安易で拍子抜けな悪夢の終わり

 こうして、俺は中庭の探索を始めることになった。

 周りを見渡しながら、じっと。眺めながら歩いている内に気づいた。


「……やっぱり変わってないのかよ。昔、遊んだ場所と」


 思わず、俺自身から込みあげてきた感情を口に出してしまう。

 この中庭は……考えていた通り、ゆのねぇの別荘の庭だった。草木が雑多に生え並んでいたり、モノが壊れていたりと廃れているけど、形はそのままだ。


“おーい、ゆのねぇー! 勉強ばっかしてないで遊ぼうぜー!”

“そうだよー。一緒に遊ぼうよ! きっと楽しいよー!”


 幼い頃、ひきこもりなゆのねぇを連れて遊んでいたっけ。懐かしいな。

 

“もう、あなたたちは。相変わらず元気なんだから”

“ゆのねぇが”

“うんうん、そうだよ、ゆのねぇ! あと――も――じゃないと”

“――――、――――、――――、――――”


 ……だけど、あれ。大切なことを忘れているような気がする。

 えっと、なんだっけ。何か存在するようで繋がらない。とてもあやふやとした。


「……まあ、良いよな。どうでも」


 そんなことよりも、今の俺には気にしなきゃならないことがあった。

 アイツラと会わないこと、見つからないこと、ここが逃げられる場所かどうか。

 少し庭を探索してみると。わかったことがいくつか。ここは一見すると身を隠すには良さそうな場所だけど、いろいろ問題があったな。


 初めに狭い。暗闇で周りが見えないから錯覚しただけで、大したことなかった。

 そして……外に逃げることは出来なさそうだ。俺の身長の何倍の大きさの門と壁が阻んでいたし――それに、向こう側には闇が広がっている。

 西洋風な門の隙間から覗けたソレ。何があるかわからない以上、無理だろう。


 次に、モニターがない。つまり、外には監視カメラみたいな奴がなかった。

 だから、この庭に奴らが来た時に、その場所を確認できない。事前に場所を確かめてから避ける、そもそも庭に行かないコトもできなかった。

 

 その他にも整備された中庭の道以外は雑草だらけ。踏んだら意外と音が出る。

 詩織の時は奇跡的に見逃されたけど……他の奴らの時、どうなるか不明だ。


 長々と考察したけど、要するに――ココも一長一短。安全とは思えない。

 相変わらず、俺の安心安全を尽くぶち壊してきやがる。わざとやってるのかよ。

 なんて、悪態をついてみたけど。どうしようもない。悪夢も半ばだし、そろそろこの場を離れないと。次はどこに逃げなきゃ――


『うーん、なーちゃんは、道也が外にいると言ってたけど。どこかなー?』


 ――だけど、奴の声が聞こえてきて。体が急に警戒状態に入った。

 う、ウソだろ、なんで、照がここに!? いや、移動したからだけど!!

 しかも、なーちゃん。若菜に聞いたのかよ、俺の居場所を。アイツ、自分が探す時だけでなく照に教えるとは、厄介すぎるぜ。


 運が良いことに気づかれてないし、距離は遠かった。ひとまず落ち着こう。

 地面や視界の草木に触れず、音を立てないように距離を取った。そして、モニターを確認してみる。現在の時間は……もう5時か。

 もうじき悪夢が終わることの安心感、直前に殺されるかもしれない恐怖に苛まれながら、他のヤツラの居場所を調べようとした。


“充電8% すぐに充電してください”


 すると、モニターがこの画面に。おいおい、充電もヤバいな……。

 あまり使わないようにしてたけど、この時間まで放置してたらこうなるのか。

 充電しようとキョロキョロしてみたけど……中庭じゃ充電ができないな。するなら、わざわざ本館の2階のあの部屋まで戻るしかないのか。

 悪夢が終わりそうだけど、モニターが使えない状況じゃ不安だ。だけど、あの場所に戻る時に出くわしちゃうじゃ。アイツラの場所を確認できないし。

 

『やっとできましたー!! 待っててくださいね、道也先輩』


 そんな時、モニターがキッチンを覗いて。ちょうど若菜の料理が完成した。

 う、嘘だろ、お前も来ちまうのかよ!? この状況で、俺の場所がわかる若菜が出てきてしまうと面倒なんだけど……!?


『ちょっと遅い時間になりましたけど、今から間に合うでしょうか……』


 ちょっと遅い時間、か。昨日と一昨日と比べたら、確かにそうだけど。

 そうか、若菜の精神状態が安定することで料理が完成する時間が伸びるのか。

 それは楽になるな――い、いや、そんなところじゃなかった! 早く、ここから離れて若菜に追い付かれないようにしないと。


『あっ!! 道也、見つけた!』


 いろいろ考えている内に、無意識に体が物陰から出ていたのか。

 いつの間にか姿が見える距離に近づいていた、照の声が聞こえてきた。

 ……やべぇ、アイツに見つかった!! とにかく逃げろ、逃げないと!!


“ 笑顔じゃないとさぁ……こわーい人に殺されるんだよ?”


 また昨日みたいに、あんな目に合うのは避けたい。絶対に、何が何でも!!


「だ、ダメ……“今日は”追いつけないや。……待ってよ~」


 だけど、今日の照は足が遅い。とりあえず逃げ切れる感じだった。

 詩織や若菜が庭に来ないことを祈る、それだけの余裕を持ちつつ走り去った。


『あれ、どこに行ったの……!? 油断しすぎちゃったかなぁ』


 そして、別館の1階に隠れた俺を。照は見つけられなかったようだ。

 詩織から逃げる時にも使った扉の向こうで、照は首を傾げて他の場所に行った。


 な、なんとか助かった。ここにきて捕まるとかたまったもんじゃねぇ。

 疲れたし、少し座って休んでいこう。いや、若菜に居場所がバレるか。仕方ない、とりあえずここから離れないと――


「……っ!!?」


 そして、突如として。俺の視界が白い光で包まれたのを感じた。

 うっ、眩しい!! 思わず、腕で目を覆って、慣れた後にソレを見開いた。

 

「朝日……これって?」


 正体は窓の向こうで輝いている、森の陰から出現した朝日。

 日の出を迎えた? 今の時間をモニターで確認すると……もうすぐ6時だ。

 もう終わりか。確かに毎朝、6時に俺は起きていたけど、本当に終わるのか。 

 そもそも6時間、逃げ切った感覚が全然しなかったな。時間の流れの違和感はずっと覚えていたけど、やっぱりそうだったのか。

 

 しかし、今日は。ピンチになることなかったな。拍子抜けだった。

 あっけない終わりに複雑な気持ちを感じつつ、不思議な光に俺は覆われた。

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