第2話 救済の始まり

 そうは言ったものの世界はそれほど頻繁に滅びの危機に相対することはない。


 なので基本的に使徒には仕事がないのだ。はっきり言って暇である。


 僕の場合は担当する世界が多いので割と忙しいが、それにしたってずっと働いているわけではないから、下界の人間が毎日働いているのを見ると若干ひく。


 僕には絶対にできない。


 少し話は逸れたが何が言いたかったかというと、使徒は普段何もしてないのだ。


 よって暇な使徒は趣味に走る。


 かく言う僕も幸運なことに現在暇なので、自室で本を読んでいた。


 読んでいるのはある世界で最近流行った恋愛小説だ。

 噂によると読めば涙すること間違いなしとか言われているようだが、残念なことにいまいちその面白さがわからない。


 そもそも僕みたいな旧型の使徒には恋愛感情というものがない。

 最近のヤングな使徒は結構そういう機能も搭載しているようだが、はっきり言って世界救済システムたる使徒にはそんなものが必要だとは思えない。


 まあでもこれはあくまで僕個人の意見なだけであって、我らが創造主たる神がどう考えるかはまた別の話。

 僕に迷惑さえかけなければどこの誰が何のオプションをつけられようがさして興味はない。


 ならなぜそんなジャンルの本を読んでいるのかという疑問が上がるだろうが、その質問はナンセンスである。


 わからないからこそ知っておく必要はある。

 感じられずとも、理解をしておくことは重要なのだ。


 そういう意識が日頃の世界救済に役に立つことだってある。


 そんな誰に向けているのかもわからない説明をしている間に、物語はクライマックスを迎えていた。

 一切感情移入とかできないままここまで読み進めてきてしまったが、いったいいつになったら僕は涙するのだろうか。


 やはり噂など信じるものではないなと僕が残念がった、その時である。


 唐突に部屋のドアが乱暴に開け放たれた。


 視線だけそちらに向けると部下のイレーネが荒い呼吸をしながらそこに立っているではないか。


「ルイ様、緊急事態です」


 焦ったように口を開くイレーネを見て、これはダメなやつだと一瞬で判断する。


 安寧の時間なんて長くは続かない。

 得てして暗雲は突然現れるのだ。


 それでも不満を言いたくなるのは仕方のないことだろう。


 僕は半分八つ当たりのような言葉を部下にぶつけることで、本題が襲い掛かってくることに対して抵抗を試みた。


「部屋に入る前にノックをしようね。仮に僕が思春期まっさかりの男子だったら非常に気まずい雰囲気になって今後の関係にひびが入っていたよ?」

「はっ!申し訳ございません。まさかルイ様がそのようなことをしているとは考えもしませんでした。以後気を付けます!」

「いや、今のは例え話だから。僕は思春期じゃないから。変な誤解をするな」

「そういうことにしておきます!」

「君、従順なふりしてめちゃくちゃ馬鹿にしてるよね?」

「いえ、滅相もございません!」

「・・・まあいいや、で、どうしたの?」


 ちょっと話をうやむやにしようとしただけなのに、嫌な誤解を生じさせてしまい、このままではまずいと思ったのでイレーネに本題を促した。


 正直緊急事態と言われて耳を塞ぎたい気持ちで一杯だが、使徒としての責任がある以上そういうわけにもいかない。


「報告します!2312435番世界で異常事態発生。至急対策会議を開きたく、ルイ様をお呼び立てしました!」


 わざわざ僕を呼ぶということは非常に面倒くさいことになっているに違いない。

 いったいどれだけ僕の休日は減るのだろうか。


 まあ気にしたら負けである。


「わかった。すぐ行くから先に行ってて」

「はっ!失礼します!」


 イレーネが退室するのを見送りつつ、読んでいた本を本棚にしまう。

 部屋着から仕事用のローブに着替えを済ませると、集合場所に向かうために僕は部屋を出た。


 使徒は普段、使徒元来の領域であるこの天界にて生活をしている。

 自然豊かな緑に囲まれたこの理想郷にそびえ立ついくつもの建物はそれぞれ神から賜った使徒の活動拠点だ。

