第205話 さあ内戦の始まりですわ

前書き

ディラン視点スタートです

――――――――――――――――――――――――――――


 未だに心の中で踏ん切りはついていない。けれど現実として、レンドーン公爵とその一党は挙兵した。


 だがその目的は無実であることを証明するためだと言う。僕も父上の説得を試みたが、聞く耳をもってはくれない。振りかざした剣は簡単に降ろすことができないのだ。


「お悩みですか、殿下?」

「叔父上! まあそれは当然……」


 声を掛けてくれたのは叔父であるトラウト公爵だ。宮廷魔導士を務める博識な人物で、縁戚である以上に父上の信頼がある。


「叔父上はまだ王都に? 北方の軍団を預かっているはずでは?」

「少し野暮用がありまして」

「野暮用?」


 叔父上も父上を説得してくれていたみたいだけれど、父上の意思は変わらなかった。レンドーン公爵討伐が決まってからは、粛々と軍備を進めていたはずだ。


「ルークたちは割り切っていましたけれど、僕はそう簡単に割り切れません。レンドーン公爵をどうして……」


 王家の人間として、反乱者は討たねばならない。それがよく仕えてくれたレンドーン家であってもだ。それにレンドーン家には彼女が……レイナがいる……!


「あれとて平気なわけではありません。もちろん私もです。ただ今はそういう風に振舞っている。殿下も反乱者を討つと考えていればいいのです。……」

「今はまだ……?」

「おっと、おしゃべりが過ぎました。私は急ぎ北方へと戻らねばなりません。それではご武運を」



 ☆☆☆☆☆



「皆よく私の考えに賛同してくれた。これは謀反ではない。レンドーンが真の忠臣であると王にお伝えするための戦いである!」


 集まった一族、参集した貴族達の前でお父様が檄を飛ばす。対決するのが王である以上、なんと言おうともこれは反乱に映る。そういったこともあって、レンドーン派閥の貴族ですら全員は揃わず、戦力としては心もとないのが実情だ。バットリー子爵を始めとした南部諸侯は日和見を決め込んでいるし、一翼を担ってほしいラステラ伯爵まで王家側についた。


「死した犬に番犬の役割は果たせない。我らに番犬に相応しき牙があることを陛下にご照覧し、この王国の為に働けることを示すのだ!」


 聞く耳をもたないのなら無理やりにでも交渉の席につかせる。私たちレンドーン家一党の目的はそこにある。


「北方からはトラウト公爵の軍勢が中心に攻め寄せる。守りはレオナルドが」

「承知しました兄上」


 レオナルド叔父様は優秀な人物だ。きっと大丈夫。精強な魔導師部隊が怖いけれど、そこは「ほっほっほ、マーティンの奴めに一泡吹かせますかのう」とか言いながら駆けつけてくれたマッドン先生を信じる。なんて言ったってマッドン先生は、ルークのお爺様であるマーティン様と並ぶ王国魔法使い界のレジェンドで私の師匠だからだ。


「南方からはアデル将軍が率いる軍勢。守りはハンフリー殿にお願いする」

「お任せあれ」


 襲撃事件の被害を受けたハンフリー様もすっかり傷が癒えた。ちょっとアホでキザなところはあるけれど、優秀で気さくだ。たぶんアデル侯爵の用兵にも対抗できる。たぶん……きっと……。


「後方のラステラ伯に対する抑えは、テオドーラ殿が」

「うむ。了解いたした」


 テオドーラ様は、襲撃を受けたトレイシー叔母様の娘にあたる女性だ。剣の腕が冴えわたる男勝りという言葉も失礼なくらいの女傑。武人口調で真面目でその上美人。私に対しても昔から優しい。


 そんな彼女だが、今年二十八歳でこの世界的に婚期を大幅に逃しつつある。ミニスカートを履いたり実はぬいぐるみを集める趣味があったり可愛らしいところがあるのに……。


「そして皆が耐えてくれている間に、私が指揮する本軍が陛下の本軍を中央で打ち破る」


 ディラン達は王都へと呼ばれていた。事前の陣形配置を見ても、彼らはまとめて中央の部隊にいると思う。侵攻してくるその部隊に一撃をいれて食い破る。そして目指すは講和だ。


「さあレイナ、戦いに行く皆に女神様からのお告げを」

「ええお父様――」


 この戦いに先立って、私はいつもの聖堂で女神を呼び出していた。その時のやり取りを思いだす――


『はあい、来たわよお~。最近呼び出し多いわね~』

「いいじゃないの。こっちは滅茶苦茶大変なのよ」

『そうみたいねぇ~。あらかじめ言っておくけれど、私は関係ないわよ~』


 相変わらず威厳も何もない口調だ。こっちだって今回はおとぼけ女神の事を疑ってはいない。


「安心なさい、別に今回はあんたに文句をどうこうじゃないわ」

『じゃあどういうことぉ~?』

「えー、戦いに臨む我がレンドーン家の人たちに一言……」

『まあせいぜい頑張ってぇ~』


 ――かるっ!?


