第10話

 夕食にはまだ早いため食堂で茶を飲んでいた俺達だったが、数十分ほど経った頃、おずおずと少女が顔を見せる。


「……あの、えっと……」

「あ、もう起きて大丈夫なの?」

「う、うん……」


 フィーが席を立って少女を迎えに行くと、メディナがグレイの隣の椅子を引き座るよう促す。そして、アキが茶と茶菓子の注文にその場を立ったのだ。この三人の畳みかけるように出てくる気遣いのコンボは、流石と言わざるを得ない。俺も男だからと言って甘えていないで、見習わなければいけないだろう。アキは男だが。


「なら、こっちにいらっしゃい。お茶にしましょう」

「……ありがとう」


 それからもしばらくは雑談を続けていたが、少女が席に着き追加の紅茶と茶菓子が届いたところで、メディナがティーカップを置き、ようやく本題に入ったのだった。


「それで、あなたの名前は?」


 部屋で寝かしつけた時も同じようにしていたのだろう。言葉遣いこそはいつも通りだったが、メディナの声色は穏やかで柔らかく、少女に不安を抱かせないように気を遣っているのは俺にも分かった。その辺はフィーも同じではあるのだが、彼女は元々そこまできつい口調や声色ではないため、それほど差異を感じないのである。


「ロア……」

「ロア、あなたお家はどこなの?」

「おうちはラデル……だけど……ママは死んじゃったし、誰もいないの……」


 ラデルというのは、ここから遥か北の地にある絵に描いたような北国だ。ゲームだと、このしばらく後に辿り着く場所である。

 何故、子供のロアがそんな北の国から南のトルシアまで出てきているのかと疑問を抱くところが、ラデルの近くの町からは一ヶ月に一、二本程度マリノとの定期船が出ているのだ。運良くその定期船に乗ったロアは、船かマリノでグレイと合流し、俺達と同じルートでトルシアまで来たのだろう。


「なら、お父さんを探すの?」

「うん。パパをみつけなきゃ、おうちにかえれないから……」


 いくら自宅があるとはいえ、少女が一人きりで生きていくのは難しいだろう。それを察したからとはいえ、齢十歳で一人旅を始めようとしたその度胸には頭が上がらない。まあ、子供ならではの無鉄砲なのかもしれないが、俺が同じ年の頃に同じ境遇になったとしたら、多分大人しくご近所や親戚の世話になるだろうと考えられる。


「……あの魔族は何故か、執拗にこの子を狙ってきた。このままでは危ないだろうな」

「そうね……ねぇ、ロア。私達と一緒に来る気はない?」

「……お姉ちゃんたちと……?」

「うん! あんな怖い奴が来ても、グレイとわたしたちなら追っ払ってあげられるわ。ロアのパパを見つけるまで、一緒に行きましょうよ」


 自身の境遇を口にした事で悲壮感を思い出したロアが俯いてしまったところを見計らい、メディナはあくまでロア自身に決定権を委ねるように誘う。一方、フィーはセールスポイントをしっかり挙げて勧誘しているのだ。どちらも、子供向けとして見るなら見事な営業トークと言えるだろう。


「いいの……?」

「うん、目的地も一緒みたいだしね」

「……おじさんも?」

「ああ、ロアが行くなら俺も行く。どうだ?」


 信じられないとでも言いたげに大きな目を見開きながらロアはきょろきょろと俺達を眺めたが、ニールが笑顔を見せながら頷くとぱっと顔を輝かせる。そのきらきらとした表情のままグレイにも視線を向ける一連の動作に、思わずこっちまで笑顔になりそうだ。

 もっとも、ヨシュは妹のことでも思い出しているのか、泣きそうな顔をしていたが。


「…………うん、一緒にいく」

「決まりね! これからよろしくね、ロア!」

「うん……!」


 満面の笑みで深く頷いたロアにつられるように、その場の全員が笑顔を見せたこの時をもって、遂にこのゲームのパーティメンバーが全て揃ったのだった。

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