LAST SURVIVAR-ラストサバイバー-

由希

第1話 終わる明日

 ――一体何なんだ、これは。


「たすっ、助けっ、助けてえっ」


 何で、何でこんな事になったんだ。


「嫌だ、死にたくない、助けっ」


 鷲掴みにされた頭が、まるで熟れたトマトのように潰された。それを見ている奴は殆どいない。俺のように、その場から動けなくなってる奴しか。


「馬鹿野郎、さっさと行けよ! 早くしねえと俺がお前らブッ殺すぞ!」


 背後で罵声をかけ合う声が遠く聞こえる。きっと逃げたいのに廊下が混み合って上手くいかないんだろう。振り返る勇気なんてないから推測だけど。


「あ……ぁ……」


 ソレ・・が、俺達動けない奴らに向けて一歩を踏み出す。皮膚がなく剥き出しになった筋肉。黄色く濁ったギョロリとした眼。二メートルくらいはありそうな体躯。

 なぁ、誰か、誰でもいい。死ぬ前に俺に教えてくれ。


 ――アレ・・は、一体何なんだ?



「来たか、真神まがみ

「せんせーい、ちゃっちゃと済ませて下さいよー? 俺これから遊ぶ予定あるんでー」


 ある日の放課後。担任の小野塚おのづかたけしに呼び出しを食らった俺は、渋々職員室を訪れていた。

 呼び出された理由は解っていた。あの事・・・だ。だから俺はこんな態度だし、そんな俺に小野塚は眉根を寄せている。


「……真神。お前何だ、この進路希望は」


 きっと俺の態度を咎めるだけ無駄だと思ったんだろう、小野塚は無駄話はせずさっさと本題を切り出した。……ほらな。やっぱりだ。

 小野塚が取り出したものは、俺の出した進路希望の紙。それは総てが空欄で、何も書き込まれてはいなかった。


「何って、見たまんまですよ。希望なし」

「お前な……今はもう三年の夏なんだぞ。そろそろ志望校を決めないと、受験に間に合わなくなるぞ」

「なら先生が、俺の頭で入れそうなとこ適当に見繕って下さいよ。俺は志望校を考える手間が省ける。先生は俺に大学受験をさせて自分の評価が上がる可能性を上げられる。いい事ずくめじゃないですか」

「ふざけるんじゃない! 先生は真面目に……!」


 俺の態度がいよいよ燗に触ったのか、小野塚が眉を吊り上げ声を荒げる。そんな小野塚に俺は、冷ややかな視線を返した。


「どうせ他の奴だって、「とりあえず」で志望校書いてるだけでしょ。何で俺だけそこまで言われなきゃならないんですか。大体自分で決めたって結局あんたらが口出すんだから、なら最初から言う事に従ってた方が手っ取り早いでしょうが」

