別館の存在

「ここが、別館かよ?」


 微かに、キィと。耳に残る音を立てつつ開いた扉の先。


 元々いた場所の――本館とは、大きくかけ離れ空間が広がっていた。


 今にも崩れそうな木製の、古びた板張りの床に、壁に、天井、モノ。

 空気も、どこか埃のような匂いがするし、湿っぽい。間違いなく環境は悪い。

なんというか、ボロッちいな。本当に大丈夫か? 壊れないのか、心配だった。


 だけど、あの時を思い出してみると、ゆのねぇが言ってたな。

 元々ここが別荘だったんだけど、老朽化したから新しい館を隣に立てたって。そうなると、この廃れっぷりも当たり前か。


 まあ、何はともあれ。ここまでにして、さっさと探索しよう。

 といっても、この通路は何処なんだろう。別館に行ったことは1回しかなかったんだよな。その後、見つかって怒られたし、封鎖されたし。

 そういうわけで、何故か渡された別館の見取り図を片手に、ひとまず今いる場所の確認と別館の構造を確かめることに。


「……ふーん、なるほどな」


 どうやら、ここは2階。他には1階と。それに地下があるのか。

 本館と比べて全体の大きさは、そこまで広いみたいわけじゃないんだな。

 と、なると。探索はあまり手間を取ることはなさそうだ。それに――逃げられる範囲が広がったわけだよな。


 そんなことを考えつつも、この通路を進み続けることに。

 異様な寒気と薄暗さが俺を襲う。妙な空気が蔓延しているようだった。


「モニターも、使えるようだな」


 別館にもカメラがあるのか、モニターに別館の画面が映った。

 だけど、通路で見える場所は1階ごとに1つのみ。部屋も、何個か使える場所があったものの、他のところは見えなかった。

 要するに観察できる場所は限られてしまう。その辺りは慎重になった方が――



 ――ギシィィィィィ



「っ!!?」


 床が軋む音が通路に響いた。心臓が締められる錯覚が俺を襲った。

 い、今の音。誰かに聞こえてないよな。アイツラに聞かれてたら……!?


「……、……、……、……、……」


 廊下の静寂が答えを教えてくれた。良かった、大丈夫みたいだ。

 それにしても、この床。劣化してるのか踏むと音鳴りがする場所があるのか。


 今は誰も来てないから良いけど、近くにいたら確実に見つかるよな!?

 ……はぁ。安息の場所はないのかよ。どこかに難点があって、居座れない。

 もはや意図的なんじゃないか、これ。ひたすら安定行動を潰しに来ているしさ。


「……とりあえず、探索をするか」


 だけど、悪夢に文句をぶつけても仕方ない。今ある手札で戦うしかないんだ。



“死んで?”


“ほら、そんな怖い顔しないで。笑ってよ、笑顔になってよ。だって”


“笑顔じゃないとさぁ……こわーい人に殺されるんだよ?”

 


 ――もう二度と。あんな恐ろしい思いをしたくないのだから。


 軋む床に怯えながら、ゆっくり足を進める。警戒したら大したことない。

 それに別館の室内を見ると、本館と比較して……狭いし、モノが少なかった。

 隠れる場所、例えば棚の陰やクローゼットの中、机の下とか。そうした存在がないことを意味してるんだよな。

 そうなると、ここで逃げ切るには本館以上に苦労することになりそうだ。


 そんなことを考えつつ、来るかもしれないアイツラにも目をやりつつ。

 2階の部屋、5つ(1つは扉が壊れて入れない)全部を見終わった。特に何か思うことはなかった。何の変哲もない空間だったし。

 そんなわけで、俺は1階に向かうために、今にも壊れそうな階段を下りた。


 1階は、どうなっているんだろう? 通路は2階と変わらないようだけど。

 普段は感じないはずの静寂が、俺を少しばかり安心させていた。余裕が出てきたところで、俺は一度モニターを確認してみることに。


 ……げっ。もう充電が70%に落ちている。ほとんど使ってなかったのに。

 この調子だと、普通に使っていたら6時まで耐えそうにないな。どこか呑気なこと、そして予測を立てられるほどに安心、油断していた。


『ここ、何処だろう……だけど、こういうところに菅原がいるのよね』


 だからこそ、別館に侵入してきた“怪物”の存在に恐怖した。

 鼓動が高鳴る。……アイツラが来た。しかも、よりによって詩織かよ!?


 怪物は本人の特性と同じ。几帳面な詩織は隅々まで調べるのだ。

 だけど、別館が狭い上に、所々が軋むような床。隠れる場所も少なかった。

 ……ここで、この状況で、アイツに遭遇したら逃げるのが大変になっちまう。


『早く、早く見つけないと……! またアタシから離れていっちゃう!? ああ、イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ!? 緑みたいに……イヤだ!!?』


 “ミドリ”。今日、自殺した詩織のグループの子の名前だよな。


“現実世界と悪夢の人物は繋がっている。それは関係や感情にも左右されるわ。現実で憎まれることをすれば、それだけ行動が苛烈になる。逆もまた然りね”


 もしかして、あの時。アオイが話してくれたことが?

 マジかよ。俺が関係ないところまで面倒を見られるわけないだろ!?

 だけど、そうなっていることは事実だ。どうしよう、なんとかしないと――


 ――キシイィィィィィ


 急ごうと、どうにかしようと、大きく足を踏み込んだ、その瞬間。

 木の床が、壊れそうな悲鳴を上げた。もっとも鳴っちゃいけなかった時に。


『もしかして、下にいるの!!?』


 心臓が握り潰されたような錯覚と一緒に。アイツの声が上から聞こえた。

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