のお料理の腕を舐めないことね! オーホッホッホッ!」


 お料理研究会創設者として、ここで負けるわけにはいかないわ。


「さあ、あなたも強火であぶられなさい! 《火竜豪炎》! 〈フレイムピアースドラゴンフレイム〉!」

「そ、そんなバーニャカウダーッ!!!」


 炎の竜に飲まれ、カラフルな〈ベルデュラス二毛作〉は爆散。謎の断末魔を残してマッサーナは散った。まあβカロチンの力で生きているかもしれませんけど。


「レイナ、やったか!」

「ええ、イザベル! そっちは?」

「森を使ってゲリラ戦術仕掛けてくる相手を、気合で追い詰めてる!」


 気合て。Oh、イッツ体育会系! パッと見渡した感じ、アンナさんが火で退路を防いだところにみんなで追い立てている感じだ。なんだかんだ作戦なのね。


「そろそろ決めるよ!」

「おいおい“鉄拳令嬢”、もう少し付き合ってもらうぜ!」

「バルトロメ、あんたに使う尺はない! 《黄金のゴールデン鉄拳アイアンフィスト》!」

「うおっと! 《泥沼》! 《泥壁》!」


 敵はこのぬかるんだ地形をよく利用して立ち回る。さすがは名うての傭兵部隊といったところね。


「イザベル、力を貸すわ!」

「助かるよレイナ! それなら私も、神級魔法《無限の声援》!」


 神級魔法!? イザベルも神級魔法を!? 唱えたイザベルの〈アイアネリオン〉が光り輝く。なんだろう、歓声が聞こえる。身体の底から力が湧いてくる。


「な! これはクラウディオ様が仰っていた……!」

「もう遅いよバルトロメ! 行くよレイナ! 天上天下唯我独尊……」

「わかったわイザベル! お料理大好き絶対美少女……」


 その強い意志の様に銀色に輝く〈アイアネリオン〉、赤く炎の様に輝く〈ブレイズホーク〉。今、二つの拳が一つに重なる――。


「「令嬢必殺《紅蓮のブレイズ鉄拳アイアンフィスト》ッ!!!」」


 銀と赤、二つの織り成す螺旋に貫かれてバルトロメの機体は爆散した。

 私はイザベルとハイタッチをしてお互いの健闘を称える。そこに言葉はいらない。“紅蓮の公爵令嬢”として生きてきた私、“鉄拳令嬢”として生きてきたイザベル。言葉はなくともお互いの全てを理解できた。


 なお、野菜スープはみんなで美味しくいただきました。



 ☆☆☆☆☆



「神級魔法《紅蓮火球》!」

「へぇー、あれが次元の穴ってやつか。もう少しここにいてもいいんだよ?」


 あの戦いから数日が経った。あれから私はイザベルのご両親やお兄さんと会ったり、いろいろと楽しく過ごさせてもらった。


「この世界は楽しかったわイザベル。でも私には帰らなくちゃいけないところがあるの」

「そっか。そうだよな」


 スタントン西方王国の王都から少し離れた草原。イザベルや彼女の部下を始め、多くの人が見送りに来てくれた。


「これ、お弁当です。帰る途中で召し上がってください」

「ウヒヒ、ありがとうセシリーさん!」


 セシリーさんのご飯は美味しい。この数日、お互いの世界の料理を教えあったりしたわ。


「レイナ殿、一つ頼まれてくれるでござるか?」

「なんですかオシルコさん?」

「拙者の元同胞である十六魔将の面々に出会ったら、拙者は元気にやっていると伝えてほしいで候」

「え……、あ、はい」


 なんだろう。帰り際にバトル漫画っぽい設定増やさないでほしいこのぬいぐるみ。


 他にもジャンさんやカルロさんを始めとしたジョーカー騎士団のチンピラな見た目の面々は泣いてくれたし、ドエムのアンナさんからは「キャラ被りするから清々しますわ」とか言いながらも泣かれた。私はドエムじゃない。


「じゃあね、“鉄拳令嬢”」

「ああ、“紅蓮の公爵令嬢”。気が向いたらまた来な」

「ウヒヒ、今度はを連れてきちゃったりしてね!」


 いないけど。


「彼氏……、かあ……」


 なんだろう。急にイザベルが照れたように頬をポリポリとかく。


 ――これは……乙女の顔だ! まさか!?


「イザベル、彼氏いたの……?」

「いや、彼氏というか婚約者だな。ほら、お前も一度会ったスチュアート。あいつだ」

「え?」


 バトルサイコー! な感じで生きているイザベルに限って、彼氏がいるなんて思わなかったわ。しかもあの超絶顔が良い人。なにこの敗北感。


「そ、そう……。お幸せに……」

「ん? ああ、ありがとな」


 ええ、幸せに生きるがいいわこんちくしょう。子宝に恵まれて末永く夫婦円満でいなさい!


「それじゃあ、私行くわねイザベル」

「ああ、またなレイナ!」


 なんか最後にとてつもない敗北感を味わったけれど、みんな良い人たちで良い世界だったわ。なんというか世界がたくましいわね。こうして私は“鉄拳令嬢”イザベル・アイアネッタが活躍する世界を後にし、再び次元の狭間を彷徨うことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る