第20話 初めての授業
「おい起きろ!!」
「ん……? んぅ……」
「起きろって!!」
何やら聞き慣れない声が俺を起床させようと画策する。
当然、起きる理由はない。
「おぉぉぉい!!」
「うぅ……ん。五月蠅いな……、一体誰だ……不敬だぞ」
だがあまりの大声に俺は重い瞼を上げざるを得なかった。
「不敬じゃない! 早く起きろおぉぉぉぉ!!!」
次の瞬間、男はそう言って俺の体から毛布を剥がしベッドから蹴落とした。
「ってぇ!! 何をする!? というか誰だお前は!!」
「昨日からルームメイトになっただろうが!? テディだよ!! 早く起きろ!! 何時まで経っても寝やがって!! 初日から遅刻するぞ!!」
ルームメイト、初日……遅刻……。
テディから羅列される単語が未だ活発化していない脳に流れ込む。
そして俺は状況を理解した。
昨日から寮での生活が始まった事で、ネスティが俺を起こす事が出来なくなった事。
そして今日が勇者学院の授業初日、それに遅刻しそうになっているという事を。
「初日から一週間は学院に登校する時ルームメイトと一緒に寮の受付を通らないといけないんだよ! 頼むから早く支度してくれ!!」
懇願するようにテディは俺に言う。
ふむ、まぁそこまでねだられては仕方ない。
ベッドから落とされた俺は仕方なく重い腰を上げ胸に銀章が付いた制服を着始めた。
◇
寮の外に出た俺とテディ、しかし彼の焦りの色は変わらない。
「あぁもう……これじゃあ走っても……」
絶望交じりの溜息をしながら彼は悲観的な表情を浮かべる。
しかし、それは要らぬ心配だ。
「何を言っているテディ。最大の問題であった二人で受付を通るという責務は果たした。後は学院へ行くだけだろう?」
「だぁかぁらぁ! それがヤバいって言ってるだろ! これじゃあどう考えても間に合わないだろうが!」
そう言ってテディは俺に腕時計を見せる。
そこには七時五十九分と書かれていた。
どうやら授業開始は八時らしい、つまり開始まで後一分もあるという事だ。
「問題ない!」
「問題ないってお前なぁ……!」
切羽詰まったように頭を掻くテディ、それが杞憂である事を証明するため俺はスキルを発動した。
「
「え……?」
出現したワープホールにテディは目が点になる。
「入れ! これで行くぞ!!」
「は、入れってお前これ……!!」
「じれったいな、ほれ!!」
「ってえぇぇぇぇぇぇ!!!???」
混乱した様子のテディの腕を掴むと、俺はそのままワープホールの中へ入っていった。
「よし、学院内に着いたな!」
「……嘘だろ……」
寮の前から学院内部まで一瞬にして移動を遂げた事に、テディは茫然とする。
「で、俺達の教室は何処だ?」
「え……あ、あぁ!」
俺に言われ、多少現実に引き戻された彼は教室を案内した。
◇
「ま、間に合った……」
シルバー3のクラスの前まで来た俺達。
テディは安堵するようにその扉を開けた。
『……』
開けた瞬間、中にいる者達の視線が全て俺達に向けられた。
「入室しただけでここまでの視線を独占するとは……流石俺だな」
「昨日の事で皆お前を知ってるからな……こうなるのは当然っちゃ当然だよ……」
肩を落としながらテディは歩く。
俺もそれに付いていく事にした。
「……で、何で俺の隣に座るんだよ! 席は自由って黒板に書いてあるだろ!?」
「まぁ良いではないか! 固い事を言うな!」
「お前と一緒だと周りの奴らが離れてくんだよ!」
涙目でそう訴えるテディ。
しかし何だろうか、全く以て可哀そうと言う感情が湧いてこない。
むしろもっと虐げたくなるな……不憫な奴よ。
俺は心の中でテディを哀れんだ。
「いやさっさとどっか行ってくれぇ!!」
そんな俺の気持ちを
「はーい、静かにして下さい」
その時、教室の外からそんな声が聞こえたかと思えば扉が開き一人の男が入室した。
そしてそのまま男は教壇に立つ。
「皆さん、おはようございます。私の名前はクルス・ポーダ、本日から皆さんシルバー3クラスの担任を務めるとともに『スキル学』の講師を務めさせていただきます」
丁寧な物言いと共に、クルスと名乗った教員は頭を下げた。