「真神……お前には何もないのか? 夢や、やりたい事が……」


 如何にも小野塚らしい、青臭い言葉を鼻で笑う。そういう時代錯誤なところが生徒に馬鹿にされてるんだって、気付いてないらしい。


「そんなもん、生きてく上で何の役にも立たないでしょ?」

「――っ!」

「じゃそういう事で。進路希望には先生が行かせたい大学適当に書いといて下さい。それじゃ」


 絶句する小野塚にそう言い捨てると、俺は職員室を後にした。そうだ。夢なんて持ったって、どうせろくな事にはならない。

 なら俺は夢なんていらない。細々とでも、平穏な暮らしが出来ればそれでいい。


 夢破れて絶望し、後には何も残らない――そんな人生は、絶対に御免だ。



「お、センパイ。お邪魔してまーっす」


 鬱々とした気分で教室に戻ると、俺の席に座ってヒラヒラと手を振ってくる明るい茶髪に両耳にピアスを付けた男子生徒がいた。俺はそれに、気だるげに片手を上げて返す。

 こいつは二年の如月きさらぎ冬夜とうや。部活の後輩で、学年は違うのだが不思議と気が合い、よくつるんでいる。


「何ナニ? 元気ないっすねー。どこ行ってたんすか?」

「職員室。進路の事でちょっと。つかそこ俺の席だぞどけよ」

「まーまーいいじゃないすか。もしかして志望校無理とか言われちゃったとか」

「いんや。志望校勝手に決めてくれっつったら説教された」

「何それ。センパイ無気力すぎー」

「うっせ」


 冬夜と軽口を叩き合いながら、帰り支度をする。放課後は誰も来ない部室でゲームをし、金がある時はカラオケやゲーセンに行く。それが俺達の日常だった。


「っし、じゃあ行くか」

「今日も勝たせて貰いますよー、センパイ♪」

「ほざけ。今日こそは勝ち越す」

「……あの……」


 そして冬夜と連れ立って教室を出ようとしたその時。俺の背に、か細い声がかけられた。

 途端に胸が高鳴るのを感じながら、振り向く。この声の主を、俺はよく知っている。


「……持田もちだ


 そこにいたのは、同じクラスの持田愛佳まなかだった。セミロングの黒髪を苺のヘアピンで纏めた見慣れた姿の持田は、何だか困ったような目で俺を見ている。


「何、持田」

「あの、真神君、その……私達、日直だから、帰る前に日誌……書かないと」

「……あ」


 持田の言葉に、俺は今日自分が日直だった事を思い出す。思わず冬夜を振り返ると、冬夜はニヤニヤとした顔付きで俺と持田を見ていた。


「あららセンパイってば、日直忘れちゃ駄目でしょー? オレは先行ってますんで、お二人でごゆっくり♪」

「なっ、ばっ、おい、冬夜……!」


 俺が何かを言い返す前に、冬夜はさっさと廊下に出ていってしまった。あいつ……人の気も知らないで……!


「あっ、あの、真神君用事があるなら、その、私だけで書くから……」


 そんな俺と冬夜のやり取りを見ていた持田が、申し訳なさそうに俯く。俺は小さく溜息を吐くと、持田に向き直った。


「……さっさと書いちゃおうぜ」

「う、うん!」


 ホッとしたような持田の笑顔に、心に安堵が広がる。俺は教壇の上の日誌を手に取ると、持田と共に適当な席に座った。


 ――俺は三年間、ずっと持田に片想いをしている。


 地味だけど可愛い子だなと、最初に見た時から思っていた。そのうちに皆がやらないような事を影でやっている姿に気付いて、どんどん気になる存在になっていった。

 奇跡的に、ずっと同じクラスだった三年間。俺は、ずっと持田だけを見続けてきた。


(……でも)


 この想いは、きっと実る事はない。そもそも、本人に直接伝える気すらない。

 だってそうだろう。持田にとって俺は、ただのクラスメイトでしかないんだから。

 頭も運動神経も並、顔も並。好感を持てる要素なんてどこにもない。そんな俺が、どうやって堂々と告白なんか出来る?

 持田も俺を意識してくれてるだなんて、そんな都合のいい話がある訳がない。告白して、みっともなくフラれて、ただのクラスメイトから気持ち悪いクラスメイトに格下げになるくらいなら死んだ方がマシだ。


「……」

「……」


 持田は基本的に内気で、あまり自主的には喋らない。俺から持田に振る話題もなく、日誌を書くカリカリというシャーペンの音がやけに耳に大きく響く。


「……終わった」


 元々日誌に書くべき内容なんてそんなにない。俺はそれっぽい適当な事を書き終えると、シャーペンをしまって立ち上がった。


「あのっ、真神君っ……」


 今度こそ教室を出ようとする俺に、再び持田が声をかける。それに首だけ振り向くと、持田は少し恥ずかしそうに笑いながら言った。


「……また、明日ね」

「……ああ」


 俺はそれに素っ気ない一言だけを返すと、教室を出て部室に向かった。



 この時、俺は、知る由もなかった。

 当たり前にやってくると思ってた明日、その明日が――。


 ――今日を境に、永遠に訪れないという事に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る