第81話 風邪をひいてしまいましたわ
テストは予想通り良い結果だったわ。
そして、待ちに待った冬休みに入って実家に帰省したんだけれど……。
「これは……たぶん風邪だわクラリス」
「たぶんじゃなくて風邪ですねお嬢様」
テスト明けにはしゃいで雪合戦に興じた結果、元々風邪気味だったこともあってか私はものの見事に風邪をひいてしまいました。
帰省した最愛の娘がいきなり熱をだして、お父様とお母様は大騒ぎ。国中から名医を集めるとお父様が暴走しだしたところで、執事長のギャリソンとクラリスが介入。以後は彼らの指示で粛々と医者の手配が進められた。
「はあ……、熱で頭がクラクラする……」
こういう時、ファンタジーな世界なら魔法一発で治ってファンファーレと共に「治療に成功しました」みたいなメッセージが流れる感じのお手軽仕様と思っていたんだけれど、現実はそう簡単にはいかないらしい。
魔法での治療はできるにはできる。
けれど免疫力が落ちるので推奨はされていないとお医者様が言っていたわ。
私の前世はしがないブラック企業の社員で、医者ではなかった。
だから前世の知識と照らし合わせてこれが本当に有効かはわからない。
だからお医者様から言われた通り、薬を飲んで大人しく寝るだけよ。
「そう言えば今夜は“
「そうですね。残念だと思いますがご安静にしていてください」
みんなと今年もダンスをする約束をしたのにな……。それにパーティーでのお料理だって研究したかった。休み明けのお料理研究会の活動に、ぜひ活かしたかったわ。まあそれはルークに頼みましょう。
「ご安心を、このクラリスがお嬢様をつきっきりで看病いたします」
「ありがとう、でもいいわ。風邪をうつしてはいけないし、クラリスは別の部屋で作業をしてちょうだい」
「……かしこまりました。では、何かありましたらすぐにベルをお鳴らし下さい」
少し寂しそうな顔でクラリスはそう言って、私の枕元にハンドベルを置いてくれた。
「では失礼いたします。お大事にください、お嬢様」
熱が出ているからか、クラリスの言葉が私の中で反響する。
休息を求めていた私の身体は、すぐに眠りについた。
☆☆☆☆☆
「……う……うわああああ
私は飛び起きてハアハアと乱れた呼吸を整える。
酷い悪夢だった。〈シャッテンパンター〉が襲ってくる、それもバーゲンセールに集まるマダムかと思うくらいのとんでもない数で。そして操縦者は前世のセクハラパワハラ禿上司だった。怖い。
わけのわからない夢だけど、高熱が出ているときの夢なんてこんなものか。
「大丈夫ですかお嬢様? さあお水です」
「ありがとうクラリス、酷い夢だったわ……ってなんで部屋にいるの?」
寝起きにお水をさっと手渡されて違和感なかったけれど、クラリスは別室にいるはずでは?
「た、たまたま様子をお伺いしたらうなされていたので。お、お側についておりました」
「ウヒヒ、そうなのね。ところで今って何時くらい?」
「午後九時を回ったところです」
ならちょうど月下の舞踏会が始まる頃だ。
みんなは今日も社交界の華として人気を集めるのかしら?
「ところでお嬢様、お食事はいかがされますか?」
「そうねえ。あまり食欲もないし、リンゴでも切ってくれるかしら?」
「かしこまりました」
私のお願いにクラリスは手早くリンゴを準備し、しゅるしゅると皮を剥いていく。
前世でも風邪をひいたときは、こうやってお母さんにリンゴ剥いてもらったなあ。
今世のお母様は少しずつ上達していらっしゃるけれど、まだリンゴは剥けないわね。
喉を潤した私は、まぶたの裏に華やかな舞踏会の景色を描きながら再び眠りについた。
☆☆☆☆☆
「レ、レバニラ炒め……!? はっ! また夢ね……」
また実に酷い悪夢だったわ。まさかレバニラ炒めがああなるなんて……。
思い返せばレバニラ炒めとニラレバ炒めの違いもわからずに、前世の私は儚く生涯を終えてしまったのね。これが人の夢と書いて儚いということかしら……?
