第105話 お嬢様は書類仕事もお得意

 書類、書類、書類。私の目の前にうず高く積み上げられた書類の山。土地の権利書や住民の陳情、そしてこの領地の各種資料。私が行っているのは見ての通り事務仕事。


 ルーノウ一派いっぱの反乱が鎮圧されたことによって、反乱にくみした貴族が大量失脚。それにともなって大量の領地が無主の地となり、反乱鎮圧に貢献した貴族に分配されていた。


 というわけで大殊勲の我がレンドーン家も領地が拡大。それも引き受け手のない土地を中心に引き受けたから大量の飛び地が発生。そうやって増えた飛び地の一つを、お父様の負担軽減と私の社会勉強を兼ねて担当しているというわけだ。


「いや、大変過ぎでしょ! 何よこの量!? 夏休みの宿題というには多すぎるわよ……」


 普通内政展開って前世の知識チートでウハウハじゃーって展開じゃないの!? なによこの地味な事務仕事の山は! まさか今世でも書類仕事をこなすことになるとは。


 今の私の知識に、内政に関して役立てそうな知識はない。所詮地方の三流大学の文系学部出身ブラック企業勤めの私にそんな便利知識は存在しない。


 私にわかるのはハーバー・ボッシュ法ってのが一人の人名じゃなくて、ハーバーさんとボッシュさんという二人の人名であるという今となっては役に立たない知識くらいよ。


 お料理が好きだから野菜の種類はわかるけれど、別に前世でも自分で育てていたわけでもないし、スーパーで購入していただけだから育て方は専門外だ。


 前世の農家の皆さん、スーパーの店員の皆さんありがとう。美味しいお野菜をたくさん食べることができました!


「とか仰りますが、お嬢様は他の事務の方より仕事の進みが早いみたいですよ?」


 クラリスに言われてまわりを見渡してみる。

 この部屋では他に何人かの事務の方が作業している。その作業の進捗状況を確認してみる限り、クラリスの言うように私の方が仕事の進みが早いみたいだ。それも倍近く。

 

 別に私だけが簡単な作業を割り当てられているということもない。単純に私の作業のスピードが速いのだろう。これはひょっとすると、前世でのブラック企業の経験が活きているのかもね。


 前世で私が務めていたブラック企業は一人の割り当て仕事量がとんでもなく多く、リアルに月月火水木金金、二十四時間働けますかの精神でいかなくちゃとてもこなせなかった。


 そうした中で事務作業の処理能力が自分でも知らずに成長し、さらに転生してからの十七年間でパソコンのない世界での作業に適応した結果がこれみたいね。


 思い返せば前世の記憶が戻ってからのお稽古お稽古で忙しい公爵令嬢生活も、前世のブラック激務に比べれば楽だの精神で頑張り抜けたわ。そう考えれば前世での経験も良か……ないわよ。前世での私の死因はその激務じゃないの。


 もし叶うことなら、前世の勤め先に《火球》を撃ち込んでやりたいわ。それはそれとして、拝啓セクハラパワハラの禿上司様には別に《大火球》を撃ち込んでやりたいと思います。敬具。


「まあお父様のお願いですし、がんばりますか」


 多忙なお父様がこれ以上仕事を抱えて、前世の私のようになってはいけないわ。まあ事務仕事の一つや二つ、ブラック企業で地獄を見てきたこの私に任せなさい。オーホッホッホッ!



 ☆☆☆☆☆



「さてと、この村ね」


 事務仕事にひと段落をつけた私は、今度は所領の中の村の一つへと実地調査へと赴いていた。書類上の話だけではわからないことも沢山ある。ならば現地におもむくのが一番ね!


「レイナお嬢様、この村の村長を連れて参りました」

「こんれは新すぃご領主のお嬢おん様。お噂はかんねがね聞いておりまんす。今日はわしらの村にどういったご用件でしょうかいの?」


 クラリスに連れてきてもらったこの村の村長さんだ。すごいなまり!