教室内は自分達の教師にそれぞれの所感を抱く。
「ねぇ、ちょっとイケメンじゃない?」
「私このクラスで良かったかも!」
クラス内の女子の声はこのようなもので、
「ちっ……男かよ……」
「あぁ……萎えたわ」
男子の声はこのようなものであった。
「この学院は冥域の者達と戦う『勇者』を育成するための施設です。では『勇者』とはそれ以外の事をしなくていいのかと言うとそうではない。王都を守る警備隊や強力な魔獣の討伐にあたるのも立派な『勇者』の務めです。皆さんこれから僕と一緒に頑張っていきましょう」
「ほう」
言われてみれば確かに、冥域の者達が攻め入っていないにも関わらず熱心に学院を運営していると思えばそういった意図があっての事か。
「さ、僕の紹介や話は程々にして早速授業に……っと言いたい所だけど、皆もちゃんと顔を合わせるのは今日が初めてですよね? なので今日の授業を半分ほど使ってそれぞれ自己紹介をしましょう」
ニッコリと笑いながらクルスは言った。
「じゃあ右の席の人から順番にお願いしようかな」
クルスは手で端の人間を指し示す。
彼の人柄に動かされるように、特に抵抗感を示す事無く生徒は自己紹介を始めた。
◇
「はい、じゃあ次の人」
「は、はい!」
緊張するようにテディが立ち上がる。
「ラスカット市出身のテディ・ロンドです! 天職は『鍛冶師』! よろしくお願いします!」
「ほぅ、お前の天職は『鍛冶師』なのか」
俺はテディにそう声を掛けるが、
「うるさい」
一瞥されながら睨まれてしまう。
「はい、よろしくね。じゃあ次の人」
おっ、俺の番か。
テディの隣は俺、必然的に次の自己紹介は俺になる。
満を持して俺は立ち上がった。
「俺の名はイブル! 天職は『ない』!! これからこの学院で名声を轟かせる者だ!! 覚えておけ!」
声高らかに宣言する俺。
担任のクルスは変わらずニコニコとしており、隣に座るテディは手に額を当てていた。
『ハハハハハハハハ!!!』
そして安定の爆笑。
「全く、何よ『なし』って。私達より酷いじゃない」
「本当にな。良かったぜ、俺より下がいて」
そんな言葉が次々に飛び交った。
どうやらこのクラスの生徒たちは自分達が劣っている事にかなり引け目を感じているらしい。
「はいはい。皆そんな風に言わない、じゃあ次の人」
無理やりクルスが話題を切り替えるように、次の生徒に自己紹介を促した
「は~い」
そして次の生徒は口調からも分かるように、随分とのほほんとした雰囲気を纏った少女だ。
ただし、
「え~と、名前はミュー・イガードで、天職は『探索家』で~す。皆よろしくね~」
見た目が非常に派手だ。
化粧は薄めだが、腕や耳に装飾品を付けているからそう見える。
クリーム色の長髪の一部をサイドテールにし、ワイシャツの上に着ている制服のボタンは第二ボタンまで開けていた。
しかし一番の見どころは彼女は非常にスタイルがよく、それにより胸元が非常によく見えている事だ。
俺は制服のボタンは全て開けてはいるがな!!
……とまぁそんな事はどうでもいい。
ゴクリ
何やら生唾を飲み込む音がそこら中で聞こえる。
間違いなく他の男どもだろう。
全く、しょうのない奴らだ……。
「え~と~?」
まぁ奴らが興奮するのも無理はない。
何時の時代も、男はこういった女には興奮せざるを得ない。
「聞いてる~?」
全く、恥も外聞もないのだろうな。
この学院の人間はほぼ全員が貴族だがそういったマナーは教えられていないのか?
「お~い」
俺は違う。
こんな奴らとは一線を画している。
何故なら俺は『魔王』、俺を求める女など星の数ほどいるだろう!
そんな
「ねぇ~」
「むぅ……? 何だ?」
しかし気付けば、何故か俺はミューに両手で顔を挟まれていた。
「さっきからずっと私の胸見てるよね~?」
「バレたか」
気のせいだ。
「本音と建前があべこべになってるよ~」
「あ……」
俺はクラス中の女子からの株を自ら急降下させる事に成功してしまった。
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