第3話 姉妹のファーストキス
「お姉ちゃーん!!会いたかったよおお!!」
「ぐはぁっ!」
一日のやるべきことが終わり、実乃里と教室を出た私の肩甲骨あたりに衝撃が走る。
身長差のせいだろうか、前からでも後ろからでも理央の頭突きを急所に食らう形になってしまう。
「大神さん、その子は?」
「あぁ、この子は私の妹の理央だよ。今年から中等部の一年になって」
教室から出て行くクラスメイトたちが何事かと寄ってくる。
「仲良いんだね」
「はい、お姉ちゃん大好きですから!」
「くぅ~、可愛い妹さんだなぁ!」
可愛い妹であることは否定しないけど、この子の甘えっぷりは「大好き」の域を超えているような気がしないでもない。私の考えすぎなのだろうか。
出入り口を塞いでも迷惑になるので、足早にその場を去る。
「はうぅ~……お姉ちゃんの匂いは落ち着くよぉ」
「おーい、理央さん?そんなにくっついて、歩きづらくない?」
「お姉ちゃんと離れる方が歩きづらいよ」
「そんなことある?」
帰り道、理央を半ば引きずるように私は歩く。
そしてもう一人、余計なのがいる。
「理央ちゃんの言う通りだねぇ~。愛ちゃん良い匂い~」
「実乃里まで何してんの?」
実乃里は私に寄りかかっている。そんなことをしても疲れるし歩きにくいだけだと思うのだけど、どうなんだろう。
「いやぁ愛ちゃんの髪が良い香りでねぇ、誘われちゃったんだよ。いい感じの長さに伸びてるからくすぐったかったけどねぇ」
「髪かぁ。確かに伸びてるかも」
最後に切ったのはいつだっただろう。二、三ヶ月は切っていないような気がする。おかげでロブスタイルっぽくなっている。
「お姉ちゃんはどの髪型も素敵だけど、切るなら私に任せて!」
「わかってるよ、長くなってきたなって思ったら理央に頼むから」
「昔から器用だよねぇ、理央ちゃんは」
「お姉ちゃんのためなら全力で器用になれちゃうよ!」
器用さってそんな自在に操れるものだったかな、と思う。私はともかく、理央は妙に器用なところがあるから、いつからか散髪してもらうようになった。そのお返しとして私も理央の髪を切っているわけだけど、私はそれほど上手く切れるわけじゃない。
「実乃里は別方向でしょ、いつまでくっついてるの」
「そだねぇ~、また明日学校で~」
終始寄りかかってきた実乃里と別れ、私たちは自宅に戻った。
◇
そして今、私は妹に壁ドンをされている。
靴を脱いで、手を洗って、さぁ着替えようというタイミングで、
「まだ着替えちゃだーめー!」
と、慌てた様子で理央が私に壁ドンしてきたのである。まだも何も、帰ったらすぐ部屋着に着替えたい。
「朝はお外でチューしてくれてありがとう」
「ど、どういたしまして」
「最後に一つだけ、お姉ちゃんにわたしのワガママを聞いて欲しいんだ……」
まただ、またこの眼である。理央の上目遣いには妹としての可愛さだけじゃなくて、一少女としての可愛さがあると思う。私が姉だからそう思ってしまうのもあるだろうけど、可愛いものは仕方ない。
でもこのままじゃただ甘やかしてしまうだけだ。
「お願い!聞いてくれたら今日はおとなしくするから!」
「え~……えっとさ、そのお願いって何?」
とはいえ、内容を聞く前に断ってしまうのは可哀想だろう、ということで聞くだけ聞いてみる。
最近の様子から考えると予想できるような、できないような……。
「この姿のまま、その、えっと……キ、キ、キスしてみたいの!」
理央は顔を赤らめながら、ハッキリと大きな声で言い切った。
「……キス?」
キス。理央の表情に、その単語に、私は何度目かのドキドキを感じた。
誰と誰がする?いやそんなのは決まっている。実の妹である理央と、お姉さんである私。それ以外には誰もいない。
……そうか、キスときたかぁ~。
「って、チューじゃなくて?」
「うん」
いつも快活で勢いのある理央が、消え入りそうな声で頷く。
いつもは止めても止まらないような理央が、私の前でモジモジしているなんて。しかもチューではなくキスという表現を使った。前者ならやり慣れているので顔を赤らめることなどないだろうから、たぶんこの子は頬でも額でもない本物を思い浮かべているに違いない。
「おでこにするだけじゃご不満だった?」
「不満じゃないよ!嬉しかったよ!でもやっとお姉ちゃんと同じ制服を着られて、やっとお姉ちゃんに一歩近づけたから……その記念が欲しいなぁって」
「ふむ」
なるほど言いたいことは分かった。ツッコミどころは沢山あるけど。
「でもそれなら昨日でも良かったんじゃない?」
「うん、そうしたかったんだけど、お姉ちゃんが“皺にならないよう制服はすぐ着替えようね“って」
あぁ、確かにそんなことを言った覚えがある。私より早く始まった分だけ帰りもだいぶ早かったから、二人で同じ恰好というわけにはいかなかったのか。
「よしよし、お姉ちゃんの言うことを守ったんだね」
「えへへ~」
頭を撫でてやると、今度は犬じゃなく猫のように顔を緩めた。
どこまでも愛らしい妹である。
「でもさ、私もそうだけど理央もファーストキスじゃない?私が相手でいいの?」
しかしここで大事なことを思いだした。
勉学に励んできた私は何を隠そう、そんな経験など未だにないのである。そして私の知っている限りでは、理央もファーストキスのはずだ。幼稚園・小学校と私にベッタリして家にいる時間が大半を占めていたのだから。
当の理央はこう答えた。
「うん、だってわたしはお姉ちゃんが好きだから」
「けどそういうのは私なんかじゃなくて――」
「私なんか、じゃないよ。お姉ちゃん“だから“だよ」
理央の意志は固いようで、迷いなく、力強く言い切った。
「分かった。してみようか、キス」
「い、いいの!?やったー!」
それを感じ取った私は折れることにした。
甘やかすとかなんとか思ったけど、家事は基本的に理央がやってしまうし、今の私にできることといえば妹のワガママを聞いてあげることくらいか。あの上目遣いに逆らえる気もしないし。
本当なら、姉妹でこんなことはしないのだろうけど。
「……んっ」
いつもの押しの強さはどこへ行ったのか。ゆっくりと顔を近づけてきた理央の唇と、私のそれが重なり合い沈黙が訪れる。
ほんの数秒だけ触れた柔らかく温かい妹の唇は、確実に私の唇にその存在感を残していった。
「――ぷはぁ」
「どうだった?」
「はぁ~、胸がドクンドクンしてるよぉ」
お互いに離れ、理央に感想を聞いてみる。理央は心臓のあたりに手を当てて深呼吸していた。
なんだろうこの反応。しおらしい理央なんて滅多に見ないから私の方まで照れてくるぞ。
「でも前からしたかったことが叶って嬉しい!お姉ちゃん大好き!」
このお願い、照れるといえば照れる。そりゃ初めてだしね……。
かくして私の記念すべきファーストキスは、妹のものになるのだった。
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