第88話 七年越しの運命

前書き

今回冒頭部分のみ某令嬢視点です。

―――――――――――――――――――――――――


「レイナ・レンドーン……!」


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い、あの女が憎い。

 人に囲まれたあの女が憎い。

 殿下に気に入られるあの女が憎い。

 そしてあの才能が憎い。


 あの女と私は同じ公爵家令嬢。私があそこにいてもおかしくないはずよ。きっとの言う通り、卑怯な手段で成り代わったんだわ。


 ――邪魔してやろうかしら?


 いいえ、今下手に動く必要はないわ。

 ついこの間も、アレクサンドラは殿下の不興を買ったみたいだし。

 キャロルは何か動いているみたいだけど、それは私には関係ないわ。


「でももうすぐ、もうすぐよ……ウフフ……」


 何度殺そうとしても死なないあの女。

 あの男が言うように邪神の加護を受けていたとしても、きっと私が。

 すぐにあなたをお救い致しますわ、殿下――。



 ☆☆☆☆☆



「それでは成功を祝して、かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」


 レイナ・レンドーンプレゼンツ”四部活合同活動withウィズお料理研究会の美味しいお料理もあるよ”は盛況に終わった。


 不穏な噂とやらも流されて少し不安だったけれど、杞憂だったみたいね。私の綿菓子、アリシアのホットドッグ、サリアのフライドポテト、ルークのかき氷。全部好評で完売御礼だわ。


 そしてイベントが無事に終了したことを祝して、協力してくれた部活の皆さんを招待して打ち上げを行っている。お出ししているお料理は、もちろん私たちお料理研究会が作ったものだ。


「レイナ様、これ私が作ったんです。是非食べてみてください」

「ありがとうアリシア、いただくわ」


 私はアリシアから差し出されたアップルパイを頬張る。

 うん、美味しいわ。リンゴが良く甘くなっているし、パイもサクサク。手間のかかるものだし、イベント用のお料理と並行して準備していたのかしらね?


「どうですか、レイナ様。美味しかったですか?」


 ゆっくりと味わっていると、感想を聞きたくてれたのかアリシアがぐいぐい私に近づいてくる。ほとんど抱き着いている様な姿勢だ。ウヒヒ、なんだか照れちゃうわね。


「美味しいわアリシア。パイがサクサクしていてさすがね」

「……! ありがとうございますレイナ様、いろいろ作ったのでじゃんじゃん食べてください。なんでしたら私が食べさせて――」


 あわわ、なんかアリシアのテンションが高い。間近で見るとなおさら綺麗なお顔。お目目ぱっちり、まつ毛なっがいわこの子!


「はいはいアリシア、ちょっと落ち着いた方が良いわよー」


 やけにテンションが高いアリシアに困惑していると、サリアが間に割って入ってくれた。

 危なかった。至近距離でのアリシアのヒロイン力に私まで攻略されるところだったわ。お祭りの雰囲気にあてられて興奮しちゃったのかしらね?


「あはは……、ありがとうねサリア」

「どういたしまして。そう言えばレイナ様、この子の日記を見たことありますか?」


 最後の方はアリシアに聞こえないようにか小声だ。

 アリシアの日記?


 そう言えば原作だと、セーブデータと言う名のポエムじみた日記をつけている設定だっけ。確かベッドの下に隠しているとかいう。


「いいえ、見たことないわよ。どうかしたの?」

「い、いえ。なら良いんです。私はアリシアと少し夜風に当たってきますね」


 そう言うとサリアは、アリシアを引きずるように連れて会場の外へと出て行った。

 日記の件はどういう意味だったんだろう?


「よお、レイナ。今回の活動も大成功だったな」

「ルーク! お疲れ様、みんなの協力あってこそよ」

「いいや、お前の頑張りのおかげだ。お前はよくやっているよ」


 ウヒヒ、今日は珍しく褒めてくれるわね。前世のブラック企業勤めで疲労困憊ひろうこんぱいの時に、こんな良い顔で褒めてくれていたら私はコロッと堕ちていたわ。


 そうならないのは小さいころから良い友人関係を築けて、顔を見慣れているからかしら? 私も贅沢になったものね。


「ウヒヒ、褒め過ぎですわ。私は皆がいないと何もできません」

「そんなことないさ。お前の頑張りは俺が保証してやる」


 ……あれ? 何か良い雰囲気じゃない?

