第125話 想いをかける者たち

前書き

今回は複数回視点が入れ替わります。最初はディラン視点です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「《雷霆剣》! 大丈夫ですか!?」

「はい! 申し訳ありません、助かりました殿下!」


 なんとかギリギリのところで戦線は持ちこたえている。本当にギリギリだ。少しのボタンの掛け違いがあれば、すぐに戦線は崩壊するだろう。


「轟け《雷の旋刃》!」


 わかっていたことだが、それほどまでに敵は強大でそして気が遠くなるほどの数が攻めてきているのだ。だが心が折れては負ける。僕がではない。戦場ではなくてもそうなのだが、諦めや落胆という負の感情は周囲に伝播でんぱする。一瞬一瞬の出来事が生死に直結する戦場ならばなおさらだ。気を引き締めさせなければ。


 ――ドーン!


 戦場にとりわけ大きな轟音が、遠方から響き渡る。それに合わせるように夜明け前の夜空が一瞬、深紅に彩られる。


「あの方向は……!」


 あの方向、あの炎の輝き、間違いなくレイナだ。あれを見ろ、勝利へと導く輝きだ。彼女はまさに今勇敢に戦っている。


「王国の盾とならんとする友よ、勝利の夜明けは近いぞ!」


 ハッタリでもなんでもかまして味方を奮い立たせる。そう、第二王子たるこの僕が前線で指揮をとることこそ最大のハッタリだ。


「――ッ!」


 兵を鼓舞する僕の下に、一機の魔導機が吶喊とっかんしてくる。

 この武器は……、たしかトンファーと言ったか!


「ディラン・グッドウィン第二王子とお見受けいたす。帝国鎮護ちんごの十六人衆が一人、“怒涛どとうたる”ユルゲン・タールベルクがお命もらい受ける!」

「残念ですがあげることはできませんね!」


 敵の攻撃を受け止めながら言い返す。僕が倒れれば一気に総崩れだ。負けるわけにはいかない。しかしこの男、言うだけあってなかなかの使い手のようだ。


「殿下、加勢します!」

「手助けはいい! 副官、部隊をまとめてください!」


 名乗りからして、この男は恐らく侵攻軍の中でも選りすぐりの部類だろう。なら逆に討ち取ることができれば形勢は大きくこちらに傾く。


「さあ、王国第二王子“万能の天才”ディラン・グッドウィンがお相手しましょう」



 ☆☆☆☆☆



「《氷弾》! ルーク隊全機、魔導砲撃で前線を援護しろ!」


 まったく、指揮というやつは疲れるもんだ。これが上に立つ者の苦労ってやつか。俺は普段適当にやっているけれど、ディランのやつはいつも胃が痛そうにしてやがるもんな。


 さりとてこの俺も王族に近しい者。せいぜいこういう時くらいは、普段楽をさせてもらっている分“貴族の義務”ってやつを果たさないとな。


『ルーク、敵はこちらの指揮官機を狙い撃ちにするようです。気をつけて!』

「忠告ありがとよディラン。どうやら俺の所にも――来なすった!」


 叫ぶように答えながら回避する。――瞬間、いままで立っていた場所を光魔法の《光子弾こうしだん》が通過する。光属性の魔力を固めたその弾丸は、容易たやすく目標を貫く。


「お前が俺の相手か? なかなか良い《光子弾》じゃねえか」

「いかにも、私が貴公の相手を仕る“不可視なる”マクシミリアン・マンハイムだ。皇帝陛下からドルドゲルス十六人衆の称号を拝命している。短い時間だろうが宜しくしてくれたまえ」


 こいつ、さっきからにいたか?

 あの威力の《光子弾》を撃てるってことはまず間違いなく得意属性は光。であれば、光属性の――おそらく《光の鏡》あたりで乱戦の中近づいて来やがったか。


「いでよ《氷柱》!」


 俺は魔法で何本もの氷の柱を造り出す。光属性の欺瞞魔法は光を曲げたり変化させたりする魔法がほとんどだ。だがこの場では、氷の柱によって光が乱反射するため上手く使えなくなるだろう。


「どうだ? これでもうさっきの小細工は使えねえぜ?」

「フッ、なるほど。初手の攻防で私の手品のタネを見破りましたか。さすがは魔法の天才と称されるだけはある」

「よく知ってんのな。それにしても天才、天才ねえ……」


 本物の天才。それも“神に愛されている”と言っても過言ではないくらいの天才を昔から知っているから、俺に使われてもどうにもピンとこねえ。

 