 私は村長さんに、持ってきた地図を見せながら説明する。


「こんにちは村長さん。お尋ねしたいのですが、この地図のバツ印が書いてあるところ。ここは本来川だと思うのですが、この年の地図以降は川として扱われていないのです。どうも記録が散逸して何があったのか残っていなくて……」


 村長さんは私の説明になるほどなるほどとうなずくと、村の中を通る溝を指し示した。


「あんれがその川だったんですけんど、何年も前に上流で落石があってん流れが変わってしまったんですんど。そんらみんな大層難儀しよってからに。どかそうにもわしらの魔力じゃどうにもならんど」


 なるほどねー。そして領主も有効な解決策を打たなかった、もしくは打てなかったと。農作物の生産量がこの年を境にがらっと変わっているのも納得ね。障害が物理的なものならまだ分かり易くてよかったわ。


「村長さん、私をその落石の現場に案内してくれるかしら?」



 ☆☆☆☆☆



 村長さん及び数人の村人に案内される歩くこと一時間程。元は川だった溝伝いに、いくらか山に入ったところが問題の場所だった。


「ご領主ん様、こんれがその大岩ですんど」

「これ、ね……」


 前任の領主が手に負えなかったところから予想していたけれど、これはとんでもない大きさね。目の前の大岩は私の身長の倍以上。巨石と表現するのにふさわしい大岩だ。


 どうしましょうか? いったん本領に戻って魔導機を手配して……というのも面倒くさいわね。ここは魔法でいってみましょう。


「今からこの岩を魔法でどかしますわ。皆さま、離れていてくださいますか?」

「魔法でこんの大岩を!? ご領主ん様がですんか!?」

「そんなの無理だあ。こんなのどかせっこねえ」

「怪我しちまうよお、やめときねえ」


 村長さんはじめ、案内してくれた村人たちが疑問と驚愕の声を上げる。それを聞いて、私の横に控えるクラリスが厳しい目をする。


「レイナお嬢様に無礼ですよ、口を慎みなさい」

「良いのよクラリス」


 戸惑うのも無理はないわ。この世界の人々みんなが魔法を使えるとはいえ、平民の大半は生活を少し便利にする程度の魔法しか使えないのですもの。例えば火属性ならマッチくらいの火を起こしたり、水属性ならコップ一杯の水を出したりみたいにね。


 エンゼリアに通う私の中の基準が高いだけで、魔法に縁の遠い一般市民からしたらこんな大岩をどかすなんて話は眉唾よね。


「論より証拠。お見せしますわ」


 日が暮れるのも嫌だし、さっさとやりましょうか。この岩をどかして水の流れを元に戻しても、不利益をこうむる人がいないのは確認済みよ。


「さて、そういえば講義でも岩を砕いたわね……」


 あの時の岩はずっと小さかった。けれど今の私の魔力コントロールと魔法の威力ならやれるはずよ。


「必殺《魔法式ミキサー》!」


 まず私は両手に《旋風》の魔法でつくったドリルで大岩に穴をあけていく。岩を砕くのに大きな威力の破壊魔法は必要ないわ。工夫をすれば……。


「さあ、離れてちょうだい。《水流》!」

「おおっ、あんの大岩が!」


 魔法で穴があけられヒビが入っていた大岩に、勢いよく水流が流れ込み岩を砕く。あれほど巨大だった岩は、みるみるうちに沢山の小さな岩となった。


「さあ、あとはこれをどかせば完成よ。手伝ってくださいな」



 ☆☆☆☆☆



 あれから村長さんはじめ村の人たちにすごく感謝された私は、調子に乗って村のいくつかの問題を魔法で解決していった。おかげで新しい領主である私の覚えは抜群。良い関係を築けそうだわ。


 ウヒヒ、それにしても魔法って便利よねー。上手く使えば重機要らず機械要らずだわ。まあ湯水のように魔力を使える私だから言えるのかもしれないけれどね。


『ご領主ん様は神様んに愛されておるんど』


 褒めてくれるのは嬉しいけれど、この表現は嫌だ。愛されているかはともかく、魔力チート貰っているから否定しづらいのがさらにやだ。


「それにしても領主って大変よねー」

「お嬢様がそれを感じてくだされば、旦那様もお喜びになられると存じ上げます」


 前世で社畜ってた私でもこれは参る。地位には責任、権力には相応の対価。やっぱりお貴族様も楽はできないわよね~。


 ☆☆☆☆☆


☆レンドーン公爵家

 始祖が初代グッドウィン王の乱世統一に貢献し、建国の際公爵の地位を賜ったのが興り。代々篤実な性格の家系で王国の財務を司り“王国の金庫番”と称される。王家との関係は良好。ルーノウ派閥に対抗するために勢力を拡大した結果、現在では王国の最大派閥を築いている。

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