第90話 お嬢様は姫になりたいわけではない

「ふう……、なんとか勝ったわね……」


 ずっとあわあわしていた気がするけれど、何とか無事に模擬戦に勝つことができたわ!

 いえ、個人的には勝ち負けはどうでもいいのですけれど、一番安全なルートを検討した結果勝ちに行くのが正解っぽかったしね。


「レイナ、まったくお前には敵わねえよ」


 魔導機から降りると、先に降りたのだろうルークが話しかけてきた。

 良かった。怪我はないみたいね。


「そんなことありませんわルーク、紙一重かみひとえの戦いでした。特に最後の分身するやつは忍者みたいですごかったですわよ」

「ニンジャっていうのはよくわからないが褒めてくれているみたいだな。ありがとな」

「オホホ、忍者の部分は気になさらないでください。あんな分身いつ覚えたのですか?」


 熱風を起こしてかき消すのをとっさに試して成功したからよかったけど、魔導機で分身なんてしだして本当にびっくりしたわ。ルークったらいつの間にシノビの里で修業したの?


「何言っているんだ、デコイを発生させる欺瞞ぎまん魔法なんて一年の時にならっただろ。それに攻撃を合わせるのは俺のオリジナルだがな」


 ええ!? あんな分身魔法習いましたっけ?

 まるで記憶にないわ。


「あれは……そうだな、お前が講義中に居眠りをして罰掃除くらったときだ」

「あー、だから覚えてないのかー。ちなみにそれって生身でも使えるんですか?」


 できるなら私だってくのいちレイナの分身殺法とかしてみたい。日本人なら大なり小なり忍びの者には憧れるものよ。


 それに分身なんて便利なもの、前世のブラック企業勤めの時に何度欲しいと思ったか……。もし私が分身できたのなら、三人が働き、一人が理不尽なお叱りを受け、一人が寝て、一人がゲームする。うん、六人はいないと回らない仕事量だったわね。


「元々人用の魔法だから当然できるぞ。魔法によっていろいろ条件はあるがな。女子の誰かに得意にしているやつがいるって聞いたことあるが、誰だったっけか……?」


 へぇー、誰かしら?

 器用な事できる子がいたものね



 ☆☆☆☆☆



「良いお天気ねー」

「そうだなー」


 ルークとの模擬戦から数日。部活合同イベントからの流れで忙しくしていた私は、しばらくぶりの平穏の日々を過ごしている。


 というわけで今日は、リオと一緒に庭園で日向ぼっこ中よ。

 季節はもうすっかり春。日向ぼっこにうってつけの季節よね。


「ふわあー。こうしていると面倒な事忘れるわねー」

「そうだなー」


 乙女ゲームの世界のはずなのに、つい先日ロボットバトルしていたとか、禁断の魔導書の行方はどこだとか、アリシアのルート分岐が迫っていることだとか、全部どうでもよくなってくるくらい気持ち良いわー。


 温かな日差し、綺麗に咲いたお花たち、眠気を誘う陽気、適当な返事を返すお友達。私が望んだスローライフはここにある。


 そんな風にリオとのんびり過ごしていると、庭園に近づく一団があった。沢山の男子生徒に囲まれるように女の子が一人。


「キャニング氏、お荷物をお持ちしましょうか?」

「ありがとうございます。でも、自分で持てるので結構ですわ」

「キャニング様、美味しいお菓子があるのですが」

「ひとつ頂いてよろしいですか? レイナ様に差し上げたいので」


 わらわらと男子生徒に囲まれたエイミーだ。相変わらずモテるわねー。たぶん私とリオを探しているんだろう。キョロキョロと辺りを見回している。


「見てごらんなさいリオ、あれが姫よ」

「エイミーはお姫様だったのかー」


 羨ましいかは置いといて、私もあれくらいチヤホヤされてみたいものだわー。クラリスは割とスパルタだし、別に取り巻きは欲しくないから友達にはしてほしくない。難しい塩梅あんばいよねー。


「お嬢、もう一つ団体が来るみたいだぞ」


 リオにそう言われてみてみると、エイミーとは反対方向から確かに別の一団が。同じようにわらわらといる男子生徒に囲まれて女の子が一人。


「荷物重いから誰か持ってぇ~」

「僕が持つよ、ブレグマンさん」

「私冷たい飲み物が飲みたぁ~い」

「俺がすぐに買ってくるよ、ブリジットちゃん」


 こちらの囲みの中心は、なんと悪役令嬢Bことぶりっ子のブリジット・ブレグマンだ。どこの世界にもあんな性悪ぶりっ子女に騙されるアホな男共はいるのねー。


「見なさいリオ、あれがぶりっ子姫よ」

「あいつも姫だったのかー、姫いっぱいだなー」


 リオの雑な返事すら心地よく感じるポカポカ陽気の昼下がり。けれど二つの集団の出現によって、だんだんとこの空間の空気が少し重たくなる。心なしかポカポカ陽気もじっとりとした暑さになった感じだ。


