第74話 ピンチ!お料理研究会
ルシアの不正入学は確かに気になるわ。けれど彼女は、マギキンでのレイナの行動をトレースしているわけではないみたい。
あの子はマギキンでの勉強嫌いなレイナと違って勤勉みたいだし、あの子自体はアリシアに嫌がらせをしているわけではないようだ。……まあその分、私に対する対抗心に燃えているようですけれど。判断材料が少ない今は保留ということで。
――ということで私は、心を切り替えて部室へと向かった。今日は入会希望の新一年生への説明会。沢山集まってくれているかしら?
「初めましてこんにちはー! ……って、誰もいない?」
好印象は初めの挨拶が肝心というセオリーに従って、扉を開けながら元気に挨拶をしたら見事なまでのノーリアクション。というか無観客。
けれども部室は完全に無人というわけではない。
既存の部員であるアリシアとサリア、それにルークはいる。
「あれ、説明会は今日だったわよね? 入会希望者たちはどこに?」
「それが、一人も集まらなくて……」
質問に答えてくれたのは悲しそうな顔のアリシアだ。
私はともかく、ルークやアリシアが配ったビラは好印象で受け取られていたはずよ。お料理研究会自体が新興のマイナー部活とは言え、まったく人が来ないってのはおかしいんじゃない?
「……まずいわね。なるべく早いうちに勧誘しないと他の部活にとられてしまうわ」
エンゼリア王立魔法学院において、公認部活のかけもちは禁止されている。それに多くの部活では入部したら簡単に退部はできない。つまり仁義なき勧誘戦争を征さねば、新しきメンツは迎え入れられないということ。
だからうちみたいな新興部活は早め早めに勧誘しておこうと、ビラを配布して一生懸命に頑張ってきたのだけれど……。
「レイナ様、実はお料理研究会の悪い噂が新入生の間で広まっているみたいなんです……」
そう切り出したのはサリアだ。
その顔は伏せがちで、私の顔を気まずそうにちらちらと見ている。
「悪い噂……あっ! そういうことね……」
あー、また私の怖い噂かー。
私が言われる分は構わないんだけれど、皆にも迷惑をかけるのはへこむな……。
「レイナ様が悪いんじゃありません!」
「いいのよアリシア、ごめんなさいね……」
「いや、アップトンの言う通りだ」
口を挟んだのはそれまで腕を組んで沈黙を守っていたルークだ。
珍しく私のフォローをしてくれるのかしら?
「……と、言いますと?」
「俺の知っている後輩連中に確かめたが、噂の広がり方がどうも不自然だ。誰かが作為的に広めたんだろう」
作為的に? となると私に敵対する誰か。真っ先に思い浮かぶのはルシアだけれど、あの子はこんなまどろっこしいことはしないわね。直接乗り込んで文句をつけるタイプだわ。
……となると策謀がお得意らしい悪役令嬢Cことキャロル・オスーナかしらね?
どうもあの子は、原作レイナの陰湿な性格を受け継いでいる気がするわ。
「それに広まっている噂はお前個人のもあるが、研究会に対する攻撃も多い。お前のせいじゃない」
ルークの静かだが力強い意志を感じる瞳が私を勇気づける。
ウヒヒ、まあ今は犯人捜しをしても仕方がないわね。
「それなら、お料理研究会の不当に貶められた評判を覆すのが大事ね。なにか良い案はあるかしら?」
「学院や生徒会に訴え出るのはどうでしょうか?」
「サリア、学院は生徒同士の問題には不介入よ。生徒会も動いてくれるかどうかは……」
それに生徒会が好意的に動いてくれる人物とも限らないからね。
ルーノウ派の息がかかった人物が介入してきたら?
やっぱり自分たちで動く方が確実だわ。
「レイナ様、ディラン様たちに協力していただいて誤解を解くのはどうでしょうか?」
「知ってもらうと言うのは良いアイデアよね。でも私たちの問題だし、それだと時間がかかり過ぎるわね……」
アリシアの言うように、影響力のあるディランなんかに応援演説なりしてもらうのは良い結果を生むでしょうね。
けれども、部員獲得競争が激しい今の時期に他所属のディランを呼ぶのは自重したいし、なにより時間がかかる。今欲しいのは即効性だ。
「自分で意見出せって言っときながら、否定ばかりでごめんなさいね……」
二人のアイデア、発想は悪くないと思うわ。でも何かもう一歩踏み込めるアイデアを……!