 使徒によって与えられる拠点の大きさは異なり、管轄する世界の数、部下の数などによってだいたいの大きさが決まる。


 僕の場合はそれなりの案件を抱えているので、拠点もそこそこ大きい。

 自分の部屋から会議室に行くのにも結構な距離がある。


 とことこ歩いてようやく目的地に着いた頃には、僕以外の全員がすでに会議室に集まっていた。

 少し騒がしかった会議室内だが、僕が登場すると途端に静かになる。


 そして僕が着席すると同時に、会議の進行役であるスッチーが立ち上がった。


「それでは全員そろったようなので会議を始めたいと思います。今回の議題は2312435番世界の異常事態についてです。100年周期で魔王が暴れるこの世界ですが、前回の魔王討伐から20年しか経っていないにも関わらず、新しく魔王が誕生しました。本来対魔王兵器として用意しておくはずの勇者の準備が間に合っておらず、このままだと世界が滅びます」


 その言葉を聞いた瞬間、会議に出席している使徒たちがざわざわと騒ぎ出した。僕はそれをボーっと眺めている。


「前回の勇者を使うのは?」

「彼はもう歳です。全盛期ほどの力はなく、おそらく魔王には敵わないでしょう」

「予備の勇者は用意してないのですか?」

「ここまで早く魔王が誕生するとは予測していなかったので用意していません」

「担当者の怠慢じゃないか?」

「待ってくれ!それは前回どれだけ大変だったか知ってて言っているのか?あの時のことを考えれば、20年くらい休んだっていいじゃないか!こんなに早く魔王が復活するとは思わねえよ普通!」

「そもそも後処理が悪かったからこんなに早く魔王が復活したんじゃないのかよ」

「なっ、てめえもう一度言ってみやがれ。自分の部署が簡単な世界だからって、その尺度で測るんじゃねえよ!」

「なんだとてめえ!こっちの苦労も知らねえで舐めたこと言ってんじゃねえ!」


 いきなり会議が荒れだした。なぜだかわからないが、各々勝手に己の苦労自慢をしだす始末である。これでは対策会議というより愚痴合戦だ。

 ボスであるところの僕に対する不満をこの場を借りて発言しているのかな?


 しょうがないからとりあえず一旦会議を落ち着けるために発言することにした。


「僕は言い訳を聞きたいんじゃなくて、これからどう対処するかについての話し合いがしたいんだ。関係ない話をするやつはここからつまみ出すよ」


 一瞬で議場が静かになる。

 みんななんか震えてない?別にそこまで怒ってないよ?


「それで?何か建設的な意見がある人はいないの?」


 僕の発言に誰も答えない。静かなものだ。


 しばしの沈黙の後、この会議の司会であるところのスッチーが恐る恐るといった様子で発言した。


「やはり今回の件は干渉を強める必要があると思います。最も勇者の素質があるものを選定し、ルイ様の力を持ってして無理やりにでも勇者を育成するのが一番妥当かと」

「まあそれが無難だろうね」


 さすが古参、まともな意見が言える。


 今回の緊急事態、ここまで皆が焦っているのは油断してあらかじめ保険をかけておくことができなかったからだ。

 僕が普段から気を付けろと口を酸っぱくして言っているにも関わらず、それを怠った結果が今の事態を招いていることを自覚しているからこそ言い訳をしたくなってしまったのだろう。


 確かに褒められたことではないが、気持ちはわかる。

 しかし事が起きてしまった以上、まずはそれと向き合わなくては話にならない。

 新人たちにはそういうところを理解してもらいたいところだ。


 反省はその後。まあお仕置きはするけど。


「今回の場合は仕方ないね、その方針で行こう。さっそく勇者候補を探してきてくれ。対象を一人に絞り次第、僕に報告。魔王の動き、現在の勢力などの情報収集も怠らないように。いいね?」

「「「はっ!」」」

「以上で会議終了。さあ作戦開始だ!」


 僕の合図とともに一斉に使徒が動き出した。

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