 さながら同僚とサシ飲みに行って、良い雰囲気になっている感じじゃない?

 お祭り効果? ねえこれはお祭り効果なの?


「もう、だから褒め過ぎですってば。どうしちゃったのルーク?」

「なに、これほど素晴らしい人間とだな、と思ってな」

「褒めても何も……はい?」


 ……戦う?

 戦うってなんで?

 またお料理対決とか?


も期待しているぜ。俺の全力をぶつけさせてもらう。それじゃあな」

「いやいやいやいや、ちょ、ちょっと待って。来週模擬戦? ルークと私が!?」

「おう。お前も聞いているだろう? 俺とお前で魔導機の模擬戦を行うって」


 ――しかも魔導機!? 何で私がそんな罰ゲームみたいなことをしないといけないのよ。


「ん? シモンズ教諭はお前に伝えて返事を貰ったって言っていたぞ?」

「シリウス先生が!? 私そんなの――」


 シリウス先生からそんなこと聞いていない……はず。

 私は記憶の海をさかのぼる。


 二週間前――。


『というわけで来週から模擬戦に移りたいんだが――』


 あるはずのところになかったオプスクーリタース。気になるけれど、今はどうしようもないわね……。


『――だしな。まあ今更模擬戦とお前は思うかもしれないが――』


 それよりはイベント成功の為に関係各所と密に連携を。綿菓子もきっとうまくいくわ!


『――で、トラウトとお前の機体でだな。日程は――』


 後はサリアに材料をお願いして、一年のみんなは――。


『――でよろしく頼む。期待しているぞ、レンドーン!』

『え? は、はい、任せてください。必ず成功させます!』


 ――回想終わり。


 うん。詳しくは覚えていないけれど、言われたかもしれないわね。てっきりイベントの激励かと思っていたわ。


「じゃあ、ということでお互い頑張ろうぜ」


 いや、そんな爽やかに言われましても。まさかの七年越しのルークとの対決。ど、どうしよう……。



 ☆☆☆☆☆



「お嬢様、頑張ってくださいね!」

「……え、ええクラリス。寝ずに考えた作戦があるわ……」


 やって来てしまった模擬戦当日。寝ずに考えたのは戦うための作戦ではなくて、戦わないで済む作戦だ。


 でも、でも……! レンドーン家のメンツを保ちつつ、さらにきっちり成績もとって模擬戦を回避する方法が思い浮かばないの……!


「レイナ様、応援しています!」

「……アリシア? ルークの事は応援しなくていいの?」

「レイナ様がいでも私の味方をしてくださるように、私はいつでもレイナ様の味方です! 今日も百パーセントレイナ様だけを応援します!」


 あら、ルークルートの芽はないのかしらね?

 でも少し安心したわ。ルークの魔法で消し飛ぶっていうエンディングが、この模擬戦の何らかの事故で再現される危険性を感じていたから。


「レンドーン、そろそろ搭乗してくれ」

「はい、シリウス先生!」


 私はシリウス先生の呼びかけに従い、真紅の魔導機〈ブレイズホーク〉に搭乗する。エンゼリアでの魔導機の講義はいよいよ模擬戦に突入する。その先陣として、私とルークで模擬戦のお手本を見せるというわけだ。


 確かに私は専用機持ちだし何度かの実戦を経験しているし、客観的にみて適任でしょうね。……私がそれに乗り気かはともかく。


『七年越しの戦いだな、レイナ』


 操縦席にルークからの通信が響く。

 元々エイミーが使用していた風魔法による通信を、魔導コアの魔力変換を応用して魔導機自体に備え付けたものだ。これで比較的近距離なら、前世の無線と同じように使用できる。


「そうですわね……。どうですかルーク、今からでもお料理対決にでも変えるというのは?」

『それも面白そうだが、今はこれで決着だ。相変わらずお前は冗談が好きだな』


 冗談じゃないんだけれどな……。

 目の前に立つルークの専用機、〈ブリザードファルコン〉の青い装甲が太陽に照らされて輝いて見える。騎士の様な面持ちは気合十分だ。


「両者、準備は良いか? それでは模擬戦、始め!」


 ほんと恋する乙女の楽園はどこにいっちゃったんでしょうね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る