「おいレイナ、俺たちはお料理研究会だろう。じゃあ料理しようぜ。料理は魔法、なんだろう?」
ルークの顔は何か自信に満ち溢れている。
このピンチにその自信が湧く理由はわからない。
けれどもその表情を見ると、私たちはできると思えてくる。
そして
「――そうね、料理しましょう!」
「料理、ですか……?」
「そう料理よ。新入生の前で直接作ってみせるの。私たちの活動を見せるのが一番だわ!」
スーパーの実演販売や試食、ビュッフェでのライブキッチン、そして土用の
お料理の味は食べなければわからない、けれども作っている姿は視覚情報から胃袋に刺激を与える。
料理をするその姿が、食材の匂いが、人々の心を惹きつける!
「実演ですか! 良いですね!」
「作るのは奇をてらわずに……、クレープとかどうかしら?」
「クレープ……、確か月下の舞踏会の時に出されていた薄いやつでしたっけ?」
そう言えばこの世界のクレープは私が前世で馴染みのある甘いやつじゃなくて、パンケーキみたいな感じで野菜とかお肉とか挟まれていたわね。私は前世のお菓子の歴史にそこまで詳しいわけじゃないけれど、昔はこういうものだったのかしら?
「似ているけれど違うわ、甘くて親しみやすい味よ。大丈夫、アリシアならすぐに焼けるわ。サリアにはフルーツのカット、ルークにはアイスの準備をしてもらいましょうか」
みんな私のアイデアに特に異論はないようで、頷いて同意してくれる。
「ようし、決まったことだしすぐに動くわよ! サリアは学院と生徒会に実演の許可を貰ってちょうだい。問題なく許可は降りるはずだわ」
「はい、わかりました!」
「ルークはアイスクリームの方の仕込みを。頼んだわよ“氷の貴公子”様」
「任せとけ“紅蓮の公爵令嬢”!」
「アリシアは私と一緒にクレープ生地の
「はい、教えてくださいねレイナ様!」
☆☆☆☆☆
「こちらはお料理研究会でーす! 料理の実演を行っていまーす!」
クレープの焼ける香り、そして胃袋を刺激する甘い誘われて生徒が集まってくる。
最初は好奇心に負けた数名が、やがて評判を聞きつけた多くの生徒が。
「まだまだありますので大丈夫ですよ。《
お料理研究会の縁の下の力持ち、サリアの商人コネクションで用意された材料は潤沢だ。黒山の人だかりの観衆に、十分に配れるだけの材料が用意してある。
「はい、どうぞ」
「レ、レンドーン様! ありがとうございます!」
「お味はいかがかしら?」
「はむ……ごくん。お、美味しいです! 私、こんなに美味しいものを生まれて始めて食べました!」
「ウヒヒ、最上級の誉め言葉をありがとう。お料理研究会ではこういったお料理を一緒に作るわ。よろしくね」
「は、はい!」
クレープを食べた一年生の女の子が、目を輝かせて返事をしてくれる。
順番を待つ彼女の友達の口から思わずよだれが垂れて、慌ててハンカチでふいていた。
集まってきた時は恐る恐る、受け取った時はびっくり、そして一口食べると目を輝かせてくれる。クレープの美味しさにつられるように、私やお料理研究会の評判は上がっているようだわ。
「おっと、あれは……」
木陰からこちらを恨みがましそうな目でみつめているのは、C子ことキャロル・オスーナ嬢だ。ハンカチを食いしばったりして、これでもかと悔しさアピールをしている。さっきの子の可愛らしいハンカチの使い方とは、まるで違いますこと。
何の逆恨みなのか、それとも派閥内のポイント稼ぎのつもりなのか知らないけれど、悪い噂はやっぱりあの子が元凶みたいだ。
けれど残念。私はマギキンでの陰湿レイナではありません。あなたの嫌がらせには、正々堂々と正面から対応させていただきますわ。
この中の何人が実際にお料理研究会に興味をもって入会してくれるかはわからないわ。けれどこの料理実演は、間違いなく大成功に終わった。
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