第45話 五

「ね、ブリジットって、本当に本名?」

「嘘じゃないわよ。あたしは本当にブリジットよ」

 マカロンをつまみながら、ブリジットは胸をそらして、大人の女性のように真紅のスカートの裾を揺らして足を組む。

「……本名でいいの?」

「だってあたしはあたし、ブリジットだもの。べつに隠す必要ないじゃない? ……そりゃあ、友達や近所の人には言えないけれど、あたしが、あたしだけが悪いわけじゃないじゃない? あたしはここで母さんの治療代を稼がなきゃならないのよ」

 黒い前髪の下、おなじく黒い瞳が消えることのない炭火すみびのように爛と光っている。

「お母さん、病気なの?」

 うん……。マカロンをほおばりながら頷く。

「肺がすこし悪くてね。下に妹と弟がいるのよ。あの子たちを学校に行かせてやりたいの」

 そういう事情を抱えているブリジットは、自分の身の振り方だけを考えているコンスタンスより、さらに重たいものを背負っているようだ。コンスタンスは唇を噛んでから別のことを訊いた。

「……お父さんは何しているの?」

「知らないわよ、あんな奴。どうせそこいらの酒場でアブサンでもくらっているんでしょうよ」

 お嬢様育ちのコンスタンスにもブリジットの家の背景が見えてきた。行ったことはないが、そういう家々が並ぶ貧民街もパリには多い。

 考えてみれば、ブリジットのように自分が面倒をみなくてはならない親兄弟はいないが、コンスタンスも今や似たような境遇になってきているのだ。

(わたしも、……貧民層に落ちたというわけね)

 自虐的な想いに口が軽くなる。

「わたしと似ているわね。ママン……、母は家を出たし、父は……失業しそうだし」

「へー。そんなの、まぁ、ここに来る子には珍しくないわよ。ここで一緒に働けばいいじゃない?」

 それにはまだ答えが出せないコンスタンスは、ビュルに水を向けてみた。

「ビュルは、どういった事情でお金がいるの?」

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