「大丈夫ですか、レイナ?」
「ええ、大丈夫よクラリ――じゃなくて殿下ァ!? それにみんなも! 舞踏会はどうしたの!?」
私が落ち着いて周りを見渡すと、ディラン殿下だけではなくルークにライナス、パトリック、それにエイミーにリオと、本来まだ月下の舞踏会に出席しているだろうメンバーがそろって私の部屋にいた。
「みんなレイナを心配して抜け出してきたのです」
社交界の華が勢ぞろいでなんと豪華お見舞い!
ウヒヒ、すごく嬉しいわ!
でもパーティー的に主役級が抜けていますけれど、それは良いので?
それに――、
「密ですわね」
「密?」
「あっ、いえ風邪をうつしてしまったら大変と思いまして」
「心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも僕はレイナになら風邪をうつされても文句はありません。むしろ僕にうつして早く良くなってください」
か、風邪で弱った心に王子スマイルが染みるわあ……。
みんなも頷いているし、何なのここ、優しさのクラスターなの?
「ところで誰がパーティー抜け出しの発起人なの?」
「それはねレイナ、まずライナスが抜け駆けしようとしたところをエイミーが見つけて散々にいじり倒してリオを呼び、騒ぎを聞きつけた僕が参加して、パーティーに飽きたルークが加わり、最後にディランがなんとか抜け出したってわけさ」
「丁寧なご説明ありがとうパトリック」
ふふ~ん、ウヒヒ。それにしてもライナスが抜け駆けねえ。私の事を心配してくれたのね。
私がニヤニヤとライナスを見つめていると、
「オ、オレは自領への帰り道だから寄ろうとしただけだ」
「ウヒヒ、わかったわ」
真っ赤な顔で言い訳をするライナス。
成長しても姉離れできない弟みたいでまったく可愛いわね~。
まあライナスのおかげでみんな来てくれたみたいだし感謝だわ。
「ところでレイナ」
「ん? なんですか殿下?」
なんだろう、さっきから少しモジモジしていて。
もしかしておトイレかしら?
「おトイレなら階段を降りて――」
私が答えたちょうどその時――、
――ボーン、ボーンと、時計が鳴る音が聞こえた。午前0時だ。
「ディラン、もしかして抜け駆けをしようとしていたか?」
「や、やだなあ、そんなことありませんよライナス」
抜け駆け? なんだろう? 前世の男子はよく連れションとか言って一緒におトイレに行っていたけれど、その類の話かしら?
「でも今日はみんな本当にありがとう。せっかくの月下の舞踏会を抜け出し……そうだ! 午前0時の伝説があったわね!」
去年聞いた午前0時に一緒に踊っていたペアは生涯添い遂げるとかいう伝説。
去年は落下事故、今年は病欠だけれども……、
「踊ってはいないけれど、一緒に午前0時を過ごしたみんなとずっとお友達だと嬉しいわ!」
「おっ! お嬢は良い事言うな~!」
こんなに良いお友達たちとずっと仲良くしたい。
もちろんここにはいないアリシアや他の皆ともね。
それに私たちの友情が不変なら私はデッドエンドを迎えない……はず!
「あれ、なんでみんな微妙な表情なの?」
見れば笑顔なのは称賛してくれたリオくらいだ。
他のメンバーは何とも微妙な表情をしている。
お見舞いには来てくれるのに、仲良くはしたくないのかしら?
あれ、早くも私の計画は失敗……?
「い、いえそんなことはありませんよレイナ。僕もレイナとはいつまでも仲良くしたいです。もっとね」
「まあ、ありがとうディラン」
「もちろん私もですわ!」
「ウヒヒ、ありがとうエイミー」
私の心配は杞憂だったのか、パトリック、ライナス、ルークもずっと仲良くしたいと言ってくれた。きっとみんな、私が突然青春みたいな事を言いだしたから戸惑っていたのね。
友達の上、それすなわち親友。幼馴染的なみんなだけれど、親友までいけばさすがにデッドエンドに対しては盤石なはずよ。
「みんなのおかげですっかり元気になれたみたいですわ」
「そうか? なら俺がついでにシャーベットでも作ってやるぜ!」
やった! ”氷の貴公子”ルークの氷菓子は絶品だ。
でも「ついで」じゃなくて「君のために」とか言った方が、女子ポイントは高いわよ?
「あ、今気がついたんだけれど、エイミーもリオもドレス新しくした?」
「ええ、そうなんですレイナ様。良くご覧になってくださいな」
「私はお父様から貰ったんだ。お嬢のほどじゃないが、良い品だろ?」
こうして独り寂しく終わると思っていたパーティーの夜は、にぎやかに過ぎて行った。
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