第225話 伝説の満月の夜に

「来るよレイナ! 《光の加護》よ!」

「ぐうっ……!」


 飛んでくる黒い炎を避けるために、レバーを押し込み加速させる。すると凄まじい負荷が私にかかる。

高速で飛んでくるはずの黒い炎が、まるで止まっているようにさえ感じる。これがパトリックの強化魔法……! 彼はいつもこんな超高速の世界で戦っているのね!


「大丈夫かい、レイナ?」

「ええ、大丈夫ですわ。心配してくれてありがとう」


 いやいやいや、若干だいじょばないんですけれどね。え? 身体への負荷すごっ!? これ慣れてない私は長くもたなくありませんこと?


 視界の先にいる〈ワルキューレ〉は、何か考えているように空中で止まる。そして、その姿が歪んだ。


「分身した!?」

「落ち着いてレイナ、本体は一つだよ」


 私たちの〈グレートブレイズホークV〉を分身した〈ワルキューレ〉が十重二重に囲い込み、黒い炎を雨の様に浴びせてくる。そういえば前回戦った時も、分身して私の《火球》百連発を相殺してきた。元のルシアにはなかった攻撃パターンね。


「パトリック、鍛え上げた武人の心眼的なもので、敵の本体はわかりますか?」

「君が言うなら、やってみようか」


 後ろを振り返らなくてもわかる。パトリックがとてつもなく集中している。操縦席をピリピリとした空気が包み込む。


「十字の方向! 斜め上の左から三機目!」

「わかりましたわ! 〈グレートフレイムピアース〉!」


 私は二振りの剣が合体した、〈グレートフレイムピアース〉を引き抜いて吶喊する。パトリックの強化魔法で速度は通常の〈ブレイズホーク〉の数倍。避けられる突撃じゃないわ!


「――もらった!」

「…………!」

「右足だけ!?」


 避けられる攻撃じゃなかった。普通だったら――。〈ワルキューレ〉はこちらの接近に気がつくと、空中でハルバードを振るって無理やり姿勢を変えた。結果として私は敵の右足しか奪えなかった。空中戦をしている以上足なんて飾りだし、外したことの方が痛い。


「反撃来るよ!」

「わかっていますわ!」


 そのままぐるんと叩き込まれたハルバードを、剣で受ける。重い重い一撃だ。やっぱりこいつの性能はおかしいくらい高い。


「ごめんあそばせ!」

「…………!?」


 敵の攻撃を剣で受けつつ、腹に蹴りをお見舞いして距離をとる。あら、足は飾りじゃありませんでしたわ。これで二発蹴りを叩き込んでやった。あーすっきり!


「パトリック、お願いします!」

「了解! 魔導エンジンフルパワー、《光子大剣》最大出力ッ!!!」


 あら熱血。パトリックの気合の雄叫びと共に、〈グレートフレイムピアース〉が長大な光の剣へと変貌していく。


「そこに私の魔力も注いで!」


 パトリックの〈光子大剣〉は、光の魔力を剣状にして敵を切り裂く魔法だ。だから私も魔力を注ぐ。二人の剣が合体した〈グレートフレイムピアース〉は乗せられる魔力の限界も高いから、もうじゃんじゃん注いじゃう。


「《紅蓮光子ブレイズフォトン大剣グレートソード》!!!」


 長大な光の剣は、炎の様に赤く燃え上がる。それは大切な人たちを危険な目に遭わされた、私たちの怒り。それは世界を覆う混沌を打ち払おうとする、私たちの情熱。ビルほどに大きな大剣を構えて、超高速で接近する。今度は逃がさない!


「僕達の情熱をッ!!!」

「受けなさいッ!!!」

「…………!」


 〈ワルキューレ〉はその手に持つハルバードで攻撃を受け止めようとするけれど、当然その程度じゃ耐えられない攻撃よ。ハルバードにはひびが入っていき、赤いラインの入った黒銀の装甲が、次々とめくれていく。


 ――その時、を覚えた。


 まるで自分が今この瞬間にここにいないような感覚。私は今戦っているはずなのに、違う私が舞踏会でデザートに舌鼓をうっている。そんなバカげた感覚に、リアル感を抱いてしまう。


「レイナ!」

「――! 敵は!?」


 パトリックの呼びかけではっと我に返る。気がつけば振り下ろした剣の先に敵はいない。一体どこに……?


「上だ!」

「あれは……!」


 だ。あの紺色の魔導機が、半壊した〈ワルキューレ〉を抱えて満月を背にして飛んでいる。なんなのあの人、回収屋さんか何かなの?