 俺はレイナから貰ったお守りを握りしめる。あいつは俺の魔法のライバルであり、料理の師匠であり、そして――。


「まだ他の手品持ってんだろ? 無駄口はいいから俺に見せてくれよ、俺が高みに上るために」


 いろんな魔法を学んで、必ずレイナに勝利してみせる。そしてあいつに勝った時、そしたら俺はあいつに言ってやる。お前は俺の魔法のライバルであり、料理の師匠であり、そして俺の初恋の女だってな!



 ☆☆☆☆☆



「しつこいね君も!」

「貴方に言われると誉め言葉ですよ、パトリック・アデル殿!」


 敵の侵攻が始まるとすぐに遊撃部隊として戦場を駆け回り、敵をかき乱していた僕――パトリック・アデルの部隊だが、厄介な相手につかまった。


「しつこい男は嫌われるよ、《光子剣》!」

「なんの! 《炎熱斬》!」


 それがこの男、自らを帝国鎮護のドルドゲルス十六人衆の一人と名乗る“燃え上がる”ヴィム・シュタインドルフだ。年は僕と同じくらいだが剣の腕はかなりのものだ。それだけでも十分厄介なのだが、何より僕にとって厄介なのは……。


「うおおおおおおぉぉぉ! 燃え上がってきた!」


 ……この男の暑苦しい性格だ。一体何で僕がこんなのと戦わなくちゃいけないのさ?


「君を見ていると、どうももう一人の自分を見ているようだよ……」

「それは恐悦至極! さあ、わが剣を受けていただきましょう!」


 いやほんとね、剣を合わせるのを楽しんでいる自分が心の中にいるのがね。早く終わらせてレイナの下へと行きたいのに。


「まあいい、この戦いも最愛のレイナに捧げさせていただく!」

「戦場で好きだの愛だの女の名前を呼ぶとは言語道断ですよパトリック・アデル殿!」

「シュタインドルフ君、良いことを教えてあげよう。戦場で愛を語る余裕のない人間は死ぬよ?」


 レイナ、もし君が隣に居たら、この美しい夜明けを捧げよう。朝日に輝く君の横顔に、愛を語ろう。さあ、愛の太刀を受けてもらおうか!



 ☆☆☆☆☆



「《獄炎火球》十二発目!」


 ドーンと激しい音をたてて魔法が着弾し、激しい衝撃波で辺りを破壊しつくす。

 残骸、残骸、残骸。海岸に転がるのは魔導機の残骸の山だ。


 うん、よーし。なんか名乗りを上げようとした隊長っぽいおじさんの魔導機も、三発目くらいには粉砕できた。味方の損害もないし、万事順調問題なーし!


『お嬢様、お疲れ様でございます。今ので敵の第四陣の殲滅を確認にいたしました』

「ふーっ、熱いし疲れたわ。クラリス、紅茶でもいれてちょうだい」

『かしこまりました。とびっきりのお茶をいれさせて頂きます』


 夜はとっくに明けている。魔力はまだ全然平気なんだけれど、さすがに緊張感あるなかで戦い続けると精神的に疲れるわ。落ち着いたここらでティータイムと洒落しゃれこみたいところね。


『――! お嬢様、斥候部隊から報告です。敵の魔導機の一団が突如出現し、こちらに向かってくると!』


 突如出現、そして相手はドルドゲルス。これは向かってくる相手に心当たりがある。どうやらティータイムはおあずけみたいね。


「各員迎撃準備、早く終わらせて私にティータイムをさせてくださいな」

「「「はい、レイナお嬢様!」」」


 ――来た!


 魔導機の一団の先頭は、予想通りあの紫色の機体だ。私は〈フレイムピアース〉を抜き飛翔、斬りかかった。


「今日はあの変質者のハインリッヒはいないのかしら!?」

「私のご主人様を侮辱するとは許せません。私の名前はヴェロニカ。ご主人様の忠実なしもべとして貴女を倒します!」


 聞こえてきたのは若い女の声だ。また大層な名乗りですこと。何が楽しくてあんな変質者をご主人様なんて呼んでいるのかしら?


「よくも私の寝室を壊してくれちゃって! 私はあんたも許してないのよ!」

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