宇宙のヒーローズ

かほん

第1話 犬の警官  女を殴る男

 ケイス・ウォルシュ一等兵は、ネオ.トーキョーの街の警官だった。


 元々はヨコハマ州方面軍の軍警に所属していたが、所属していた小隊ごとネオトーキョーの機動警察に転属になり、原隊が解散した後も彼と彼の仲間は機動警察に勤務していた。


「ちっ、しけてるな」


 ケイスと組んで街の路上をパトロールしているゲイブマン上等兵が言う。


 二人の目の前ではトウが立った太った一人の娼婦が忌々しげに金を差し出している。


 女の態度がふてぶてしいと感じたのか、ゲイブマンはケイスの方にちらりと目をやる。  


 ケイスは一歩踏み出し女の前に立ち、握りしめた警棒を娼婦に見せつける。


 それを見て女は舌打ちし、ポーチから財布を取り出し金を出そうとすると、ゲイブマンが財布ごと引っ手繰る。


 財布の中身を確認し、十分な金が有ることを確認するとゲイブマンは、満足そうな微笑を浮かべ「見逃してやる」と女に言った。


「犬がっ。とっととくたばっちまいなっ」


 立ち去り際に娼婦の呪詛が聞こえたが、巻きあげて満足している二人は意に介さなかった。


 ケイスは娼婦を殴るはめにならなくて、内心安堵していた。女を殴るのは未だに慣れない。


 ケイスは「女を殴る警官」として彼の管轄では有名だった。


 特に街でいかがわしい商売をしている女からは煙たがられていた。もっと言えば娼婦から嫌われていた。


 徹底して傷めつけられて、暫く商売が出来なくなるからだ。


 そのゲイブマンとケイスが今探しているのは、女だった。年若い女で1人の元空間突撃兵ヒーローズの連れらしい。


 そんな女を何故探すのか、二人にはわからない。そういう命令が来ているだけだ。


 日の暮れる前だが、酒場も娼婦もそれを目当てに通りを歩く通行人も多い。


 酒に飲まれる者はどんな時間だって酒を欲するし、贔屓のいない娼婦はこんな時間でも客を取らなければ稼げないからだ。


 ゲイブマンが路上に立って客を探している街娼に目星をつける。


「あの女は臭いな」ゲイブマンが言う。


 まだ少女といっていい年齢の女だった。


 やつれ、ボサボサの髪をし、顔の肌は荒れている。懸命に男の気を引こうとしているが、見窄らしい女の姿に男たちは軽くあしらい去ってゆく。


「なぁ、目当ての女ってな本当に娼婦なのか」とケイス。


「知るもんか。元空間突撃兵ヒーローズの女なんて、どうせクズみたいな女

ばっかりさ」ゲイブマンが答える。


 二人は通行人をかきわけ娼婦に近づく。懸命に客引きをしていた女は二人に気がつくと、踵を返し逃げようとする。


 それをゲイブマンとケイスが囲い込むように押しとどめ、二人で両腕を抱え込むようにして固定する。


 女が大人しくなるとケイスに女の確保を任せ、ゲイブマンは写真を取り出し女に見せる。


 その写真には写りが悪く顔の輪郭が朧気にわかる程度の鮮明さではあったが、赤毛の女と損壊した空間ミサイル艇のハッチが写っていた。


この娼婦と写真の女とは、年格好が近いだけのようで接点はないかも知れなかった。


「この女を知っているか」ゲイブマンが尋ねるが、女は怯えたように首を横に振る。


「本当か?嘘をつくと為にならんぞ」


「知らないよ」


女は薄っすらと涙を浮かべながら言う。恐怖か腕の痛みか。その涙の理由はケイスにはわからない。


 ゲイブマンは舌打ちをすると、ケイスに向かって「もっと締め上がろ」と言う。ケイスはその言葉に従い、女の腕を更にきつく締め上げる。


「本当に知らないったら。痛いっ痛い」


「署に連行してもっとじっくり聞いても良いんだぜ」


 ゲイブマンの言葉に女の体がピクッと反応する。


「判ったよ……。話すから腕を離してよ」


 ケイスは腕の締め上げを緩めるが、腕は離さない。と、その瞬間に娼婦はケイスから腕を振りほどき体ごと逃れようとする。


 だが、女の腕は完全には振りほどけなかった。その為バランスを崩し、路地に倒れこむ。ケイスは女を抑えつけ、その間にゲイブマンは女の体をまさぐった。


 ゲイブマンの指先が女の財布に触れた。刹那、娼婦はばね仕掛けの人形のように跳ね、ゲイブマンの手を払い、財布を抱えて丸まった。


 ケイスは女が蹲る瞬間、女の目を見た。その目の光はケイスの記憶を呼び覚まし、閃光となってケイスの心臓を撃った。


 ゲイブマンがケイスを見る。ケイスはゲイブマンの目の色を見る。その目は「やれ」と言っていた。


 ケイスは素早く立ち上がり、警棒を引き抜くと女の背に向けて振り下ろした。女の息が低く、破裂するように口から漏れる。もう一度殴る。やはり声にならない息が破裂する。頭に振り下ろす。ケイスは警棒から、女の頭と路地の感触を得る。数瞬遅れて女の悲鳴が上がる。ケイスは更に振り下ろす。女の悲鳴は止まらない。ケイスは殴り続ける。頭に。背に。足に。腕に。女の悲鳴が止まっても殴り続けた。


 やがて女が身動ぎもしなくなった時、ケイスは殴るのをやめた。ケイスは自分の荒い息を始めて自覚した。


 女の体を犬の死体を見るように眺めると、半歩後ずさりした。


 ゲイブマンは女の胴体に腕を差し入れると、それをひっくり返し女の手が握り締めている財布を手に取った。


 ゲイブマンも女の姿に気分を悪くしているようだった。財布の中身を確かめもせず、ケイスに「行こう」と言った。


 二人が歩き出すと、痩せた犬が動かない女の体を鼻をつけて嗅ぎ、女の体はやがて通行人の群れの中に埋もれていった。

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