「あんた軽すぎない? こういう時こそ女神口調でになる発言をしなさいよ」

『私の感覚から言ったら人の寿命って一瞬だしぃ~。今死のうが十数年後に死のうが世界の安定に変わりないなら別に関係ないからね~』


 こいつぶっちゃけやがった! なんというクソGMゲームマスター。クソ世界の管理者。悔しいけれど、今だけはハインリッヒの傲慢な神々とかいうセリフに同意するわ。


「あれ……? ということはあんたってものすんごいおばあちゃ――」

『それ以上言ったら消す。七日七晩続く空前絶後の巨大ハリケーンを複数発生させて、世界ごと消す』


 いつにない真面目さ。地雷だったのかしら? 女神とはいえ女にとって年齢の話しは禁句なのね……。


「あー、もういいわ。こっちでなんとかするから」

『あらそうなのぉ~? それじゃあ頑張ってねえ~、骨は拾ってあげるわ~』


 全く。他人事だと思ってこのおとぼけ女神は……!



 ――以上、回想終わり。


 というわけで、まるで役に立つ情報は得られなかった。かくなる上は……!


「風の女神シュルツは私に語りかけました。『正義はあなたたちにあり。この戦い、女神の恩寵の下に必ずや良い結果をもたらします』と!」

「「「おおおおおおおおっ!!!」」」


 うん、やっぱりこの世界で女神のお言葉の効果は絶大だ。涙を流して喜んでいる人もいる。大丈夫。嘘も方便って言葉があるから。むしろイメージ向上に協力してあげているから、感謝してほしいわよおとぼけ女神。


 迫りくる討伐軍。レンドーンの旗に集った者達は、勇気と共に戦いへと向かった。



 ☆☆☆☆☆



「……って、私はまだ待機なんだけれどね」


 皆は戦いへと向かった。けれど私はまだ出撃できない。なぜかと言うと、エイミーが持って来た新しい〈ブレイズホーク〉はまだ未調整。とりあえず組み上がっているけれど、細部を調整しないとまるで使い物にならない。


「お嬢様、現在鋭意作業を行っています。しばらくお待ちください」

「ええ。でもなるべく急いでね。戦いはもう始まっていますから」

「それはもちろん」


 作業を行っているのはエイミーではない。彼女は既に前線に出ており、別の技術者の皆さんが作業をしている。


(ほんとにみんな、無事でいてよ……!)


 敵も知り合い、味方も知り合い。内々うちうちの戦いなんてろくなものじゃない。こんな戦いさっさと私の力で終わらせてやるわ。けれど今はみんなが頼りだ。お願い、どうか無事でいて……!



 ☆☆☆☆☆



 軍議の結果、レンドーン領へと通じる四つの主要な街道を、僕――ディラン、ルーク、パトリック、ライナスがそれぞれ率いる四つの部隊で攻めることになった。


 レンドーン家が独自に改良を施した〈イグナイテッドイーグル〉の性能は高い。そして何より敵にはレイナがいる。間違いなく厳しい戦いになる。


「殿下、斥候が前方に敵魔導機部隊を確認いたしました」

「わかった。まだ仕掛けるな、僕が名乗りを上げる」

「殿下自ら!? き、危険です……!」

「内々の戦だ。貴族の精神を欠こうものなら、禍根を残す」

「は、了解しました」


 話し合ったわけではないが、先陣を志願した四人の心の内は同じだろう。こうなった以上、なるべく被害のないように戦いを終わらせる。街道を進むと、見慣れた魔導機が出迎えてくれた。


「シ、シリウス教諭……!」

「ディランか。やはり予想通り先陣はお前たちのようだな」


 あの専用の魔導機、先の戦争では僕達の部隊長だったシリウス先生の物だ。そしてその隣の機体は――!


「その〈イグナイテッドイーグル〉、レイナですか!?」


 〈ブレイズホーク〉が大破した後、先日の戦いでレイナが乗ったカスタム機だ。まさか早速彼女が相手か?


「ご期待にそえず申し訳ございません、ディラン殿下」


 聞こえてきた声は女性だが、レイナとは違う。しかしこの声には聞き覚えがある。それは確か――、


「まさか、クラリスですか……?」

「いかにも。私はクラリス、レイナお嬢様にお仕えするメイドです。お嬢様に代わって、殿下のお相手を務めさせていただきます」

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