 正反対の方向から歩いてきた二つの集団は、当然ある地点でぶつかり合う。

 あっ、なんか揉めているみたいだわ。なになに……「てやんでぃ姫様のお通りだい。道をあけろい!」「なんだと!? もう一度言ってみろばあろう!」――はい、嘘字幕終わり。そんな江戸っ子みたいな口調じゃないわ。


「なんか揉めているみたいだなー、お嬢ー」

「そうねー」


 止めた方がいいかしら? 友達としてはエイミーを助けてあげたいけれど、正直あの姫VSバーサス姫の大名行列対決に介入するには勇気がいるわよね……。


「お、絵描きのイケメンが来たぞ」


 リオの言う通り、これまた別の方向から来たライナスが、丁度二つの集団にわって入るように立った。どうやら仲裁に入るみたいだ。


「なんか戸惑っているみたいだな」

「まあそうなるわよねー」


 ディランだったら王子と言う肩書かたがきを恐れて両者引いていたでしょう。ルークだったら面倒だからと関わらなかったでしょう。パトリックなら多少強引にでも収められたはずだわ。


 けれどライナスは、普段学院生活で俺様系的な振舞いをするけれど実際は真面目で良い子だ。だから問題が起きているとスルーできないし、中立的にどちらの意見も聞いて収めようとするわ。


「あ、こっちに気がついてお嬢に助けを求めているみたいだぞ」


 ウヒヒ、あたふたするライナスもレアで可愛いわね。まあ姫バトルには関係ないけれど、ここは私が収めてあげますかー。



 ☆☆☆☆☆



「レンドーンなんてしょせん戦いが得意なだけの野蛮な女よね~。うちのルシアちゃんの方が可愛いわぁ~」

「そんなことないです。レイナ様はとっても可愛らしいんですー!」


 いや、めっちゃ関係あるっぽいわ私。


 ヒートアップする二人に合わせて、囲いの男子たちもそうだそうだと言い合う。ライナスは言葉にこそしないが、どうにかしてくれと目線を送ってくる。


「エイミー、そこらへんにしといたら? ブレグマン様も……」

「レイナ様! でもこの女酷いんですよ、みんなの悪口言ったりして!」

「レンドーン、あんたの言うことなんて聞かないわぁ~。ライナス様ぁ~、私は悪くないですよね~?」


 おいやめなさいそこのぶりっ子。ライナスにしなだれかかるな。うん、ライナスは迷惑そうにしているだけね。こんな性悪女にたらし込まれないようで良かったわ。


「ライナスは嫌がっていますわよ。ブリジット様、引いてくださるかしら?」

「だからなんであんたみたいな野蛮人の言うこと聞かなきゃいけないのよぉ~」


 人が下手にでればこのぶりっ子めー! それに集団の熱気がいけないのかしら? なんかさっきからじっとりと暑くなってきたし、早めに終わらせたいんですけど……。


「それにほらぁ~、私にも味方が来てくれたわ~。お~い、ルシアちゃ~ん!」


 ええっルシア!? ブリジットが呼びかける方を見ると、確かにルシアやその一派の令嬢たちがいた。それも結構な集団で。


 ルシアが介入するとなるとまた面倒ですわね。退散が正解かしら……?


「小細工はやめろ、ブレグマン」

「ちっ。は~い、ライナス様ぁ~」


 ライナスがそう注意すると、遠くに見えたルシア達は掻き消えた。

 まさかあれは……、魔法で作り出した幻?


「みんな帰るわよぉ~。それではまたね~、ライナス様ぁ~」



 ☆☆☆☆☆



「ごめんなさいライナス、私何もできなかったわね」

「いいんだよレイ……気にすることはないレイナ。オレは助けなんて求めてはいない」


 “助けられなくて”なんて私は一言も言ってないんだけれどね。


「そういえばライナス、あのルシア達はブリジットの魔法だったの?」

「そうだ、あれはブレグマン十八番おはこ欺瞞ぎまん魔法、火属性の《陽炎かげろう》だ。発動する直前、暑くなった気がしなかったか?」

「そういえば、ポカポカ陽気が急にじっとり暑く感じたような?」

「あいつはあれでイタズラ……といえば可愛らしいが、人を陥れるようなことをするからな。俺もレイナやアリシアの幻影を見せられて何度か騙された」


 まあなんて性悪女。というかルークが言っていたのはあの女のことか。私はともかくアリシアの可愛さを表現できるとは思えませんけれど。


 ――アリシアの幻影?


 それに急に暑くなって幻影が発生するって、以前どこかで経験したような……?

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