「ごめんなさいパトリック、私なぜかぼーっとしていて……」

「いや、多分敵が何かしたんだ。僕も気がついたら一瞬のうちにあいつが出現していた」


 おかしい。何か魔法的な兆候はなかった。いったい何が起こったというの……?


「逃げる!? 追いかけましょう!」

「当然!」


 夜空をぐんぐん逃げていく紺色の魔導機を、私たちは追跡する。


「待ちなさい! ――!? なんで追いつけないの!?」


 パトリックの強化魔法で速度は当然こちらが勝っているはずなのに追いつけない。敵の魔法? いえ、やっぱり魔法的な反応は何も感じない。だとすればこれは一体……?


「そろそろ港だ!」


 夜の平原を飛んで突き抜け、そろそろ海が見えてきた。いくら航続距離を伸ばした機体でも、このまま海峡を渡ることはできないはず。追い詰めたわ!


「――!? パトリック!」

「そうだね。魔力反応が消えた」


 魔導機のコアは魔力を注ぎこんで起動している限り、特定の魔力反応を発しているわ。だから電波的なレーダーの発明されていないこの世界でも、魔導機の位置は判別できる。けれど今、その反応が消えた。


「この辺りにあいつの根城が?」

「わからない。けれど魔法的な反応も含めて、海峡は厳しい管理下に置かれているし、海を越えるのは無理だろうね」


 今は確か王命でトラウト家が管理しているんですっけ? なら大丈夫だと思いますけれど……。


「倉庫の数も多いし、騎士団に捜索を依頼しよう。長く戦っているし、ロスリグレス城に戻ろうか」

「そうですわね。戻りましょう」



 ☆☆☆☆☆



「「「レイナ!」」」


 ロスリグレス城に戻ると、ディラン達が迎えてくれた。参加者たちも歓声をもって迎えてくれる。


 お城は火事こそ消し止められているみたいだけれど、降り注いだ落雷で結構な被害を受けているようだ。でも迅速な避難指示とパトリックの頑張りによって、お城の被害程に人的被害は出ていないみたい。良かったわ。


「ディラン、みんな、よく無事で――おわっと!」

「レイナ!」


 〈ブレイズホーク〉から降りた私は、戦いの疲労からかよろけてこけそうになってしまった。近くにいたディラン、ルーク、ライナス、パトリックがすかさず支えてくれる。


「大丈夫か?」

「ありがとうライナス、みんな」


 ウヒヒ、みんなお優しいですわね。でも四人がかりって、王子様に手をとってもらうお姫様というよりも、介護してもらっているご老人って感じだわ……。


 ――リンゴーン、リンゴーン、リンゴ―ン。


 その時、鐘の音が響き渡った。これは――。


「……伝説の鐘?」


 ロスリグレス城で行われる月下のムーンライト舞踏会ダンスパーティー。その舞踏会には一つの伝説があるわ。なんでも午前0時を迎える時に一緒に踊っていた男女は、生涯深い愛によって結ばれるというものだ。――現在午前0時。私の手を取ってくれている方は、ディラン、ルーク、ライナス、パトリックの四人。


「うーん、踊っていないからノーカンか?」


 気まずい沈黙の空気を読まずに、ルークが発言する。


「ど、どうでしょうか? ねえディラン?」

「え、ええ!? いや、僕としてはその……」


 え、そりゃあ前世から憧れの王子様だし、この中の誰かとラブロマンスなことになればそりゃあ素敵なことだと思っているわよ? でも大丈夫? 四人全員って欲張りすぎない? どう考えたって私刺されるでしょ? ……ま、ルークの言う通り踊っていないからノーカンで。


「レイナ様!」

「お嬢!」

「エイミー、リオ、あなた達も無事だったのね!」


 私は駆け寄ってきた友人たちと無事を喜び合う。ビバ女の友情! この二人とならラブなトークにならないから刺される心配はない!


「そうだ! ルビーとルイは!?」


 あの二人も今年から月下の舞踏会に強制参加な年齢だ。パーティーの途中で少し話したけれど、無事に避難しているかしら?


「それならほら、あちらに」

「あっち? ――あ、あれは……!」


 私はエイミーが指し示した方を見る。

 ものすっごい男の子に囲まれて、そんなの関係なく気合と共に剣を振り回しているルビー。ものすっごい女の子に囲まれて、そんなの関係なくめんどくさそうに本を読んでいるルイ。完全にハーレム&逆ハーレムだ。


「無事そうね……」


 いえ、当然無事なのは喜ばしいんですけれどね。へー、ふーん、ほー。二人ともモテるんだ……。

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